短編・とあるVtuberファンのお話
とあるVtuberファンの昼下がり
「ば、馬鹿な……!? そんな、まさか……!?」
昼下がり、1人の男が自分のスマートフォンを手に、剣呑ならざる表情を浮かべていた。
彼の名は
そんな彼には、周囲の人間には言っていない趣味があった。
Vtuberの配信を観ること、それが界人の趣味だ。
中でも【CRE8】が1番のお気に入りであり、箱全体を推している熱狂的なファンでもある。
そんな彼が今、何を見て愕然としているのかと聞かれれば、その答えはスマートフォンの画面に映っていると答えよう。
『悲報・Vtuber羊坂芽衣、やっぱり蛇道枢と同棲していた』……そう、ゴシップ誌よろしく刺激的な文字が踊るまとめサイトの記事をタップし、下へとスクロールしていけば、昨日仕事のせいで見逃した羊坂芽衣の配信の切り抜きが貼られているではないか。
周囲に人がいないことを確認した後、中央の再生ボタンをクリックして動画の視聴を始める界人。
やや楽し気な雰囲気の芽衣の様子にほんわかとした気持ちを抱えながら、彼女の雑談内容に耳を澄まして神経を集中させていく。
『うん、そうだね。1人暮らししてるとやっぱり毎日のご飯が大変だよ。コンビニ弁当に頼る日も多いかな』
どうやら、芽衣の雑談内容は普段の食事に関することのようだ。
Vtuberという生活が不規則になりがちな仕事に就いている上に、毎日の食事すら栄養バランスが考えられていないコンビニ弁当が多いということを彼女の口から聞かされたリスナーたちが、心配のコメントを発信していく。
【大丈夫? あんまりコンビニ弁当ばっかりだと体に悪いよ?】
【栄養バランスをしっかりとらないと大きくなれないぞ!!】
『大きくなることは……諦めてる。もう成長期過ぎちゃったもん。ここから大きくなるのは無理だよ』
【やっぱり自炊の練習した方がいいんじゃない?】
【自分で料理出来るようになると人生変わる】
『めいとのみんなもそう思う? 自炊かあ……でもやっぱり、この食生活を続けるのはマズいよね。枢くん見習って、ご飯作れるように勉強しようかな……?』
【くるるん料理出来るの!? 意外!!】
不意に出てきた蛇道枢の名前を耳にしたリスナーが騒ぎ立てる中、何の気なしに、以前から彼に手料理を恵んでもらっている芽衣は、その事実と料理についての感想を視聴者たちに伝えていった。
『枢くん、料理すっごく上手だよ。これまで何度もご馳走になってるし、レパートリーも多いの。一番最初にご馳走になったのはね、カレーかな? 一晩寝かせた奴を食べさせてもらったんだけど、美味しくってびっくりしちゃった』
【カレーを、一緒に食べたんですか……? 同じ部屋の、中で……!?】
【これはやっぱり同棲してますねぇ……】
【ちょっと枢燃やしてくる!!】
『えっ!? あっ、違うよ!? 確かに枢くんの家でご飯を食べさせてもらったけど、その時は事務所の社長さんも一緒だったし、2人きりってわけじゃないからね!?』
【明日の朝ご飯は蛇の丸焼きかな?】
『わ~……ごめん、枢くん。口が滑りました……許して、許して……』
とまあ、そんな枢との仲の良さをアピールするようなエピソードを若干の焦げ付きと共に話す芽衣の姿を見ながら、界人はわなわなと肩を震わせていた。
鼻を膨らませ、荒くなっていく呼吸を整えるように大きく息を吸っては吐き、心臓の鼓動を落ち着かせた彼は……握り締めた右拳を天高く頭上に掲げると、唸るような声で言う。
「っぱ、くるめいなんだよなぁ……!! 最初期から応援していた俺としては、仲の良い同期が出来て物凄く嬉しいよ。でもやっぱり、お前が他の女に取られるのは嫌かな、枢……!!」
尊み、嫉妬、そして喜び。
色んな感情がごちゃ混ぜになった感想を口にしながらうんうんと頷いた界人がこのまとめ記事に寄せられたコメントを見やる。
釣り記事であるこのページに集まったファンたちは概ねが枢と芽衣との関係性に肯定的な意見を示しており、中には2人についての良さみと妄想をコメントする者もいるようだ。
【この付き合ってるようで付き合ってない男女の関係性がいい! 親友と恋人とのギリギリをずっと見守っていたい……!】
【てか枢って料理出来たんだな。何気に女子力CRE8のVtuberの中でも上位に入るんじゃね?】
【だから言ってるじゃん、枢は女の子なんだって。つまりくるめいは実質百合】
【枢ガチ勢のホモたちは全員ホモじゃなくてNLだった……?】
【枢が料理してる姿だけで死ねるし、手料理を美味しそうにはむはむ食べる芽衣ちゃんの様子でもう1回死ねる。定期的に料理を差し入れに来たり、振る舞われたりしてる2人の日々を想像したら輪廻転生を何度でも繰り返せる気がする】
【枢の手料理が食べられる芽衣ちゃんが羨ましい、その一言に尽きるわ】
「いやぁ、わかる。わかるぞ……! 俺も枢の手料理食べたいなぁ……!!」
インターネットを通じて自分と同じ意見を述べるコメント主に対して頷きつつ、己の欲望を言葉として口にする界人。
そうしながら瞳を閉じ、自分の脳内で芽衣と枢の仲睦まじい様子を想像した彼は、満足気な溜息を吐くと共に自身もまたコメントを打ち込んだ。
【ご飯食べながら楽しくお喋りして、2人で並んで洗い物した後で何もせずに帰る芽衣ちゃんを見送る枢を見守る壁になりたい。24時間あいつの傍にいたい……】
【この絶妙なキモさ……ガチホモ兄貴!?】
【枢の名前が出るところには必ずいるな、この人!】
【蛇道枢ガチ恋であり兼くるめい限界民でもあるってガチホモ兄貴のキャラ濃すぎひん?】
既に蛇道枢のファン界隈ではガチホモ兄貴の名で有名になってしまった界人は、休憩時間の終わりを察知するとまとめサイトの記事を閉じた。
丁度良く、自分を探してやって来た上司と合流した彼は、その上司と会話しながらも頭の中でこんなことを思う。
(今日は早く帰れそうだから、21時からの枢の配信に絶対に顔を出すぞ! 厄介な仕事よ、頼むから増えるな!!)
源田界人、27歳独身。趣味はVtuberの配信を観ること。
最推しのタレントは【CRE8】所属の男性Vtuber蛇道枢。その最古参ファン。
ルールとマナーを徹底して守りながらネタムーブに走る模範的なファンである彼を、同じファンである人々はこう呼ぶ。
ガチホモ兄貴。または蛇道枢ガチ恋勢。あるいはくるめい限界民、と……。
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