それから、10日が過ぎて……

 羊坂芽衣の配信で起きた放送事故、及びそれを発端とした蛇道枢と【CRE8】の炎上、そしてそれら全ての真相を究明するに至ったアルパ・マリの配信が行われてから10日の時間が過ぎた。

 零はマリの配信での行き過ぎた言動へのペナルティとして、有栖は体調を回復するための休息として、その期間を配信せずに過ごした2人の周囲では、たった10日という短い時間の間にも様々な出来事が起き続けている。


 まずは、予定されていた2期生コラボ。

 芽衣と枢という2人を欠いたコラボながらも予定通りに実行されたその配信は、良くも悪くも注目を浴びてしまっている中でも荒れることなく無事に終わりを迎えることが出来たようだ。


 ファンたちも2人が参加出来なかったことを残念に思いながらも、次こそは本当の2期生コラボが行われることを待っていると、芽衣と枢の復帰を待ち侘びている発言を多く残し、炎上の余波が残っていないことが証明出来たことは、このコラボにおける大きな収穫だったかもしれない。


 次いで、広まったデマについて。

 配信こそ休んでいるものの、取り急ぎ今回の事件の概要と原因、誤情報についての訂正を纏めた動画を芽衣が自身のチャンネルにアップし、加えて【CRE8】もSNSや公式サイト等で同じ情報を開示したことで、概ねその誤解も解消されつつある。


 アンチの中には「これは自分たちの失態を隠すために【CRE8】が嘘を吐いているんだ!」という声を上げる者もいたが、先日の配信において零が述べた、声を上げる者としての責任と情報をどう受け止め、発信するか? という話が切り抜きとして広まった結果、確かなソースもないのに騒ぐことの愚かしさを突き付けられたアンチたちは、Twitterのアカウントや自身のチャンネルを削除するなりして逃亡し、その声も消えつつあった。


 そして、最後。今回の事件を引き起こすことになった、アルパ・マリについて。

 騒動の引き金となった動画を削除し、SNSや自身のチャンネルで謝罪動画を投稿した彼女は、全面的に自分の非を認め、【CRE8】や今回の事件に巻き込んでしまった人々に真摯な謝罪を行った。

 当然のことながら、その程度の反省では推しを傷付けられたファンたちが納得するはずもなく、蛇道枢に代わって炎上することとなった彼女のチャンネル登録者は半分以下にまで減り、様々な批判コメントが殺到している状況だ。


 それでも、マリはそれらのコメントは自分が犯した過ちの結果であるとして真っ向から受け止めると共に、長きに渡っての贖罪を行っていく決意を表明している。

 多くの人々が離れ、随分と寂しい状況になってしまったマリだが、牧草農家たちの中にはそんな彼女を応援する者も確かに残っていた。

 落ち目の時にこそ応援するのが本物のファン……どこかの漫画で聞いたようなその台詞を合言葉に、再出発を図ろうとするマリを見守る者たちがいる限り、彼女はもう二度と、同じ失敗を繰り返したりはしないだろう。


 【CRE8】側もそんな彼女に対して訴訟等の重い対策は取らず、所属Vtuberとの共演NGを言い渡すのみに罰則を留めている。

 いつか、この騒動と炎上の余波が完全に収まり、新しいスタートを切ったマリが真の意味で生まれ変わることが出来たのなら、きっとこの罰則も解除されることだろう。


 その時こそがこの事件の本当の終焉になるのだろうなと、何となくそんなことを思いながら、零はPC画面に表示されるまとめサイトを閉じ、大きく伸びをした。


「んあ~~っ……! あ~、しんどっ! 退屈過ぎて逆にしんどいわ~っ!!」

 

 大声で、そんな独り言を1つ。

 配信の自粛を言い渡されていることでそれらに対する準備や企画等が全てストップしている零は、やることのない毎日に辟易とした気分を抱きながら日々を過ごしている。


 ……まあ、そんな日々も今日で終わりだ。

 本日は自粛を開始してから11日目、自分と芽衣の休止が終わりを迎える日。

 この日の復帰配信に備えてそれなりの準備をしていた零は、その最終確認をしている最中に送られてきた通知をクリックし、メッセージを開く。


【首尾は如何でしょうか? 時間の変更はなしで大丈夫ですか?】


 メッセージの送り主の名は羊坂芽衣。本日共に活動を再開する、大切な同僚。

 復帰配信が待ち遠しくて仕方がない様子の彼女からの連絡に小さく笑みを浮かべながら、零はメッセージに対する返信を打ち込んでいった。


【大丈夫です。お互いに調整を重ねましたし、今回は万全の態勢で臨めそうですよ】


【良かった。また中止になったりしたら、笑えませんもんね】


 返信に対して即座にまた返信を送ってくる有栖の反応についつい噴き出しつつ、仕事用のスマートフォンを見つめる零。

 あの配信以降、過激な物言いに対して反感を抱いたアンチの活動が活発になったりもしたが、事務所と同僚、そしてファンのために炎上の矢面に立ち、全ての被害を一身に受け止めて誤解を解いたその姿勢に感銘を受けたとして、アンチからファンに転向した者も多く見受けられている。


 男性Vtuberの存在にも懐疑的だった【CRE8】の箱推しファンたちの中にもこの騒動を契機に蛇道枢に対する色眼鏡を外した者も多いようで、10日前には3000名であった枢のチャンネル登録者数は、今やその10倍以上にまで膨れ上がっていた。


 ようやく、あんたの良さが認められ始めたのだと、薫子は言っていたが……当の本人である零には、いまいち自分が人気になっている実感が湧いてこない。

 だがしかし、Twitterに送られてくるダイレクトメッセージが暴言よりも復帰を待つ声の方が多くなっていることを見れば、嬉しさを感じることもまた事実だ。


 そうした事情を鑑みつつ、蛇道枢がファンに受け入れられつつあることを確認した事務所は、改めて、凍結されていた彼と羊坂芽衣とのコラボを復帰配信として行うことを2人へと提案した。

 二つ返事で了承した有栖と、若干の不安を抱きつつも社長と同僚の勢いに押されてOKを出した零がTwitterでその配信の告知をしてみれば、数日前とは打って変わって、それを待ち望んでいたと口々に告げるファンたちのリプライが飛んで来たではないか。


【待ってた! 待ってたよ!】

【俺たちが馬鹿やったせいで潰れた芽衣ちゃんの夢が、やっと実現するんだな……!!】

【蛇道枢最強! 蛇道枢最強!】


 そんな、歓喜の感情とネタを入り混じらせた反応を見て、零は呆れたような嬉しいような、複雑な気分を抱えながら一言呟く。


「やっぱ面倒くさいわ、Vtuberって……」


 そう口では言いながらも、何処か子気味良い気分を抱えながら、零は今夜のコラボへの最終確認を有栖と共に進めていくのであった。

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