地獄の缶詰作業、開始


「トップ……? 俺が? 2期生で1番……!?」


 信じられない、といった表情で薫子の言葉を繰り返す零。

 デビュー当時は多くのファンたちから忌み嫌われ、冗談抜きに引退を求められていた自分が、今や同期たちの中で1番のファン数を獲得しているという事実に驚愕する彼であったが、別段これは何もおかしいことではない。


 元々、女性ばかりのVtuber事務所である【CRE8】に所属する男性Vとして、蛇道枢には様々な意味で注目が集まっていた。

 最初はその注目が悪い方向に働いてしまったが、炎上を乗り越え、解決に導いてきた実績と零自身の面倒見のいい好青年としての人柄が知れ渡った今、当初の評価は完全に逆転している。


 同期やリスナーたちへの配慮を欠かさず、精力的に配信をこなし、人付き合いに関しても申し分はない。

 度重なる炎上で注目を集めても無事にそれを切り抜け、その度に活躍を見せる蛇道枢は、文字通りピンチをチャンスにしてここまで成長してきた。


 そして、最後の決め手となったのが先日の『CRE8Animation』での主役回だ。

 注目度と共に羊坂芽衣とのCPによって所謂『カプ厨』と呼ばれるファンたちの人気も獲得した蛇道枢は、アニメの公開を機にチャンネル登録者数を爆発的に増加させたというわけである。


 『CRE8の忌み子』から、『2期生の主人公』へ。

 ファンたちからの揺るぎのない人気と信頼を獲得した蛇道枢は、今や【CRE8】の箱推しファンたちだけでなく、Vtuber界隈全体から注目されるタレントへと成長しているのだ。


 そうやって、ここで初めて自分の人気の伸び方や勢いが常識外れだということを教えられた零がその情報に困惑する中……その蛇道枢の母親である梨子が、半泣きの状態で零へと嘆きの言葉を叫びかける。


「おかしいじゃないっすか~! なんでそんなことになってるんすか~っ!? 注目度マシマシのくるるんに下手な衣装を着せたりしたら、解釈違いだのなんだの叫ぶ厄介ファンたちに自分がぶっ叩かれるじゃないっすか~!! せめて初の新衣装じゃあなければまだマシだったってのに、どうしてそんな人気が爆伸びしちゃったのさ~っ!?」


「そこは喜びなよ。あんたがデザインしたVtuberがここまでの人気を獲得したんだからさ」


「もちろん喜んでますよ!? 蛇道枢のママとしての自分は、息子の活躍を大喜びして鼻をエベレストの標高並みに高くしてるんすから! 滅茶苦茶なでりんこしまくってよちよちしてあげたいっすけど……絵描きとしての自分のクソザコメンタルがプレッシャーにバチクソボコボコにぶっ叩かれてるせいで、吐き気が……おろろろろろろ……」


 決して、零と枢を厄介に思っているわけではなく、息子の活躍を純粋に喜んでいる部分もある梨子ではあったが、それと同じくらいに精神が追い詰められているようだ。

 無理もない。デビューから間もなくして大人気を博したVtuberの初の新衣装、それも水着というリスナーたちからの期待も高まる衣装のデザインを任されたのだから、その重圧は相当なものだろう。


 だがしかし、だからといってこのままプレッシャーに押しつぶされたままではこちらが困るのだと、泣いたり喜んだり怒ったり凹んだりしている母親の難儀な性格に苦しめられながら、零は薫子へと事態の打開方法を求める。


「で、どうするんすか? このまま放置してたら、水着衣装を冬に着ることになっちゃいますよ!?」


「……あ、それいいかもしれないっすね! ネタでそういうのをやるってのはどう――」


「梨子?」


「すいません冗談です許してくださいまだ死にたくないです」


 こんな軽口を叩けるんだったら案外余裕があるんじゃないかと、先程からメンタルの振れ幅が凄い梨子の態度を見ながら零が思う。

 そんな彼の表情と、一瞬の内に謝罪の言葉をまるで呪文の詠唱のようにひと息で言い切った梨子の顔を順番に見つめた上で大きな溜息を吐いた薫子は、この緊急事態を打破するための作戦の実行を宣言する。


「もう時間がない、最終手段だ。梨子! 零! 今日と明日で地獄の缶詰作業を実行する!! 今日で仮デザインを組み上げ、明日で完成! 無茶なスケジュールだが、やるっきゃない!!」


「えっ……? 今日と明日って、もうほとんど時間がないじゃないっすか! いやいやいや、むりむりむり!! 自分にはむ~りぃ~!!」


「無理でもやるんだよ! 元々はお前がサボってたことが原因なんだ! そのケツを拭くのに事務所の社長と息子が手を貸してやるって言ってるんだから、死ぬ気で新衣装を仕上げるよ!!」


「ひえぇぇぇ~~っ!!」


 あまりにも力技な最終手段の実行を明言された梨子が絶望の表情を浮かべながら悲鳴を上げる。

 確かに無茶苦茶な方法だが、シンプルでしかも梨子の逃亡を防げるという点では良案なのではないかと、零はそう思った。


 薫子が自分をここに連れて来たのは、新衣装をデザインするためのモデルとするためだったのか……と零が納得する中、振り返った薫子がそんな彼へと言う。


「零! あんたはモデルをやりつつ、私たちの生活の面倒を見な! 具体的に言えば、食事の用意は任せた! あと、どうにかして梨子のやる気を出させるんだよ!!」


「えっ!? い、いや、食事の準備はまだしも、加峰さんのやる気を出させるって言われても……」


「こいつは美味い飯食って、適当に甘やかされてれば勝手に調子が出るんだ!! 梨子が潰れたらあんたも炎上するんだから、死ぬ気でやりな!!」


「えぇ……!?」


 どうやら、自分がここに連れて来られた理由はモデルをするためだけではないようだ。

 完全なる被害者なのにどうにも面倒な役目を押し付けられてしまった零は、げんなりとした表情を浮かべながらも一度気持ちを切り替える。


 確かに、このまま水着衣装が完成せずに自分だけが新衣装のお披露目がなしだなんてことになったら、絶対に炎上は避けられない。

 割と冗談にならない燃え方をしそうなこの厄介事をどうにかするためにも、自分も出来ることをすべきだろう。


「あ~、え~……加峰さん? なにか、食べたいものとかってあります? 晩御飯のリクエスト、聞きますよ?」


「うぅ、ぐすっ……芽衣ちゃんに食べさせたカレーが食べたい……出来たら仮初の優しさをありったけ込めた甘口で……辛口なのは薫子さんのお説教だけで十分っす……」


「よ~し、減らず口を叩ける元気があるようだね! ちょっと体を動かして、この後の仕事に備えようか!?」


「ぎゃああああっ! 乱暴はやめてぇぇっ! 子供がっ! 息子が見てるんですぅううっ! あんぎゃああああっ!!」


「……本当に大丈夫なのかな、この人……?」


 目の前で薫子とどったんばったんの大騒ぎをする自分の分身の母親の様子に不安を抱いた零が呟く。

 兎にも角にも、梨子がやる気を出してくれなければ自分も彼女も【CRE8】も大炎上待ったなしなこの状況下では、彼女を信じる他ないのだが……どうしても目の前で泣き叫ぶこの女性を信用することが出来ない零は、これは炎上するしかないかなという諦めの感情と共にある種の覚悟を決めるのであった。

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