一方、SunRiseは……



「はい、そこまで。ここで一旦休憩でーす」


 流れていた音楽が止まると共に発されたトレーナーの言葉を受け、【SunRise】のメンバーがそれぞれに散っていく。

 ある者は用意したタオルで汗を拭き、またある者は水分補給を行う中、不満を露わにした1人のメンバーが、他のメンバーへと突っかかっていった。


「ちょっと、羽衣うい。あんた1人だけダンスのテンポがズレてるんだけど? 振りも小さいし、傍から見たら明らかにあんただけレベルが落ちてるの丸わかりよ?」


「そう言う奈々ななこそダンスに集中し過ぎて歌声がヨレてるのわかんないの? ソロパートならあんたが音痴って話で終わるけど、全員で重ねた時に不協和音になるのだけは止めてよね」


「はぁ? あんた、調子乗ってんじゃないわよ!」


「事実を伝えただけじゃない。そんなことで怒るだなんて、図星を突かれたって自覚があるからでしょう?」


「2人とも、そこまでにしておきなさい。完璧を追及するのは良いけど、そのせいで連携が取れなくなったら元も子もないわ」


 互いの欠点を指摘し合い、険悪なムードになっていく羽衣と奈々を止めたのは、メンバー最年長にして実質的にリーダーの役を担っている代永 静流よなが しずるだ。

 冷静に、大人としての立ち位置を見せながらやんわりと2人に注意を行った彼女の言葉に、羽衣も奈々も相手への不満を噛み殺すようにして言い争いをやめる。


 だが、その言葉1つで完全に物事が解決するはずもなく、2人はわかりやすいくらいにお互いを敵視しながら、レッスンスタジオから出て行ってしまった。


「はぁ……ちょっと2人と話してきます。申し訳ないんですけど、少し長めに休憩時間を取っておいてください」


 トレーナーにそう告げた後、溜息交じりにメンバーの仲裁を行うべく、2人の後を追おうとする静流。

 その途中で何かを思い出したように足を止めた彼女は、足早に李衣菜へと近付くと、囁くようにして彼女へとこう問いかけた。


「……李衣菜。あなたこの間、あのVtuber事務所に行ったのよね? 沙織には、会えたの?」


「……ええ。でも、大した話はしてません。あいつが本当にVtuberなんかになってこの世界に戻って来たのかを確かめたかっただけですし、いまさらあいつと話すことなんて、何もなかったんで」


「そう……あなたの気持ちもわかるけど、今はデビューを控えた大事な時期よ。炎上の火種になるような不用意な行動は避けてもらいたいものね」


「……すいません」


 叱責とも、忠告とも取れる静流の言葉に、素直に謝罪の言葉を口にする李衣菜。

 彼女のその反応を受け、小さく頷いた静流は、今度こそスタジオを出て行った2人を追ってこの場を後にした。


「……静流さん、大変そうですよね。みんなの仲を取り持とうと奔走してるみたいですし……」


「ええ、そうね。あの人には苦労させてるわ」


 静流が去った後、メンバー最年少である恵梨香えりかがおずおずとした態度で李衣菜へと話しかけてきた。

 姉のように自分を慕ってくれる年下の少女へと言葉を返しながら、李衣菜もまた大きな溜息を吐く。


 普段よりもぴりぴりとした、異様な緊張感に支配されているスタジオでは、残る1人のメンバーである祈里いのりがトレーナーとダンスについて話し合いをしている。

 向上心があるのは良いことだが、周囲で諍いを起こしている他のメンバーのやり取りにも一切興味を示さない彼女の様子にどこか寂し気な感情を抱いた李衣菜は、現在の【SunRise】に蔓延するおかしな雰囲気に辟易としながら愚痴を吐いた。


「みんな、ぴりぴりしてるわね。こんな状況でデビューして、本当に大丈夫なのかしら……?」


「仕方がないですよ。今はVtuberの炎上に巻き込まれたせいで嫌な注目を浴びちゃってますし……この状況だと、2年前のあの事件を思い出しちゃいますから……」


「……そうね。仕方がないことはわかってる。でも……」


 恵梨香の言う通り、メンバーたちが苛立つ気持ちも十分に理解出来る。

 念願だったデビューを目前とした重圧を感じている中、2年前の出来事を思い返してしまえば、またしてもデビューが流れてしまうのではないかという不安に苛まれる気持ちは李衣菜だって一緒だ。


 炎上に巻き込まれたことによる嫌な注目の浴び方もその不安に拍車をかけ、自分たちの周囲を取り巻く不穏な環境を目の当たりにしたメンバーが苛立ちを募らせるのは、ごくごく自然なことに思える。


 だが、しかし……【SunRise】内に蔓延する不和は、なにも決してつい最近から始まったわけではない。

 少なくとも、李衣菜が記憶している限り、2年前のあの事件から自分たちの心はずっとバラバラになっているようにしか思えなかった。 


 李衣菜が感じているこの不安感についての説明は、先の奈々と羽衣の会話がいい例だろう。

 デビューを目前としたアイドルグループのメンバーが、お互いにレッスンの中で感じた相手の欠点を指摘するまではいい。

 だが、その会話が改善点を模索する方向へと進まず、ただの貶し合いになってしまうことが問題だった。


(どうしてこうなっちゃったのかしら……なんて、甘えたことは言ってられないわね。少なくとも、私たちはその答えを知ってるはずよ)


 メンバー間に流れるこの不和は、2年前の事件によってデビューが流れたことで生み出された……わけではない。

 確かにそれも要因ではあるが、決定打は別にあると李衣菜は思っている。


 そもそも、2年前のあの出来事から一気にメンバーの仲が崩壊したわけではなく、徐々に徐々にお互いの認識や関係がこじれていったことは明白で、その間に根本的な改善を行わなかったからこそ、自分たちのズレは取り返しのつかないところまで進んでしまったのだろう。


 【SunRise】は、日本全国から精鋭メンバーが集められた特殊な出自のアイドルグループだ。

 年齢も、出身地も、考え方も大きく違うメンバーではあるが、2年前まではなんだかんだで1つに纏まってはいた。


 それが完全に崩壊した理由は、事件によるショックではない。

 それまでメンバーを団結させてくれていた存在が消え去ってしまったからなのだと、自分には出来ないことを自然とやってのけていた彼女の存在の大きさを改めて理解し、李衣菜が歯噛みをする中、同じことを考えていたであろう恵梨香がぽつりとこんな呟きを漏らす。


「沙織さんが、いてくれたらなぁ……」

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