3日後、ある男の話
「クソクソクソクソッ!! どいつもこいつも馬鹿ばっかりだっ!!」
とあるアパートの一室にて、PCの前で誰に届くわけでもない罵声を上げる男性が1人。
数々のインターネット掲示板を荒らして回ってはそこでフルボッコにされて撤退してはその苛立ちを怒りの叫びとして吼えるその男性は、ここ3日ですっかり日課と化してしまったその行為を本日も行っている最中であった。
「クソバチャ豚がよぉ! あんなゴミに騙されて騒いでるだけの馬鹿どもに俺並の知能を期待する方が馬鹿だったぜ」
つい1週間ほど前までは自分もそうであったことを棚に上げ、自分を叩くスレ住民たちへの罵声を口にした彼は、近くに置いてあった袋麺を調理もせずにそのまま貪る。
ばりばり、ぼりぼりと昼食と呼ぶにはあまりにも粗末な食事を取った彼は、3日前に受け取った羊坂芽衣からのメッセージを開くと怨嗟の声を漏らした。
「クソ女が、ふざけやこと言いやがって……!! 裏で男とイチャついてる癖に、男のナニ見せられたくらいで事務所に泣きついてんじゃねえよ。誰が粗チンだ、誰が!」
抱えていた鬱憤を全て吐き出し、袋麺をもう一口。
自身の怒りを表すかのように咀嚼音を乱雑に響かせた彼は、この数日で乱立したスレッドに自分に賛同する意見が来ていないかを確認して回るが――
【キモイ、キショイ、マジで無理。普通に捕まってほしい】
【とっとと芽衣ちゃんから離れて二度と関わるな、変態男】
【こいつ絶対ニートだろ。PC前から離れないで部屋に引き籠ってるクズの姿が見える】
「うるせぇぇっ!! お前が俺の何を知ってやがるんだ! この豚っ!! お前ら全員、ガワだけのクソ女に騙されてぶひぶひ言ってろっ!!」
見事に痛いところを突かれ、激高した男が半分ほど中身の残っている袋麺をPCへと投げつける。
ばらばらと砕けた中身が飛び散り、その破片がキーボードの隙間に入ってしまったことにまた苛立ちを強めた彼は、どれもこれも全ては羊坂芽衣のせいだと身勝手な怒りを彼女へと向けていった。
「あのアマ、ふざけんじゃねえぞ……! 実際は俺のを見れて喜んでたくせに、急に被害者ぶりやがって。これだから女はクソなんだ!」
振り上げた拳をPCを置く台に叩き付け、鬱憤を晴らさんとする男。
しかして、盛大な音を響かせるその行為はむしろ男の右手に僅かな痺れと鳴り響いた音に見合った痛みを与えただけという、なんとも意味のない結果しか生み出してはくれない。
「いっでぇ!! くそっ! 世の中全部クソだ! くそがっ!!」
スレッドで叩かれ、キーボードの掃除を余儀なくされ、右手を痛め……何もかも世の中が悪いと悪態を吐いていた男であったが、不意に部屋の呼び鈴が鳴ったことに気が付いて玄関へと振り向く。
「なんだぁ? 大家のババァがまた文句でも言いに来たのか? いい加減しつっこいんだよ……!!」
時間帯は平日の昼、まともな人間ならば会社や学校に行っているこの時間帯にわざわざ自分の下を訪れるなんて、どうせろくな人間じゃあない。
おそらくはアパートの大家が騒音がなんだのかんだととかいう注意をしに来たのだろうが、あんな老いぼれの言うことを聞くつもりなど毛頭ないし、以前も怒鳴り付けてやったらすごすごと引き下がったから、今回もそうしてやろう。
とまあ、色々とブーメランだったり社会不適合者の片鱗を見せる思考を浮かべながらのそのそと立ち上がった男は、再び鳴らされたチャイムの音に苛立ちを募らせながら玄関の鍵を開ける。
薄汚れたスウェットを着た、無精ひげが生えたままの不潔な姿の男は、第一声が重要とばかりに玄関のドアを開けると、そこにいるであろう老婆を大声で怒鳴り付けようとしたのだが……。
「うるせぇ! 何度も鳴らさなくても聞こえ、て……?」
「……それは失礼。なかなか出て来ないものだから、つい、ね」
玄関を開けた先にいたのは、小柄な老婆ではなくどっしりとした風格を漂わせる男性であった。
傍らにはやや若めの男性が付き添っており、2人組のその男性たちはコートの下からある物を取り出すとそれを男に見せながら、確認を行う。
「
「あ、は、は、はい……」
警察という職業と、自分より圧倒的に強そうな男性2人組の様子に毒気を抜かれた男は、先程までの威勢を完全に失った様子で首を縦に振る。
じろりと、男の姿を鋭い眼差しで観察した中年警官は、淡々とした口調で彼にこう尋ねた。
「私たちがここに来た理由、なんとなくわかってるんじゃない? 心当たり、あるでしょ?」
「い、いえ、なんのことだか、さっぱり……」
「嘘吐くんじゃねえ! お前がインターネット掲示板に放火や殺害の予告をしまくってたことはもうわかってるんだよ!!」
「ひ、ひいっ!?」
落ち着いた中年警官の口調とは打って変わって激しく粗雑な叫びを上げた若い警官の形相に恐れをなした男であったが、それよりも彼を驚愕させたのは自分の書き込みが警察に掴まれていることだった。
自分が行動を開始してまだ3日しか経っていないというのに、個人や住所を特定出来るまでに捜査が進んでいるなんて……と、愕然とする男へと、部下を落ち着かせた中年警官が静かに、されど迫力を持った声で詰め寄る。
「下根さんね、あなたが1人暮らしだっていうのは玄関の靴やここから見える部屋の様子から察しがつくよ。それで、既に捜査が進んであなたの家のPCやあなたが契約してるスマートフォンから犯罪予告の書き込みがあったってことは調べがついてるんだ。もう、逃げられないよ」
「う、う、う、あうっ、あ、あぅぅ……」
「それと、【CRE8】さんっていう芸能事務所にも聞き覚えあるよね? あなた、そこのタレントさんにストーカーしてたんでしょ? 何やら破廉恥な写真やメールも送ってたみたいじゃない。そいつも詳しく話を聞く必要があるから、取り合えず署にご同行願えるかな?」
「ぼ、僕は、逮捕されるんですか……!?」
「それは今後の捜査次第だから今の所はなんともいえないよ。ただ、個人に対してのSNS上での執拗なメッセージ送信はストーカー規制法違反に当たるし、それがタレントさんなら営業妨害にもなりかねない。放火殺人を匂わせる君の書き込みが脅迫罪として立証されたらこれも罪になるだろうし、既に【CRE8】さんの方から以上の点を踏まえた被害届が提出されてるからね……まあ、裁判は避けられないと思うよ。懲役と賠償金、覚悟しておいてね」
「そ、そんなっ! 僕はただ、メッセージを送っただけだ! 実際に何かをしたわけでも、芽衣ちゃんに会ったわけでもないじゃないか!」
納得がいかない、と警官に訴える男であったが、彼らがそんな叫びに耳を貸すわけもない。
中年警官は淡々とした表情で、若い警官の方は怒りを滾らせながら、自らの仕事を全うするだけだ。
「言い訳は署で聞くから、取り合えず来てもらおうか? いい大人なんだし、自分が何をしたかは理解出来るよね?」
「う、うぅ……そんなぁ……」
がっくりと、その場に膝をついた男が茫然とした声を漏らす。
つい数分前までの威勢どころか、殆ど何もかもを失った彼を皮肉るように、背後のPCからは再生されている動画から発せられるけたたましい笑い声が響いていた。
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