エピローグ、やっぱりちょっとめんどくさい


「……まあ、そりゃあそうなるよねぇ。この御時世、やる気がなくともこんな犯罪予告を出したら、警察だってすぐに動くに決まってるだろうさ」


 やや疲弊した表情を浮かべながらコーヒーを啜った薫子は、手にしている分厚い紙の束を見つめてしみじみと呟いた。


 これらの書類には羊坂芽衣のストーカーこと下根太郎がインターネット上の様々な場所に書き込んだ暴言や中傷、犯罪予告などがびっしりと書き記されており、その内容を確認するだけでも結構な時間を費やしてしまった彼女は、寝不足の頭を働かせながら陽光差し込む窓の外を見て、満足気な笑みを浮かべる。


「相手が間抜けで助かったぁ~……今回の件を反省材料にして、もっとセキュリティや所属たちのメンタルサポートを充実させなきゃね」


 話を聞いてから1週間も経たずに迎えたスピード解決に安堵しつつ、こういった事件が起きたこと自体を反省した薫子が対策を練る。

 Vtuber界隈に限らず、こういったネットストーカーやセクハラ行為に関しての事例は枚挙に暇がないし、事務所としても出来る限りの対策をしておかねば……と、一応の解決を迎えた事件からの反省点を挙げていく中、ノックの音と共に有栖が部屋に入ってきた。


「失礼します。あの、ネットストーカーの犯人が見つかったって本当ですか?」


「ああ、本当だよ。そのことを伝えたかったのと、ここからは放火殺人予告を受けた事務所が矢面に立って犯人と対峙するから、有栖が表に出る必要はないよってことを教えたくってね、わざわざ呼び出しちゃってごめんよ」


「謝られる筋合いなんてありませんよ。むしろ私のためにここまでしてくれて、本当に感謝しています。ありがとうございます、社長」


 深々と頭を下げて感謝の礼を示す有栖の姿に笑みを向け、一刻も早い彼女の精神の安定を取り戻せたことに満足する薫子。

 というか、そもそも下根太郎のスピード逮捕の立役者は有栖であり、彼女が自分の下に送られてきた殺害及び放火の予告を提出してくれたお陰で【CRE8】が会社を挙げて被害届を出すことが可能になり、警察の腰を上げることに成功したのだから、結局は有栖が自分の力で解決したという部分が大きいと薫子は思っている。


 流石に彼女が文面とはいえあんなに下品な言葉を口にしたことに関しては驚きはしたが、そもそもの発端が薫子自身なのだから有栖を責められるはずもない。

 ちょっとしたズルであの文面を打ち込んだのは羊坂芽衣のマネージャーということにしてはおいたが……あらゆる面で変化していく有栖について、頼もしく思うと同時に苦笑が浮かんできてしまうことも確かだ。


「まったく、あんたは本当に良くも悪くも影響を受けやすいね。私ら一族の影響なんか受けても、碌な人間になれないよ」


「そうですか? 少なくとも、私は薫子さんや零くんのお陰で強くはなれてると思いますけど……」


 彼女の変化の要因は自分だけじゃなく、自身の甥にもあるぞと零にも責任を擦り付けた薫子の言葉を有栖は否定しない。

 前向きに、元気に、自身の目標に向かって真っすぐに歩いていけるようになった彼女の姿を見ながら、零と有栖を引き合わせた自分の判断は間違いではないと薫子は思った。


「……あ! そういえば、零くんにもきちんとお礼を言わなきゃ駄目ですよね? 今回も私のために動いてくれたんだし……」


「零が? あいつ、またあんたのために何かしたのかい? っていうか有栖、あいつにも相談持ち掛けてたの?」


「え? いや、私へのセクハラについて、零くんがコメントしてくれてたじゃないですか。ほら、男の自分でもドン引く……って奴ですよ。犯人が弱みを見せたのはあのツイートのお陰ですし、また迷惑かけちゃったことを謝らないと……」


「ああ、そういう……ふ、ふふっ! そういうことか……!! くくくくくっ!!」


「???」


 突如として、自分の話を聞いた薫子が笑い始めたことに動揺した有栖は、どうして彼女がこんなにも面白そうに笑っているのだろうかと首を傾げる。


 きょとんとした表情を浮かべ、なにがなんだかわからないといった様子の有栖の姿を見た薫子が、ひとしきり笑った後で目に浮かんだ涙を拭ってからその答えを教えてやろうと口を開いたその瞬間、社長室の扉をノックする音に続いて、話題の人物である零が部屋の中に入ってきた。


「ちゃ~す、今週の配信の予定表持ってきました~! ……ってあれ、有栖さん? もしかしてなんかお話し中でした? 俺、お邪魔?」


「いやいや、丁度よかったよ。今、有栖とあんたのことを話してたんだ。例のセクハラストーキング事件、一応解決したからさ」


「あ~、有栖さんにもそういうことする奴が付いてたんすね。なんにせよ、無事に犯人がとっ捕まってよかったですよ」


「うん。……また、零くんには助けられちゃったね。盾になってもらったっていうか、私の代わりに声を上げてもらったっていうか……その、ありがとう……!」


 少しぎこちなく、もじもじと指を絡ませながら、自分を助けてくれたことへの感謝を零へと告げる有栖。

 異性を名前で呼ぶことや、こうして顔を合わせてお礼を言うことに対する気恥ずかしさで顔を赤くした彼女は、零の反応を確かめるべくちらちらと彼の様子を伺っていたのだが――


「あ、あ~……あれ、っすね? 俺がツイートしたコメントのこと……いや、その、あれ、なんて言うか……」


「え? どうかしたの?」


 お礼を言われた零が何か困ったように視線を逸らし、しどろもどろな口調で二の句を探している様子を目にして、有栖は数十秒前と同じく首を傾げた。


 先の薫子の反応もそうだが、何かがおかしいように思える。

 2人の様子から徐々に何かを感じ取っていった有栖が傾げていた首を元の位置へと戻す中、おかしくて堪らないといった様子の薫子が、笑いを堪えながらその答えを彼女へと告げた。


「有栖、あんたちょっと勘違いしてるよ。零はあんたのためにあんなコメントをしたんじゃない。こいつも、あんたと同じような被害に遭ってるんだって!」


「え……? えぇぇぇぇっ!? お、同じような被害って、もしかして、その……」


「……はい。男のアレとかの写真を送られてきたり、丸められたティッシュの画像とか、何回抜いたとかの報告とかがダイレクトメッセージで送られてきてます」


「それに加えて女の子のファンからも似たようなことされてるもんね。被害件数でいったら、【CRE8】史上最大なんじゃないか?」


「笑い事じゃないっすよ! 俺の場合、ガチでやってる奴とアンチとが混在してるから余計に質が悪いんですって! この間のツイート以降、ネタでタケリタケの画像とか送ってくる奴とかもめっちゃ増えて……あ、タケリタケってわかります? ああいう画像、どっから探してくるんですかね?」


 半ば泣き言のような言葉を口にしながら薫子と会話を繰り広げる零の姿を、ぽかんとした表情で見つめる有栖。

 やがて、現状を理解するための脳内読み込みを終えた彼女は、震える声で零へと質問を投げかけた。


「れ、零くんも、同じことされてるの? じゃあ、あのツイートって……自分に対してのセクハラを注意してたってこと!?」


「ああ、まあ、そうなるかな? なんかそれが上手いこと噛み合って有栖さんの役に立ったみたいだけど、自分では意識してなかったっていうか、100%自分のためだったっていうか……ね?」


「ひ、ひぇぇ……! 男の人にもそんなメッセージが来るだなんて、Vtuber界隈って本当に怖いんだね……!!」


 もしかしたら、初めて件の男からセクハラのメッセージが送られてきたよりも強い恐怖を、今の有栖は感じているのかもしれない。

 同性、異性問わずに性的な嫌がらせを受けている零が、自分が受けたハラスメントよりも大きな被害に遭っていることに驚愕しつつ、同じ被害に遭った者として憐みの視線を彼に向けながら、有栖は言う。


「あの、上手く言えないけど……頑張ってね。辛いことがあったら、愚痴くらいは聞くから……」


「ありがとう……でも、今はその優しさがなんだか苦しいなぁ……」


 遠い目をして、一緒に窓の外の景色を眺める零と有栖。

 しみじみと自分たちに降りかかる有名税とでも呼ぶべき問題を直視しながら、1つ問題を解決しても即座に出現する別の問題に思いを馳せながら……有栖は、零に代わってあの台詞を口にした。


「Vtuberって、面倒くさいね……」


 零は大きく首を縦に振り、薫子も不謹慎ながらちょっと楽しそうに頷いて、その言葉に同意を示したそうな。


―――――――――


これにて予定していた全てのお話の投稿が終了しました。

残りは裏設定とかを記載したキャラ紹介とかを投稿するかもしれませんが、本編及び物語としての続きを書くかは完全に未定です。


もう1本書いてる異世界ファンタジー作品との兼ね合いも難しいからね、しょうがないね。


ただ、前も述べた通り、書きたいと思っている題材はまだまだあります。

インターネットに蔓延る問題やVtuberならではの問題とかは山積みですし、他の【CRE8】所属Vtuberも出したいな~、とは思っておりますので、どうにかモチベーションと時間の都合を付けたらぽつぽつと更新していくかもしれないです。


色々と、Vtuberを取り扱った作品やラノベらしくないお話だったかと思いますが、それでも毎回のように読み、感想や♡を下さった皆さんに改めて感謝を。

皆さんの応援のお陰でカクヨムコンテストでもかなり良い順位にいられて、沢山の人に自分の作品を読んでもらえて、本当に嬉しいです。


受賞は無理でも中間くらいは突破したいな~、という浅はかな欲望があったりなかったりするので、もしよければ引き続き応援をよろしくお願い申し上げます!!


あと、インターネットってこんな問題あるよね、とかこんなのがVtuberあるあるだよね! みたいなご意見を頂けると、それを作品に反映出来たり出来なかったりするかもしれません!


兎にも角にも本当にありがとうございました!

また気が向いたら、自分の作品を読みに来てください!


烏丸英より

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