参戦、終わりにする為に


 静かに語る零の言葉に、反発する者はいなかった。

 流れるコメントの中には意味をなさない暴言を吐く者はいるが、それらは全て心あるリスナーたちからはスルーされ、モデレーター権限を持つ者の手でBANされていく。


 誰の声も、物音も、息遣いでさえも聞こえなくなった無音の時間が十数秒続いた後、それでもといった様子で口を開いたのは、この配信の企画者にして、今の今まで話に置いてきぼりにされてしまっていたアルパ・マリその人だった。


「なに、それ……? 芽衣ちゃんが体調崩した原因は、全部私にあるって言いたいの!? それがあんたと【CRE8】の総意ってわけ!?」


「全部が全部、あんたらの責任だとは言ってないさ。ただ、大きな原因の1つであって、これをそのままにしておけば、また同じことが起きかねない。羊坂さんのためにも、訂正と注意喚起は必要だと思ったからこうして事実を述べたまでだ」


「事実って……それに関しても、証拠はないじゃない! あんたが今、話したことは、全部大事な部分がはぐらかされてる! リスナーたちの大きな疑問でもある、どうしてあんたが芽衣ちゃんの家に入れたのかも理由は説明されてない! 私と芽衣ちゃんの話し合いに事務所が割り込んで来たことだってそう! おかしいことはまだまだいっぱいあるのに、それを説明せずに話を終わりにしないでよ!!」


【マリちゃん、もう止めよう。ここで騒いでるの見たら、芽衣ちゃんだって心苦しくなるよ】

【見苦しいの域に達してる。ヒステリックに叫ぶだけの配信には観る価値もない】

【芽衣ちゃんと事務所の発表を待とうよ。残念だけど、マリちゃんの負けだよ……】


「コメント欄うるさいっ! あんたたちは黙っててっっ!!」


 先程まで味方だったはずのリスナーたちが自分を制止する様を目の当たりにしたマリが感情を剥き出しにして叫ぶ。

 圧倒的有利な状況だったはずが、いつの間にか自分の方が追い詰められているようになっていることに呼吸を荒くした彼女の息遣いを、零は静かに耳にしていた。


 おそらく、本当はマリも何が原因だったのか理解しているだろう。

 自分が【CRE8】と蛇道枢の悪評を広め、ファンたちの暴走と突撃を招いたせいで、気の弱い芽衣が体調を崩してしまったということは、彼女だってわかっていた。


 だが、もうここまで来たら引っ込みがつかない。全て自分の勘違いでしたと数万人のファンたちの前で認めることなど、気の強い自分に出来ることではない。

 そんなことになったら、それこそ大炎上だ。これまでの努力が、活動が、全て水泡に帰してしまう。


「証拠を出してよ! それと、重要な部分に関しての説明もして! 私はあんたのお涙頂戴の美談で誤魔化されたりなんかしない! 納得出来る根拠が出るまで、叫び続けてやる!」


 もう、突っ張るしかなかった。

 捻ったアクセルを元に戻すことも、ブレーキを踏むこともマリには出来なくなってしまっていた。


 そんな彼女の様子と、送られてくるファンたちからのコメントが制止から罵倒へと変わってきたことを見て取った零は、改めて自分のスマートフォンを操作すると共に、この配信を観る者全てにこう語る。


「……残念ながら、もう俺が話せることは何もない。これ以上はもう、俺の口から語るべき内容じゃあないはずだ」


「じゃあ! だったら!! 誰から聞けばいいっていうの!? このままうやむやにして逃げようったって、そうはいかない――」


「来てるよ。お前も画面に齧りついてないで、一歩退いてみろ。そうすりゃ、気が付くことが出来るはずだ」


「えっ……? ……あ、あぁぁっ!?」


 零の言葉に剥き出しにしていた感情を抑えられたマリは、PC画面に映し出されている通知を目にして、驚きの叫びを上げた。

 そんな彼女の反応から、ようやくマリも事態を把握したことを悟った零は、手にしているマウスを動かしてすべき操作を行う。


 未だに驚愕しているマリに代わって、通話アプリに参加しようとしている人物の承認に許可を出すと共に、画像ファイルを開く。

 あの日、コラボのためにと送られてきたまま、1度も開くことのなかったそのファイルの中に並んでいる立ち絵を確認した零は、込み上げてきた奇妙な感覚と共に大きく息を吐き出す。


 展開されたファイルの中に並ぶ、1人の少女の顔、顔、顔……。

 怒っていたり、笑っていたり、悲しんでいたり……ネタにもなりそうな面白そうな表情も用意されていたが、それらの中からこの場に見合った真顔のまま正面を向く彼女の絵を選択した零は、それを蛇道枢の真横に置き、配信画面に表示した。


「……俺にはもう、これ以上話すことはない。ここからは、俺に代わってもう1人の当事者に話をしてもらう」


 プツンッ、という通話が繋がった音が響き、同時に零が選択した画像がリスナーたちの前にも表示される。

 その言葉に、画像に、展開に、視聴者とマリが驚きを露わにする中、新たに通話に参加した3人目の人物が、この場に集った面々に向けて、挨拶を行った。


「……みなさん、こんばんは。飛び込みという形での参加になってしまい、本当に申し訳ありません……【CRE8】所属VirtualYouTuber、羊坂芽衣です」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る