第237話「鬼巫女の試練」

 四之村を出発して五之村に向かう。

 同時に新たなクエストが追加された事を、オレはセツナに告げた。


「妹のラセツを助けるには、セツナの巫女としての覚醒が必要だ。そしてゲームのお約束的な展開なんだけど、どうやら次の五之村で〈滝行〉をする事で条件を達成する事ができるらしい」


「……神が提示した覚醒の条件が滝行か。それで妹を助けられるのなら、うちは何時間でも打たれてみせる!」


「うん、やる気に満ちてるのは良いな。でもペース配分には気をつけろよ。いざという時にバテてたら、ラセツを助けるどころじゃないからさ」


「き、きもめいじよう。それで条件とはそれだけなのか?」


「あー、その事なんだけど。他にも問題があって……」


 緊張した面持ちのセツナを尻目に、半透明のウィンドウ画面を一瞥いちべつする。

 クエスト画面に表示されている条件の項目を見たオレは、中々に大変な内容に苦々しく思う。


 そこには『滝行中の鬼姫を一時間護衛する』と記載されていた。


 自分の苦手とする護衛クエスト。内容は一時間と長過ぎず短過ぎずで、実に普通と言いたいところなのだが。

 今師匠から送られてきたメッセージによると、なんと逃げた〈闇の信仰者〉の幹部の一人が五乃村に潜んでいる事が発覚したらしい。


 師匠もこちらに向かってきてくれているが、進行度的に先に鉢合わせする可能性が高いと判断し、こうして警告をしたとの事。

 つまり護衛クエストのボスキャラとして、この幹部が出現する確率は極めて高い。


 最近利用しているメモリストを開く、そこには師匠達から得ている敵勢力の情報が載っている。

 冒険者達と敵対している〈闇の信仰者〉は、魔王に忠誠を誓った教祖を中心とした世界の裏側で暗躍しているヤバイ奴等だ。


 主に師匠がスペシャルクエストで遭遇して、これまでに三人いる幹部の内二人を葬っている。

 今回の敵が最後の一人となるわけだが、師匠いわく「かなり強い」との事。推測するならヘルヘイムの騎士団長か、それ以上の実力者である可能性が高い。


 あの師匠が強いと評した場合は、こちらの基準だとメチャクチャ強い事を意味する。

 果たしてセツナを守りながら、戦うことができる相手なのか……。


「布陣はセツナの護衛にシオとイノリ、他のメンバーで向かってくる敵を撃破するって感じかな。どれだけの敵が出てくるのか分からないから、幹部はオレが一人で相手しないとクエストを達成するのは厳しいかも」


 詳しい陣形に関しては、各々で意見を出しあって決めた。

 前衛はオレとクロとロウの三人で、シンとイノリが遠距離で支援しながら三人が撃破していくテンプレのような流れ。


 幹部が出現したら、オレが対処に当たって近接もできる槍使いのシンが状況に応じて前に出る。

 いつもだったらクロと二人しかいないので、前衛と後衛が二人以上いるだけで贅沢すぎる戦力といえた。


 本来ならユニーククエストの難易度は、このフルパーティが前提となっているのだろう。

 今までお姫様+自分とクロの組み合わせを、デフォルトでやっていたのがおかしいのだ。


 まぁ、それも好き好んでやっていたわけじゃない。

 シンとロウはヨルに捕まって洞窟巡りをしていたし、イノリは前回にようやく合流した戦力で、シオは今回団員達に任せてこうして力を貸してくれている。

 仲間達に胸中で感謝しながら、二人で良く二つの戦場を攻略していたものだとしみじみ思ってしまう。


「ソラ、どうしたの?」


「んー。改めてオレとクロは強いコンビなんだなって、思ってたところ」


「──────ッ」


 頭の中に浮かんだ言葉をつい口にしたら、クロが顔を赤くしてうつむいてしまった。


 ……あ、不味い。この流れは仲間達にイジられてしまう。


 無意識で思ったことを口にしてしまうなんて、二人っきりならともかく余りにも迂闊うかつ過ぎる。

 慌てて誤解だと言おうとしたら、それよりも先に妹から呆れた様子の声を浴びせられた。


「お兄ちゃん、大丈夫? まだ疲れてる?」


「ソラとクロさんは、本当に仲が良いんですね」


「おいおいおい、急に惚気のろけ話は止めろよ」


「熱々なのじゃ! こっちまで顔が赤くなってしまうのじゃ!」


 不用意な発言をしてしまった事で、仲間達の生暖かい眼差しとツッコミが容赦なく次から次に刺さってくる。

 セツナも「こやつ凄い……」って感じで、やや引いたような顔をしていた。


「……ソラのばか」


「クロも!?」


 こんな感じで孤立無援となったオレは、次の目的地につくまでイジられるのであった。



◆  ◆  ◆



 五之村は平坦ではなく、大きな窪地に住居を集めたような作りをしていた。

 切り立った崖からは水が滝のように絶えず流れており、それが溜まって泉を形成している。


 ぱっと見は、テレビとかで良く見かける秘境みたいな印象だった。

 滝の流れ落ちる場所には、祭壇みたいな足場が建築されている。間違いなくあそこでセツナは滝行をするのだろう。


 馬車から降りたオレ達を待っていたのは、村長を筆頭に集まった村人達だった。


「セツナ姫様、良くぞ来られました。ラセツ姫様から話はうかがっております」


五之ごの村長そんちょう、ラセツはなんて言っていた」


「はい、セツナ姫様が来られるので、滝行の準備をしてほしいと頼まれました。こちらの方で既に、衣装と儀式場の準備はできております」


 五之村長の合図で女性達が持ってきたのは、真っ白な和服──白装束だ。

 受け取ったセツナは、女性達に案内されて衣服を着替えるために王族専用の建物の中に消える。

 しばらく待っていると、彼女は戻ってきた。ただし儀式では禁じられているのか、身につけているのは白装束だけで武装は一つもなかった。


「カタナは……」


「滝行中は、ずっと瞑想をしていないと行けないからな。一応ある程度の攻撃を弾く結界の陣はあるが、それも接近されたら効果は発揮できない」


「つまり近づけさせたらアウトって事か。分かりやすくて良いな」


「うん、うちの命はお主達に預けるぞ」


「わかった、実に気合が入る言葉だよ。……任せろ、セツナには指一本触れさせないから」


「頼むぞ、ソラ」


 話を終えると場所を移動して、木で作られた足場を利用し滝の側まで歩み寄る。

 崖から流れ落ちる水量はかなり多く、こうして近くで見ると圧巻の一言であった。


 ぱっと〈洞察〉スキルで見回すが、敵が攻めて来るポイントは一箇所しか無さそうだ。

 上から遠距離武器で狙われたらどうしょうもないが、ハッキリ言って此方がムリゲー過ぎるので、そこまで面倒な事はしないと思いたい。もしもの場合はイノリがいるので、狙い撃つのも可能だが。

 全員持ち場につく中、セツナの最終防衛ラインを担当するシオが笑顔で告げる。


「ここで私が守るから、大船に乗ったつもりでいてね」


「……小さい時、ラセツも似たような事を言われたな。あの時は二人でうっかり村の外に出て、モンスター達に囲まれてしまったのだが」


 当時のことを思い出し、セツナは苦々しい顔をして歩みを進める。

 流れ落ちる滝の下に入った彼女の身体は、一瞬でズブ濡れになり水を吸った衣装が『鈍速』の状態異常を付与する。


 これでセツナの動く速度は常に半減状態、防御力も結界を除けば皆無なので、敵に狙われたら一溜まりもない。

 滝に打たれながら彼女は、祈る前にこう言った。


「あの子は見事、うちの背中を守り切ってみせた。だから信じているぞ、シオとソラ達の事を」


 目を閉じて、胸の前で手を合わせ祈るような姿勢を取る。

 すると巫女の力を燃料に結界が作動し、セツナを中心に六芒星の魔法陣が浮かび上がる。

 オレ達の目前にクエスト開始のメッセージが表示された後、敵襲を告げる鐘の音が村中に響き渡った。


 ──それじゃあ、やって来る敵を蹴散らすとするか!


 白銀の剣を抜いたオレは、黒いローブに仮面を付けた敵に向かって突進スキル〈ソニック・ソード〉を始動させた。

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