不和、されど頼れる者はおらず


「……恵梨香」


「あっ!? す、すいません。つ、つい……」


 少しだけ尖った声を発した李衣菜の反応に、恵梨香が即座に謝罪の言葉を口にする。

 気が弱い彼女を威嚇してしまった形になったことに罪悪感を覚えた李衣菜は、同時に彼女と全く同じことを考えていた自分自身の弱さに辟易としてもいた。


(あいつがいなくなってもう2年も経つ。それなのに、まだあいつに頼りたいって気持ちが抜けてない。それほど、あの馬鹿の存在が大きかったってことね……)


 2年前、【SunRise】はそれぞれの個性がぶつかり合うグループながらも、決して不仲という雰囲気ではなかった。

 そこには、沙織と李衣菜というまるで違う性格をしている2人の関係性が関わっていたのだろう。


 親友であり、ライバルでもあった2人は、上手く欠点を補い合いながら互いを高めあっていく関係性だった。

 というよりも、沙織のおおらかでありながら相手をよく観察して接し方を変える対外能力の高さは、他のメンバーのフォローに大いに役立っていた記憶しかない。


 北風と太陽……それが、李衣菜と沙織の特徴をよく捉えた表現だろう。

 冷たくも強い風でメンバーの背中を押す李衣菜と、そんな李衣菜をフォローしつつ他のメンバーのやる気を出させる沙織というWセンターの関係性は、【SunRise】の中においては非常に上手く機能していた。


 太陽であり、潤滑油であり、接着剤でもあった沙織は、メンバーの誰からも一定以上の好感を得ていたはずだ。

 実際、先程喧嘩をしていた奈々と羽衣も、沙織がいた頃には目立った言い争いもせず、むしろ仲は良好な関係だったと思う。


 自身はセンターとして相応しいだけの技術を得るための努力は欠かさず、その傍らで仲間たちの間を取り持つという実質リーダーとしての働きをしていた沙織は、間違いなく【SunRise】にとってなくてはならない存在だった。

 彼女が居なくなってから、その役目を引き継ごうと李衣菜や静流が努力をしているが……どうしたって、代わりになれずにいる。


 静流には大人としての目線があるが、沙織のように他のメンバーと同じ高さの目線に立って話をすることが出来ない。

 教師が生徒に注意する形になるといえば想像がつくだろうか?

 その場では争いが収まっても、結局は彼女の見ていないところで諍いが勃発し、根本的な解決には至らないのだ。


 李衣菜の方も、自分がグループを引っ張るのだと今まで以上に増してレッスンを積み、高い技術と表現力を身につけたが……それが今は、逆に災いしてしまっている。

 努力を重ねた結果、【SunRise】の中において、彼女は他のメンバーから別格として見られるようになってしまった。

 アイドル活動に全力を掛ける彼女のことを誰もが尊敬しているが、それが故に近付き難い存在だと思われ、メンバーとの関わりが薄まってしまったのである。


 おそらく、そういった予兆は【SunRise】が結成された頃から存在していたのだろう。

 誰よりも情熱を傾け、努力を重ねる彼女は、尊敬と共に一種の畏怖の感情を向けられる存在でもあった。

 それを中和してくれていたのが他ならぬ沙織であり、常に李衣菜の隣に彼女の姿があることによって、李衣菜の孤高の雰囲気を打ち消してくれていたのだ。


 同時に、そんな沙織が李衣菜と並び立つ存在であることも大きかった。

 先走る李衣菜を1人にせず、置いてきぼりにされそうになっているメンバーを引っ張りつつ、そうやって自分も完璧以上のアイドルとして君臨していた沙織の活躍は、改めて考えずとも化け物としか思えない。

 そんな沙織がいなくなってしまってから、随分と時間が経っているが……ご覧の通り、【SunRise】メンバーの関係性は悪化の一途を辿るばかりだ。

 

 この悪い雰囲気の責任を沙織に押し付け、彼女を恨むことは簡単だ。

 だが、それでは何も解決しないし、そもそもここまで事態が悪化してしまった責任は李衣菜たちにもある。


 先にも述べた通り、自分たちの関係性が悪くなっていたことに気付いていたのにも関わらず、それを改善しようと動くこともしなかった。

 センターである李衣菜は周囲のメンバーの様子に目を配ることをしなかったし、実質リーダーである静流は根本的なカリスマが足りない。


 誰か1人が、ではなく、全員で1つに、という形になるよう意識を変え、お互いの足りない部分を補えるようになっていれば、話は違ったのだろう。

 そして、そういった役目をたった1人で担ってくれていた沙織の存在の大きさを改めて自覚しつつも、彼女の名を大っぴらに出すことが出来ずに心の中に押し止め続けるしかなかったのだ。


「……あいつはもういないの。私たちを置いて消えてしまった。それなのに今更姿を変えて戻って来て、なんのつもりよ……!?」


「李衣菜さん……」


 出来ることならば帰ってきてほしいと、何度そう願ったことだろう?

 沙織が簡単に夢を諦めるわけがない。アイドルを辞めるに至ったのには、何か重大な理由があるはずだと、李衣菜は今でも信じている。


 それはきっと、恵梨香や他のメンバーも同じであるはずだ。

 そして、彼女たちも事務所が沙織が引退した理由を秘匿し続けていることにもなんとなく気が付いてもいた。


 今更、その理由を聞いたところでなんの意味もないのだろう。

 2年前のあの日、沙織が【SunRise】を脱退し、事務所も辞めると聞かされたあの瞬間から、自分たちは気持ちを切り替えることなくここまで来てしまった。


 あの時、その理由を聞けていたら、未来は変わっていたのだろうか?

 そうだろう、という本当の気持ちと、そんなわけない、という認めたくない気持ちが心の中でぶつかり合っていることを感じながら、大きく息を吐いた李衣菜が顔を上げ、口を開く。


「今はうじうじと悩んでいる暇はないわ。1週間後、私たちはデビューする。デビューライブの配信に備えて、パフォーマンスを完璧にすることだけ考えましょう」


「は、はいっ!」


 今の自分たちには過去の問題や現状の不安などを放置してでも成さなければならないことがある。

 2年前に流れたデビュー……都内のスタジオを貸し切って行われるデビューライブを成功させることがそれだ。


 会場には数百名の観客しか入場出来ないが、ライブの様子はインターネットでも配信されることが決まっていた。

 いわくつきのアイドルグループとして嫌な注目を浴びてしまってはいるが、このライブを成功させることが出来れば、その注目も好感度に変えられるかもしれない。


 ピンチはチャンス。この状況を逆に利用して、一気に躍進を遂げてやるというハングリー精神が、アイドル活動には必要だろう。

 幸先の良いスタートを切れれば、メンバー間の不和もきっと緩和されるはずだ。


 デビューライブさえ成功させることが出来れば、きっと全てが上手く進んでくれる。

 それまでは耐え、すべき努力を重ね、本番に備えるしかない。


 そう、自分自身に言い聞かせた李衣菜は、強く拳を握り締めると共に吐き出しそうになった弱音を必死に飲み込んだ。

 沙織を頼りたいと願う心を押し殺し、自分たちだけの力でこの苦境を乗り切るのだと固く心に誓った彼女の横顔を、後輩である恵梨香が不安気に見守っているのであった。

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