数日後、零の部屋にて……


「サムネよし! 枠取りよし! 告知ツイートよし! 本日の配信の準備、オールOK!! さて、今のうちに予定の確認でもしておきますかね」


 『蛇道枢=ついすとこぶら』説による炎上から数日後、普段通りの日常を取り戻した零は、今日も今日とて配信のための準備をしてから別の仕事に移った。

 今後配信上でプレイするゲームの権利関係の確認や芽衣とのコラボの日程と時間の調整、【CRE8】本社に呼び出されての面談等々、配信外でも色々とやることはある零であったが、現在彼の頭を最も悩ませているのが、夏に向けての新衣装のデザインであった。


「どうすっかな~? 野郎の水着姿を見て喜ぶ奴なんて、ほんの一握りだろうしなぁ……」


 夏の衣装、といえば真っ先に思いつくのは水着だ。

 可愛い女性Vtuberたちが肌を露出し、それぞれに見合った魅力的な水着衣装を纏う姿を喜ぶファンは多いし、定番故に人気も高い。


 実際、今の時点で夏の新衣装案を提出している【CRE8】のタレントたちも、その全員が水着衣装を提案していると、薫子は言っていた。

 それに倣うのならば、零も枢の新衣装として水着のデザイン案を注文すべきなのだが……自分のファンが喜んでくれる男性用水着というものが、皆目見当が付かない。


 男の肌なんて見ても喜ぶのはごく一部の人間だけであろうし、それだったら甚平のような別のアングルから夏を感じさせる衣装を起用しようと思ったのだが、周囲のVtuberたち全員が水着の中、たった1人だけ別の衣装というのはやはり浮いてしまうだろう。


 郷に入っては郷に従えとはいうが、周囲が水着を着るのならば自分もそれに倣うのが筋だ。

 仮に夏に入ってから芽衣ないし他の2期生とのコラボが行われたとして、新たな衣装をアピールするメンバーの中で自分だけが浮いているとなると配信の雰囲気自体が崩壊しかねない。


 そういった面でも気を遣わないといけない配信を若干面倒くさく思いつつも、これも仕事なのだからと必死に蛇道枢の水着案を練る零であったが、てんで衣服について、その中でも更に専門的な水着のデザインというものに対して、彼は全く造詣が無い故に何1つとしていい案が思い付けずにいる。


「うぐぐぐぐぐ……! ど、どうすりゃいい……!?」


 ぱっと思いついたのは下を海パンにして、上に軽く何かを羽織るというラフな衣装であったが、そういった肌の露出が多い衣装を着た自分と同じく水着衣装の女性Vが絡むことを嫌がるファンは多く、下手をすればそれだけで炎上してしまう危険がある。

 ならば肌の露出を極力抑えてもう少し何かを着せようとすると、それはそれで水着からかけ離れたデザインになってしまう。

 いっそネタに振り切れてプロの水泳選手が着るような競泳水着を採用しようかとも考えたが、他に比較するまともな男性Vtuberが在籍していない【CRE8】でそれをやってもいまいちウケる未来が見えない。


 ああでもない、こうでもないと1人頭を抱えて悩み続ける零であったが……たっぷり30分は時間をかけたとしても、デザイン要望は白紙のままであった。


 このままではいけない。完全にドツボに嵌って先に進めなくなっている。

 こういう時は誰かに相談すべきなのだろうが、その相手が基本的に乏しい零にとってはそれすらも難しい状況だ。


 唯一の友人である有栖は零と同様に初めての新衣装、それも水着という大胆な衣類にどんな要望を送るか悩んでいるし、配信でリスナーたちに相談しようにも、それをしてしまえば新衣装の一番の目玉である『新しい出で立ちはそんなものなのか?』という期待感が薄れてしまう。

 社長としての仕事で忙しい薫子に相談を持ち掛けるのは悪いし、他にこの問題についての意見を述べてくれる知り合いはいないものか……と、数少ない周囲の人間の顔を思い浮かべた零は、そこでようやくうってつけの人材がいることに気が付いた。


「そうだ、喜屋武さんがいるじゃん! あの人沖縄の出身だし、水着について詳しいかも!!」


 島国沖縄出身の沙織なら、男性用の水着に関してもある程度の知識を有しているかもしれない。

 そうでなくとも、琉球の風味を感じさせる男性の衣装を提案してもらえれば、水着とはいかずともそれっぽい雰囲気の新衣装が出来上がる可能性だってある。


 まったく、どうして最初から彼女に相談することに思い至らなかったのだろうかと自分に苦笑した零は、善は急げとばかりにPCから沙織へとメッセージを飛ばし、連絡を取った。

 数分後、既読のマークと共に、メッセージを入力中との文字が表示されたことを見て取った零は、前のめりになって彼女からの連絡を待ち侘びていたのだが――


『了解。今からそっち行くね!』


「……はい?」


 そんな、沙織の声が聞こえてきそうな明るい文体のメッセージを目にした途端、その意味を理解出来なかった零がぽかんとした表情を浮かべる。

 自分としてはPCの通話アプリを起動して、このままの状態で話をするつもりだったのだが……と、自分と沙織との考え方に乖離が生まれていることを理解していった零は、同時に彼女のメッセージが何を意味しているのかに気が付き、顔を青くした。


「そっち行く? こっちに来る? え? つまり喜屋武さん……俺の部屋に来るの?」


 年上の明朗快活天然無防備お姉さんが、一人暮らしをしている未成年男子の部屋にやって来る。

 なんともよろしくない妄想を掻き立てるであろうシチュエーションだが、零が感じているのは興奮ではなく恐怖だ。


 もしも、万が一にも、このことが世間に(というより自分や花咲たらばのファンに)知られたら、それこそネタではない大炎上を引き起こしかねない。

 そして、沙織の性格を考えると、口を滑らせてこのことを配信で言ってしまう可能性は十分過ぎるくらいにあった。


「やばば、ヤバいっ!!」


 急ぎ、沙織にメッセージを飛ばして、自分の部屋にやって来ることを止めようとする零。

 誓って彼女に何かいやらしいことをしようとしているわけではないのだが、炎上の可能性となり得る火種は極力潰しておくに限る。


 以前に芽衣が自分の部屋にやって来たという情報をリスナーが得た結果、ちょっとしたお祭り騒ぎと共にプチ炎上が起きた記憶がある零は、それとは比較にならない燃え方をするであろう花咲たらば上陸事件を阻止するために超高速でキーボードをタイプしてメッセージを入力していたのだが……その行動は少し、遅過ぎたようだ。


 ピンポーンと、家の呼び鈴が鳴る。それに続いて、どんどんと玄関のドアが叩かれる音がする。

 その音を耳にした零が椅子の上から飛び上がり、キリキリと首を捻って振り向いてみれば、玄関の向こう側の光景を表示するインターホンの画面に、にっこにこと満面の笑みを浮かべた沙織の姿が目に映った。


「はいた~い! お姉さんが来たよ~! 零くん、ここ開けて~!」

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