急報を受け、SunRise

「何を……考えてるのよ、あの馬鹿は!?」


 その報告を受けた【SunRise】のメンバーは、激しい動揺を隠せずにいた。

 彼女たちの想いを代表するかのように、感情を露わにした叫びを上げた李衣菜は、スマートフォンの画面に表示されている文字を改めて読みながら歯を食いしばる。


 今日の日付よりおよそ1週間後の、夜。【SunRise】がデビューライブを行い、それをインターネットで配信する時間帯。

 そこに、花咲たらばが己の配信をぶつけてきた。それも、雑談やゲーム実況ではなく、歌配信である。


 同日、同時刻に行われる、同じ内容の配信。

 【SunRise】と花咲たらばの配信予定を確認したファンたちは、これをインターネットを介した対バンだと受け取ったようだ。


 どちらがより観客を盛り上げ、注目を集められるかの勝負。

 その決着を以て、今回の騒動に終止符を打つとでも言いたげなたらば……沙織の行動の不可解さに、李衣菜が怒りの形相を浮かべながら言う。


「どうしてわざわざ注目を集めるようなことをするのよ!? 私たちのデビューライブに、自分の歌配信をぶつける? なんでそんな真似を……!?」


「宣戦布告、でしょうね。どうやら沙織は、私たちを蹴落としてでも生き延びるつもりのようよ」


 激高する李衣菜と相反して、冷静に事態を受け止めた静流がそう呟く。

 その言葉に、異様な緊張感を走らせたメンバーの顔を1人1人見回した彼女は、静かに淡々と事実だけを述べるようにして言った。


「私たちと沙織、双方が同じ時間帯にライブを行う。その内容と盛り上がりによって勝敗が決まれば……負けた方には勝者のファンが雪崩れ込んでくるでしょうね」


「そ、そしたら……どうなっちゃうんですか……?」


「決まってるでしょ。コミュニティが徹底的に荒らされる。今、インターネット上で行われているファン同士の争いが、敗者のコミュニティ上で行われるようになる……そういうことよ」


 顔を引き攣らせ、敗者の末路を想像した恵梨香がひっと小さな悲鳴を上げた。

 他のメンバーもそれぞれに緊張と恐怖を滲ませる反応を見せる中、敢えて彼女たちにプレッシャーを掛けるようにして、静流が話を続ける。


「今回の配信での勝負で観客を盛り上げられなかった方は、それをネタに徹底的にアンチに粘着されるわ。それが【SunRise】にしろ、沙織の方であるにしろ、デビューして間もない私たちにそんなイメージが付いたら、今後の活動は困難になる……逆に、勝者はアンチを振り払う絶好の切り札を手に入れるわ。何を言われても、負け犬の遠吠えだって言い返せばそれで済むようになるんだからね」


「じゃあ、じゃあ……沙織さんは、私たちを蹴落として自分が生き残る道を選択したってことですか? あの、沙織さんが……!?」

 

「残念だけど、そうとしか取れないわね。この炎上を止める手っ取り早い方法として、沙織は私たちを焼き尽くす手段を選んだ。自分が燃え尽きるリスクを背負ってまでこんな馬鹿げた真似をしたんだもの。あの子だって、本気で来るわよ」


 【SunRise】と『花咲たらば』を取り巻くファン同士の抗争を止める方法は、最早1つしかない。

 相手のトップの首を取り、それに従うファンたちを黙らせること、それのみだ。


 些か性急な判断かもしれないが、沙織はその暴力的な手段を選択した。

 かつての仲間たちである【SunRise】を潰し、そのファンたちをも黙らせて、Vtuberとして自分が生き残るための戦いに打って出たのだ。


 それは、彼女の性格を知るメンバーにとって、とても信じられないことだった。

 あの明るく、人懐っこく、面倒見も良かった沙織が自分たちを見捨てるなんて……と、誰もが動揺を露わにする中、リーダーとしての立場に就く静流が、仲間たちを叱咤激励する。


「覚悟を決めなさい。もう、やるしかないの……たとえ相手があの沙織であろうと、私たちがアイドルとして活動していくにはこの勝負に勝つしかない。絶対に、沙織よりも観客を盛り上げないといけないのよ。そうじゃなきゃ、私たちの5年間が全て水の泡になるわ」


 静流の言葉は、メンバーの心に確かな焔を灯した。

 【SunRise】の結成から5年、【ワンダーエンターテインメント】に所属した時期を考えれば、もっと長い時間が過ぎているだろう。


 それだけの時間を、自分たちはアイドルとしてデビューするために費やした。そのために必要な努力も必死になって重ねてきた。

 もしもこの勝負に負けたら……その全てが、無意味なものとなってしまう。

 無駄な時間と労力をかけ、折角手にするに至ったデビューのチャンスを2度も取り逃して、アイドルになるという夢をまた遠のかせてしまうのだ。


 そんなことは……絶対に御免だ。

 2年前、1度はデビューのチャンスを得た自分たちは、沙織というエースの脱退が原因でそれを掴むことが出来なかった。


 何故、そんな大事な時期に彼女が抜けたのかは、未だにわかっていない。

 どうして沙織が抜けてしまったのかという疑問を抱え、2年前から常に薄暗い感情を抱えたままここまでやって来た自分たちは、ようやく彼女を抜きにして再びデビューするチャンスを得た。


 それを、他ならぬ沙織にだけは潰されたくない。

 1度は自分たちを置いて消えた彼女が、Vtuberなどというよくわからない存在になって戻ってきた彼女が、2度も自分たちの夢を阻むだなんてことを、許すわけにはいかない。


 沙織がその気なら、自分たちだって受けて立とうではないか。

 やるか、やられるかしかの未来しかないのなら……もう遠慮はしない。かつての仲間であろうと、叩き潰すのみだ。


「勝つのよ、絶対に。私たちのデビューを、ファンたちの声援を、沙織に潰されるわけにはいかない! 1度逃げ去った者が易々と帰ってこれるほどこの世界は甘くないってことを、あの子に思い知らせてやるの!」


 これは戦争だと、彼女たちは思った。

 自分たちが生き残るか沙織が生き残るかの、ライブという形をした戦争が始まるのだと、込み上げる熱い何かを感じながら、メンバーの1人1人が思う。


 この突然の事態を受け止め始めたメンバーたちは、沙織の意志が自分たちとの決別にあることを理解すると……彼女への敵愾心を燃え上がらせ、必ずやこの戦いに勝利してみせると固く心に誓い始める。


「沙織さんがいなくなってから、私たちは必死に努力してきた……それを全部無駄になんて、させやしない!」


「あの人がその気なら、乗ってやりましょうよ! 2年間レッスンを重ねてきた私たちと、引退して沖縄にすっこんでたあの人との力量の差を見せつけてやるわ!」


「で、でも、本当にそれでいいんでしょうか? 元メンバーと争うだなんて、そんなこと……」


「……覚悟を決めなさい、恵梨香。2度もデビューが流れたアイドルユニットに、3度目のチャンスが回って来るとは限らないわ。ここでデビューを勝ち取れなきゃ……【SunRise】は終わりよ」


 やる気を見せ始めた奈々と羽衣の様子に怯えと戸惑いを見せる恵梨香であったが、そんな彼女の意見も静流の促しによって掻き消されてしまう。


 未だに動揺が収まらないでいる恵梨香に覚悟を促した後、ずっと苛立ちを露わにした表情のまま俯いている李衣菜へと視線を向けた静流は、彼女に対しても同じような言葉を口にした。


「大丈夫ね、李衣菜? 親友が相手だからって、十分なパフォーマンスが引き出せないなんてことは許されないわよ」


「……わかってます。何も問題はありませんよ」


 ゆっくりと、その言葉に反応して顔を上げた李衣菜が静流へと視線を返す。

 そして、その瞳の中に言いようのない感情を湛えた炎を見出した彼女に向け、李衣菜は更に続けた。


「私とあいつは親友なんかじゃない。今も昔も……ライバルです。ここで決着をつける。そして、過去と決別する……!」


 この戦いは、そのために用意された舞台だ。

 そう、李衣菜は自分に強く言い聞かせた。


 負けるわけにはいかない。自分たちの努力を、無駄にするわけにはいかない。

 2年前、自分たちの前から突然姿を消した沙織との、その過去との決着をつけるデビューライブに目標を定めた李衣菜は、鬼気迫る表情を浮かべながら瞳に激しい炎を燃え上がらせるのであった。

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