かに座、上陸
「うぐおぉぉぉ……!?」
画面に映る沙織の姿と、玄関の向こう側から聞こえる彼女の大きな声に呻きを漏らす零。
この数分間で出かける準備を終えて自分の部屋までやって来れてしまう彼女のバイタリティに驚愕した彼は、それと同時になんとも刺激的な沙織の姿に一瞬心臓を跳ね上げた。
本日の彼女のコーディネートは、上は丈の長いタートルネックセーターを着こみ、下は太ももまでを隠すグレーのハーフパンツといった格好だ。
上半身に関しては首も両腕も腹部も完全に隠れた防御力抜群の格好なのに、下半身は逆に露出が高めという相反した格好が非常にそそる。
加えて、防御力抜群の上半身はたわわな果実のお陰で攻撃力も抜群であり、大きく膨らんだ胸部の強調が零の健全な男の子精神を激しく刺激していた。
「うぉ~い! 零くん、ここ開けてよ~! 無視されるとお姉さん、寂しくなっちゃうよ~!」
そんな零の苦悩も知らず、沙織は呑気にドアの向こう側から声をかけてくる。
なんともいえない表情を浮かべてそんな彼女の姿を見つめていた零であったが、ここで彼女を無視したらそれはそれで炎上に繋がってしまうことを理解している彼は、全てを諦めて沙織を部屋に迎え入れることにした。
その前に、ちょっとした防御策を用意してから玄関に向かい、意を決して扉を開ける。
ガチャリと音を立てて開いたドアの向こう側から、満面の笑みを浮かべた沙織の楽しそうな声が響いてきた。
「こんちは、零くん! お邪魔するね~!」
「あ、はい……」
「零くん、お昼ご飯食べた~? まだだったら材料持って来たから、私が何か作ってあげるよ~!」
「あ、うっす。ありがとうございます……」
「うんうん! じゃあ、キッチンと道具借りるね~! あ、零くんゴーヤー苦手だったりする? チャンプルー作ろうとしてるんだけど、食べられなかったりしないかな~?」
「あ、いえ、大丈夫っす……」
「良かった~! それじゃあ、多めに作るから、余った分は今夜の晩御飯にしちゃいなよ! 相談はお昼ご飯食べながらするってことで、ね?」
そう言いながら、持って来た材料を台所に広げていく沙織。
ゴーヤ、豆腐、豚肉、卵と、各種調味料を取り出した彼女は、それを慣れた手付きで調理していった。
「ふんふん、ふふふふんふんふ~ん♪」
既にカット済みだったゴーヤと豚肉を放置し、水気の抜けた豆腐を鼻歌を歌いながら手で千切る。
熱したフライパンでそれを炒め、表面に色をつける傍らで卵をといた彼女は、焼けた豆腐を取り出すと、今度は油を敷いたフライパンの上に材料を並べてそれを炒め始める。
「料理、上手いんすね。凄く手慣れてる」
「チャンプルーだけだよ~! こいつは故郷で何十回も作った料理だからさ~!」
自炊の出来る零には、沙織の手際の良さが人並み以上に強く感じられた。
本当に作り慣れているというのもあるのだろうが、無駄なくちゃきちゃきと動く彼女の姿を見るに、純粋に料理全般に対する才能があるように思える。
……というか、この状況をすんなりと受け入れているが、これって結構マズい状況なのではないだろうか?
1人暮らしの男子の家に上がり込んだ年上のお姉さんが手料理を振る舞ってくれるだなんて、夢のようなシチュエーションであると同時に世の男性たちに知られたら嫉妬が不可避な状況である。
「お待たせ~! 料理盛りつけるお皿、ある~?」
「あ、今出します。あと、昨日の残りの白米、レンジで温めておきますね」
「ありがとう~! そんじゃ、一緒にお昼食べよっか!」
そんな風に思いながらも状況と雰囲気に流された零は、沙織と共に昼食の支度を行っていく。
大皿にゴーヤチャンプルーを盛り付け、適当な深皿に温め直した白米を盛り、自分と沙織用の箸を用意して、2人で向かい合って料理が並んだテーブルにつく。
そうやって、どうしてこうなっているのかいまいち理解出来ないまま、零は沙織と共にいただきますの挨拶をしてから、彼女の手料理を共に味わっていった。
「どう? お口に合うかな?」
「めっちゃ美味いっす。なんかすいません、相談持ち掛けた上にこうして飯までご馳走になっちゃって……」
「いいのいいの! 沖縄からいっぱいチャンプルーの材料が送られてきて、私1人じゃあ消費し切れなくて困ってたんよ~! だから、零くんに食べてもらって助かってるし、美味しいって言ってもらえて、私は嬉しいさ~!!」
そう言いながら笑う沙織は、ゴーヤを口に運ぶとその苦さにきゅっと目を閉じて嬉しそうに首を振る。
どこか子供っぽいその様子と、お姉さんらしい面倒見の良さのギャップにちょっとときめく零は、ぶんぶんと頭を振ると気持ちを持ち直させた。
(いや、落ち着け! 料理作ってもらいに来たんじゃなくて、新衣装の相談に乗ってもらおうとしてたんだろうが! 予想外の展開になっちまったけど、そのことだけは忘れるなよ、俺!?)
このまま本題を忘れては、通い妻となった沙織に面倒を見てもらうだけのやり取りになりかねない。
ただでさえ炎上ピンチなのにそのリスクを背負って何も成果を得られなかったとあっては、それこそ踏んだり蹴ったりではないか。
(なお、こうして沙織のたわわな果実を目の当たりにしながら彼女の手料理を食べられたことは成果として数えないこととする)
とにかく新衣装の相談を持ち掛けるべきだと、話を本題に引き戻そうとした零が、口の中に入っていたゴーヤチャンプルーを飲み干し、沙織に声をかけようとした時だった。
「……ホント、懐かしいな。昔は、あの子も私の料理を褒めてくれたっけ……」
「えっ……?」
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