有栖、夜の配信にて
「皆さん、こんばんめ~、です。【CRE8】所属Vtuber、羊坂芽衣のお喋りに今日も付き合ってください」
その夜、ちょっと疲れた様子の有栖は、普段通りに雑談配信を行っていた。
疲労の理由は昼間に目撃した零と沙織のあれやこれやなのだが、一応はあれが誤解であることは2人から説明された上で納得している。
が、しかし、やっぱりそういった場面を見てしまったという動揺を鎮めきることが出来ず、悶々とした気分を抱えたまま配信に臨むことになってしまったようだ。
(いけないな……ちゃんと配信に集中しなくちゃ)
Vtuberとして、タレントとして、自分の配信を楽しみにしてくれている人たちがいる。
大勢のファンたちの期待を裏切らない為にも、常にベストの状態で配信に臨むべきだと気持ちを切り替えた有栖は、この話を笑い話として処理してしまおうと決めた。
無論、ありのままに事の次第を話せば、零と沙織が炎上してしまうことは間違いないだろう。
なので、そういった部分は上手くぼかしつつ、有栖は話せる部分だけを切り取って、雑談のネタとしてリスナーたちに話をし始めた。
「そうだ。みんなもちょっと期待してくれているであろう新衣装についてね、枢くんと花咲さんとちょっとお話してきたんだよ」
そんな、リスナーたちの興味を惹くであろう、新衣装の話題に絡めつつ話を切り出した有栖が、炎上しない程度に昼間の出来事を喋っていく。
といっても主題は新衣装についてと同期2人のことについてであり、彼らのあれやこれやで自分が勘違いしてしまったことは話すはずもなく、この時点では緩やかな雰囲気で話は進んでいた。
「そう。でね、話し合いは枢くんの部屋で行われたんだけど、私ちょっと行くのが遅れちゃったんだよ。私が部屋に行った時、2人が何してたと思う?」
【まさか、エッッなことですか!?】
【ナイスバディのお姉さんと健全な青少年男子が部屋で2人きり……何も起こらないはずもなく……】
【ヤバいよヤバいよ、そんな話してこの配信がBANされたりしない!?】
「もう、なんでそんな変な方向に話がいっちゃうんですか? 2人がそんなことするわけないじゃない。めいとのみんなのえっち」
【……効いた。色々と効いた。心臓止まるかと思った】
【芽衣ちゃんから蔑まれた上に可愛く拗ねられたので僕は満足です。自首してきます】
【もう1回えっちって言ってください。録音して目覚ましのアラームにするので】
「言いませ~ん。そんなすけべなこと言ってると、BANしちゃいますからね?」
軽くネタを挟みつつ、コントのようなやり取りをめいとと繰り広げる有栖。
下ネタはちょっと苦手だが、この辺りまでなら許容範囲だと認めつつも、これ以上のリスナーの暴走を防ぐために話を先に進めた方が良さそうだなと判断した彼女は、昼間に見た光景の一部分だけを切り取って、それを報告する。
「正解はね、枢くんが花咲さんの作ったご飯を食べてた、でした~。お部屋に入った時からいい匂いがしてたんだけどね、まさかご飯の真っ最中だとは思わなかったよ」
【ご飯……? 手料理……!? え、それなんて通い妻?】
【ヤバいよヤバいよ、男の胃袋がっちり掴みにきてるよ!!】
【ここにきて芽衣ちゃんに最大のライバルが出現かぁ!?】
「ライバルって……そんなんじゃないもん。でも、余った花咲さんの料理をお裾分けしてもらったけど、本当に美味しかったなぁ……やっぱり、男の子って料理が出来る女の子に憧れたりするもの?」
【そうだねぇ……男は家庭的な味に弱い生き物だから……】
【コミュ力、料理の腕前、そしてバストサイズ……芽衣ちゃんがたらばに勝てるところはあるのか……?】
【↑ふざけんな! 可愛さなら圧倒的勝利だルォォ!?】
「おっぱい、おっぱいかぁ……そこはもう絶対勝てないもんね……」
【貧乳はステータスだから! くるるんも絶対にそう言ってくれるから!!】
「ありがとう。でも、料理は自分でも出来るようになりたいな……あ、花咲さんに対抗意識を燃やしてるとかじゃないよ。一人暮らしをする以上、いつまでも出来合いのご飯ばっかり食べてるわけにもいかないからさ」
【確かに買ってばかりだとお金もかかるもんね。芽衣ちゃんの腕前がどれだけかはわからないから何とも言えないけど、簡単な料理の練習をしてみたら?】
【そこはくるるんに料理を教えてもらおう。くるめい料理配信の時間や!!】
【向こうが圧倒的お姉さんムーブで来るのなら、こっちは幼馴染ムーブで対抗だ! くるめいが最強ってことを教えてやろう!!】
「もう。そんなんじゃないってば……ここでコメントするのはいいけど、枢くんや花咲さんの配信で変なこと言っちゃ駄目だからね? カップリング妄想はいいけど、それで誰かに迷惑をかけるのは駄目ですよ~」
盛り上がるコメント欄を見ながら、リスナーを嗜める有栖。
Vtuber同士のCPの話はリスナーたちが盛り上がる鉄板ではあるが、それが高じて過激な妄想や行動でファンや当該Vtuberたちに迷惑をかける層が一定数存在していることもまた事実。
自分のところのリスナーがそういった真似をしないよう釘を刺す有栖であったが……真の問題はそこではなかった。
この話題と発言が、自身の予想を超えた波乱を育ててしまっているということを有栖は気が付いていない。
彼女のこの発言を切り取り、生まれつつある波乱をより大きなものに成長させようとする輩たちが住み着くインターネット掲示板では、CP厨の暴走など生易しく思えるくらいの過激な発言が繰り返されていた。
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