エピローグ、へびつかい座はええかっこしい


「はいた~い、有栖ちゃ~んっ!!」


「おはようございます、喜屋武さん。今日は薫子さんと面談ですか?」


「そうだよ~。そう言う有栖ちゃんは今、お話が終わったところかな~?」


「はい。思ったよりもスムーズに終わったので、少し休んでから家に戻ろうかなって」


 翌日の昼過ぎ、【CRE8】本社にてばったり顔を合わせた有栖と沙織は、そのまま談笑を開始した。

 2人の話題はもちろん昨日配信されたばかりのクリアニについてのものへとなっていき、それを視聴した沙織が有栖自身の演技も併せての感想を彼女へと告げる。


「クリアニ、凄く良かったよ~! この前見たがちがちの演技が嘘みたいに上達してて、びっくりしちゃったさ~!」


「ありがとうございます! 喜屋武さんのアドバイスのお陰です!!」


「むっふっふ~! これからも困ったことがあったら、お姉さんに任せなさ~い! ……と言いつつも、今回のMVPは零くんだと思ってるけどね~。有栖ちゃんの緊張を解すことが出来たのも、しっかり零くんがエスコートしてあげられたからだと思うさ~」


「それは……そうですね。零くんと一緒だったから、私もお出掛けを楽しめたんだと思います。お陰で感情の吹込み方とかも分かりやすくなった気がしましたし……また、助けられちゃったなぁ……」


 改めて、先日のデートに対して思いを馳せた有栖が零への感謝の気持ちを強める。

 ファンたちからも大好評を博しているアニメを作り上げられたのも、全ては彼の助力があってのことだと思いながら、それを抜きにしても楽しい休日を過ごせたことに

、感謝と喜びの感情を抱いていた。


「いや~、やっぱり零くんと有栖ちゃんはお似合いだよ~! ファンのみんなが言う、っていう気持ちが私にもわかる気がするもん!」


「あ、あんまりからかわないでくださいよ。そういう風に言われるのは嫌じゃあないんですけど、やっぱり恥ずかしくって……」


「も~! 本当に有栖ちゃんは可愛いな~!! ……あ、そう言えば祈里ちゃんがこの間、私に興奮気味に連絡してきたんだけど、デートした時に顔を合わせたの? 偶然、【SunRise】の収録の日と場所が被ってたみたいだけど……?」


 もじもじとしながら恥ずかしそうな表情を浮かべる有栖の姿にときめいた沙織が彼女を可愛がるようにして思い切り抱き締める。

 沙織にわしわしと頭を撫でられ、南国育ちのたわわな胸へと顔を押し付ける形になった有栖が若干呼吸困難になりながらも彼女からの質問に答えようとしたところで、廊下の先から姿を現した薫子が自分たちへと声をかけてきた。


「声が大きいよ、沙織。元気があるのは良いことだけど、ここが仕事場だってことを忘れないでおくれ。あと、とっとと有栖を放しな。そのままだと窒息しちまうよ?」


「は~い、ごめんなさ~い。有栖ちゃんもごめんね~! うっかりしてたよ~!!」


「い、いえ、大丈夫です……!!」


 ぷはぁ、と沙織の腕から解放されるや否や止められていた呼吸を再開し、深く息を吸う有栖。

 なんだかもう、とにかく凄かった……という感想しか出てこない沙織の南国果実の感触に顔を赤らめつつ、自分にはない女性的な魅力を持つ彼女へと僅かにジェラシーを覚える。


 配信でリスナーがコメントしていたように、やっぱり世の男性は大きい方が好みなのかな~? だとか、零もデートの時は自分にああ言ってくれたけど、同じ水着姿で並んだら沙織の方に興奮するんだろうな~、などという少し物悲しい考えを浮かべてしまった彼女であったが、そこではっと先の面談で薫子に言い忘れていたことがあることを思い出し、彼女の方へと振り向く。


「あ、あの、薫子さん! お出掛けの時の交通費や色んなお金を出してくださって、ありがとうございました!」


 零の話によれば、自分と彼とのデートでかかった出費は全て薫子が出してくれたとのことだ。

 一応は仕事だということで経費扱いになるのだろうが、有栖からすれば1日の遊興費を薫子に出してもらったことには変わりはない。

 その点に関してのお礼をまだ言ってなかったことを思い出した彼女は大慌てで薫子へと感謝を告げるが、その言葉を受けた薫子はちょっとだけぽかんとした表情を浮かべた後、喉を鳴らして楽し気に笑い始めた。


「くくくっ! そうかい、そういうことになってるのかい。有栖、私はあんたと零のデート代を負担してなんかいないよ」


「えっ!? で、でも、零くんは薫子さんから軍資金を貰ったって――」


「私も最初は渡そうとしたんだけどねぇ……零の奴が「俺もいい歳なんだし、女の子とのデート代くらい自分で出す」って言って、断りやがったんだよ。あいつ、あんたには私から軍資金を貰っただなんて嘘吐いてたのかい。ええかっこしいというか、なんというか……」


「じゃ、じゃあ、私、交通費も食事代も水着のお金も、全部零くんに奢ってもらっちゃったってことですか……?」


「そういうことさ。あいつのことだから、デート代は男の自分が出すって言ってもあんたが納得しないってわかってたんだろうね。だから、私から軍資金を貰っただなんて嘘を吐いて、会計を全部引き受けたんだろうさ」


 甥の格好つけをバラした薫子が楽しそうに笑う中、有栖はその暴露を受けて複雑な感情を抱いていた。

 すっかり彼の言葉を信じ込み、1日の遊興費を全て負担させてしまったことに対しての申し訳なさが込み上げるも、それ以上にデート中、スマートに全ての会計を引き受けてみせた零のエスコートっぷりにときめきを感じてしまってもいた彼女の隣では、沙織が興奮気味にはしゃいでいる。


「うわ~っ! 零くん、やるね~! デート中に女の子に財布を出させないだなんて、イケメンじゃない! しかも有栖ちゃんにそれを負担に感じさせないだなんて、なかなかのやり手だな~!!」


「ま、そういうわけだからさ。感謝の気持ちは零の奴に伝えてやんな。ついでに、その気持ちを何か別の形で表してやればなお良しって感じさね」


「は、はいっ! そうさせていただきます!!」


 零とのお出掛けの際にかかった代金を全て彼が負担していたということに軽くショックを受けつつ、それ以上にあることを思う有栖。

 あのお出掛けは、声優としての仕事が上手く出来ない自分の緊張を解しつつ、キャラ作りをするための仕事の一環だという側面もあったわけだが……その代金を経費ではなく零個人のポケットマネーから出したということは、最早それは仕事とは呼べないのではないだろうか?


 お金を出してくれたスポンサーであり、社長でもある薫子の命令に従って課題をこなしたお出掛けから、純粋に自分と零とが楽しむためのデートへと意味合いを大きく変えた先日の一件に思いを馳せた有栖が顔を真っ赤に染める。

 そもそも、あの日はこれが仕事ではなく零と遊びに出掛けたプライベートだと思おうとしていたし、彼のエスコートのお陰で心の底からそう思いながら楽しむことが出来ていたわけなのだが……その代金まで彼に負担されては、120%完全にただのデートということになってしまうではないか。


 真実を知れて良かったとは思うが、知ったら知ったで恥ずかしくも思ってしまう。

 女性の扱いというか、自分へのエスコートが上手過ぎる零の対応に気恥ずかしさを感じつつ、有栖は次のお出掛けの時には自分もしっかりお金を出そうと固く心に誓うのであった。


 ……なお、この情報はうっかり沙織が朝活配信の際に漏らしてしまい、大反響を呼んだ後に零は炎上する羽目になったそうな。(有栖は無事だった)

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