お前ら全員面倒くせえ!


「は……? はぁぁぁぁぁっ!? なにその言い方!? ってか、何様のつもり!? 開き直ってんじゃないわよ、このクズっ!! 面倒くさい? 言うに事を欠いて、なにを――っ!?」


 一瞬、その言葉を受けてぽかんとしたマリであったが、じわじわと沸き上がってきた怒りが彼女に正気を取り戻させた。

 開き直りとしか思えない蛇道枢の態度に猛抗議し、彼を糾弾するマリであったが、画面の向こう側で耳の穴を穿った零は、心底くだらないといった様子で逆に彼女へとこう返す。


「いや~、俺にはお前らをそうとしか表現出来ねえよ。マジで、本気で、お前らウルトラめんどくせえわ」


「な、な、な……っ!? そんな態度を取っていいと本気で思ってるの!? この状況で逆ギレとか、マジで意味わかんないんだけど!!」


「……お前、何で俺がキレたかわからないわけ? マジでお気楽すちゃらか幸せいっぱいのあっぱらぱーな頭してんのな。人生楽しそうでいいわ~」


「ふざっけんなっ!! あんた、あんたねぇ……っっ!!」


 気楽に笑い、マリを馬鹿にするような発言を繰り返す零の様子に、怒りのボルテージを振り切らせてしまった彼女は過呼吸状態に陥っていた。

 ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返し、アバターの表情を険しくして蛇道枢を睨むマリであったが、声色を変化させた零の鋭い言葉がそんな彼女の胸を抉る。


「んじゃ、逆に聞くけどよ……俺の悪い点ってどこだ? きっちりと筋を通した意見を出してくれよ」


「ど、どこって、まず敬語を使いなさいよ! 自分の立場わかってるの!?」


「おいおいおいおい、いきなりブーメランぶん投げてんじゃねえよ。先にぶちキレて汚い言葉を使い始めたのはお前だろ? 自分に敬意を払わない奴に、どうしてこっちだけが敬意を払ってやらなきゃなんねえんだ? っていうか立場だなんだとお前は言ってるけど、お前と俺は同じ会社の上司と部下でも、先輩後輩でもないんだぜ? デビュー時期もほぼ同時期なんだから、暴言吐かれてまでわざわざ敬語使ってやる理由なんてどこにもねえだろう?」


「そ、それはあんたがこっちの質問をはぐらかして大事な部分に言及しないからであって――」


「だからその部分に関しては最初から言ってんだろ? 事務所や羊坂さんの機密に関わることに関しては言えない、ここで言えなかったことは羊坂さんが復帰した時に説明すると思うってよ。聞き逃した奴は配信の冒頭まで時間戻して確認してみろ。しっかり俺は念押ししてるし、言えない部分がある時は謝罪もしてるだろうが」


「それでも、答えるべき部分は答えるべきじゃあ……」


「はぁぁぁぁ? んじゃ何か? 俺はお前に聞かれたら、羊坂さんの住んでる所や入院してる病院や何号室で寝てるのかも教えなきゃなんねえのか? 何でもかんでも教えられるわけねえだろ。羊坂さんを守ることを優先するからこそ、言えないことだって山ほどあるってことをどうして理解出来ねえんだ?」


「だ、だからって面倒くさいだなんて言葉で相手を馬鹿にするのは――」


「へぇ~! そんじゃあお前の俺に対する卑怯者って発言は? 死ねだの引退しろだのほざいてるコメント欄の連中は? 面倒くせえが駄目で、そいつらはOKなのか! うわ~、びっくりだな~! 是非ともその判断基準を俺に教えてくれよ、アルパ・マリさんよぉ!」


「う、ぐ……っ!?」


 自身の指摘を次々と論破する零の勢いに、マリは何も言えなくなってしまう。

 言葉遣いこそ悪いものの、決して的外れな意見を口にしたり、話を逸らしているわけでもない彼の意見に反撃の糸口を見い出せずに押し黙ってしまった彼女に代わって、牧草農家たちがコメント欄で蛇道枢を攻撃するが――


「……おい、今のコメント打った奴。え~っと……【パッキー・牧草農家】、お前だ。【謝罪配信でその態度は有り得ない】だぁ? おい、アルパ・マリさんよ。お前んところの脳みその代わりに毛玉が詰まってるとしか思えない馬鹿が何か勘違いしてるみたいだから、お前の口からしっかり訂正してやってくれよ、頼む」


「え、え……?」


「この配信のタイトル、何だ? はっきりと大きな声で読み上げてみましょう! さん、はいっ!!」


「えっと……『緊急配信 今回の一件についてと、羊坂芽衣ちゃんとCRE8・蛇道枢との関係を本人に問い質す!!』、だけど……?」


 自身へと寄せられるコメントの中に看過出来ないものを見つけた零が、そのコメント主を名指しにして晒し上げる。

 そして、その発言の見当違いさを説明するためにマリに命じて彼女にこの配信のタイトルを読み上げさせた零は、うんうんと頷いた後で牧草農家をはじめとするリスナーたちに向けてこう述べた。


「聞いたな? で? どこに謝罪配信だなんて表記があった? この配信は俺がお前らの大好きなアルパ・マリから、羊坂さんの件についてインタビューされるだけの配信なんだよ! 俺も、こいつも、謝罪配信なんて表現は一言も使ってねえぞ? お前も俺を誘った時、謝罪配信をするだなんて言ってなかったよな? 羊坂リスナーの代表として、私に話を聞かせろって言ってきただけだよなぁ!?」


「そ、それは……」


「はいかいいえではっきり答えろっ!!」


「は、はいっ!」


 勢いに押され、しどろもどろになりながらも肯定の返事を口にしたマリの反応に再び零が頷く。

 その様子にリスナーたちからは脅迫だ恫喝だなどといったコメントが寄せられているが、それら全てを無視した零は画面の向こう側でそれらのコメントを打っている者たちに対してこう言ってのけた。


「おい、聞いたな? この配信、俺の謝罪配信じゃないってさ。だからパッキー、残念ながらお前の意見は思いっきり的外れなものになるぞ。他の連中も含めて、何か勘違いしてた奴らが散々俺に対してふざけた口を叩いてくれたよな? 暴言コメントを発信した奴ら全員、勘違いの下に誰かを傷付けた大馬鹿野郎ってことだ! そのことについて俺に何か言うことあるんじゃねえの? なぁ!?」


 そうやって、自分たちが犯した罪を突き付けられた暴言リスナーたちのコメントが、急に静まり返っていった。

 中にはまだ悪態を吐く者もいるが、盛り上がりの最盛期と比べると遥かにその流れは緩やかになっており、子供じみた暴言に紛れてぽつぽつと勘違いをしていたリスナーたちからの謝罪の言葉が送られている。


「……ここで謝れた奴らはまだまともな人間性を残してるよ。でも、大半が何も言わねえか、ふざけた暴言を吐くだけのゴミに成り下がっちまったな。都合が悪くなるとだんまり出来て、見てるだけの連中はいいでちゅね~!」


 圧倒的に減ったコメントの数と、それとは反比例して増えていく低評価の数を見ながら心底呆れたといった様子で零が言う。

 しかして、そのことをそこまで気にしていない様子の彼は、話す相手をリスナーたちから本来在るべき人間へと戻し、口を開いた。


「ま、いいや! お前らの代わりに謝ってもらう相手はここにいるし~! なあ、アルパ・マリさん?」


「は、え……!?」


「は? じゃねえよ。お前がお前んところのリスナーにきっちり今回の配信について説明してなかったから、こんな勘違いが起きたんだろ? お陰で俺は物凄く傷ついたわ~! 死ねとか引退しろとか言われて辛いわ~! ……で? この事態を引き起こした落とし前は、どうつけるわけ?」


「あ、謝れっていうの? 私に!?」


「うん、そうだけど? 私の説明不足のせいで勘違いさせちゃってごめんなさいってリスナーには謝罪すべきだし、リスナーたちを誤解させたせいで傷つけてしまってごめんなさいって俺にも謝るのが筋ってもんじゃねえの? 言っとくが、他人に責任を取ることを強要するくせに自分はそんなの御免だなんてのは、筋が通らねえからな?」


 先の彼女の発言を逆手に取り、しっかりと自分なりの筋を通した上でマリに謝罪を要求する零。

 彼の言葉に歯噛みし、呻きを漏らし、暫し押し黙ったマリであったが――


「そ、それについてはこの件と関係ないでしょ! 今、私たちが話してるのは羊坂芽衣ちゃんについてであって、この配信がどんなものであるかじゃないわ!!」


「……ああ、そう言うと思ったよ。だから、俺からも2つほどお前に言わせてくれ。まず1つ、開き直りってのは、今、あんたがやったそういうことを言うんだぜ? んでもう1つだが――」


 ――そんな風に、謝罪を拒否してヒステリックに叫んだマリに対して、零は静かに燃える青い怒りの炎を燃え上がらせながら呟く。

 すっかり変わった空気の中で、押し黙ってしまったリスナーたちの前で、煮え滾る溶岩のような憤怒の感情を抱いた彼は、それを必死に押し殺しながら真剣な口調で彼女に告げた。


「――関係あるから言ってるんだよ。お前がそうやってありもしない圧力や命令やらをでっち上げたせいで、羊坂さんは入院する羽目になったんだろうが」

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