第208話「海の国の決戦⑥」

 空中でのドッグファイトにおいて、機動力は全てに勝る最も重要な能力だ。

 数分間の交戦で、見たところ現在の〈アスモデウス〉の最高速度は自分には遠く及ばない事が分かった。

 追い掛けられたとしても、見てから余裕で逃げれる程度には差がある。

 オレはそれに加え、動作から攻撃を読む事ができる〈洞察〉スキルと敵と比較して身体が小さい。

 だから的確に回避行動をする事で、基本的に〈アスモデウス〉の攻撃が当たることは無いし、逆に此方の攻撃は敵が巨体である為にヒットし続ける。

 とはいえ巨体から繰り出される攻撃は、下手な遊園地のアトラクションよりも迫力満点だ。

 少しでもひるんで、選択を間違えたら被弾は免れないだろう。

 そして一度でも直撃を受ければ、スキルで強化している自分でも大ダメージとなる可能性は高い。

 優位性は此方にあるが、いくらでも逆転される要素はあるので油断はできない。

 つまり大事なのは、奴の攻撃を恐れずに正解の行動を続ける事。


『だからってマスター、これはクレイジーです』


 無数の水の刃〈アクアブレイド・ランページ〉に真っ向から向かったオレは、最小限の動きで僅かな隙間を通り抜けて敵に接近した。


「クレイジーで結構! 最短最速ルートで攻め続ける事こそが、真のゲーマーってヤツだ!」


『天上で学習の為に見てました。マスターはRTA走者なんですか?』


「勉強不足だなルシフェル! RTA走者は、こんなマトモな攻略法なんて使わないだろ!」


 RTA──リアルタイムアタックを極めた者達はシステムの穴を利用し、スタート地点から空間を越えてラスボスの居るところまで移動したり、或いはゲームクリアをする。

 あの界隈の上級者達からしてみたら、オレの動きはまだ常識的で初歩レベルだ。

 思わずくすりと笑い、超高速の突進〈ソニックソード〉で敵の胴体に大きな斬撃を刻む。

 即座に鋭く巨大な爪による反撃が来るけど、ソニックステップで緊急回避したオレは、あっという間に敵の手が届かない位置まで移動した。

 そこで〈アスモデウス〉の強化された特殊技『魅了』の歌がオレを対象に発動。

 この姿に成る前ならば、効いていた可能性は高かったが、更に強化された自身の高い状態異常耐性とイノリの『ガブリエルの加護』によって完全に弾く事に成功する。

 不快でノイズみたいな音の波の中を飛行しながら、敵の身体に〈トリプルストリーム〉を叩き込んで強制的に口を閉じさせた。


『GAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!』


 なぜ歌が効かないんだ、と言わんばかりに叫び声を上げる巨大な怪物。両手を此方にかざし、二つの魔術陣を展開させて巨大な水流〈タイダルウェイブ〉を開放した。

 だが最上級の魔術とはいえ、直線的な攻撃が通用するほどにオレは弱くない。

 大きく螺旋を描くように回避したオレは、同時に接近して水平二連撃〈デュアルネイル〉を連続発動して敵の身体をズタズタに切り裂く。

 視認しているHPは、徐々に減少していき、あと少しで半分に到達する所まで来た。


(このまま行けば、ヤツに勝てる!)


 空中を鋭角に飛行しながら、何度目かの酸の雨〈アシッドレイン〉のエリアを一気に抜けて接近する。

 そのまま発動した四連撃〈クアッド・スラッシュ〉で、半魚人の身体に四つの大きな金色の斬撃を刻んだ。

 出血するように赤いダメージエフェクトが発生し、減少する敵のHPは遂に残り半分を切る。

 するとそこで、何やら変化が生じた。


『LUCIFERaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!!!』


 動きを止めた〈アスモデウス〉が苛立ちをあらわに雄叫びを上げると、背中にある六枚のコウモリの翼が更に一回り大きくなった。

 洞察スキルでそれを見ると、敵の機動力が更に上昇するのが確認できる。

 一体どれだけ速くなったのか。一旦様子見をする為に、攻撃を終えた後に距離を取り離れた場所で停止してみた。

 大きくなった翼を〈アスモデウス〉は羽ばたかせる。その次の瞬間、


 ……ッ!?


 物凄い速度で、その場からミサイルのような体当たりをしてきた。

 デカい図体で速いというのは、それだけで大きな武器となる。

 追加されたのは、体当たり攻撃──〈レイジ・ダイブ〉。

 初動で見切り、オレは翼を羽ばたかせ辛うじて回避。周囲に発生している衝撃波でバランスを崩しそうになるけど、ギリギリの所で姿勢を制御して何とか耐えた。

 だがその間に、通り過ぎた敵は鋭い旋回をして来ており〈レイジ・ダイブ〉を発動しながら水の刃〈アクアブレイド・ランページ〉を繰り出して来た。


「高機動でオマケに弾幕も張ってくるとか、昔のシューティングゲームかよ!」


 ただでさえ、本体を回避する事に集中しなければいけないのに、そこに遠距離攻撃もしてくるのは反則すぎる。

 回避しながら、此方も〈アングリッフ・フリーゲン〉で反撃を試みるが、周囲の衝撃波は一種の『障壁』となり三日月の刃は途中で打ち消されてしまった。

 信じられない現象に嘘だろ、と思わず声が口から出てしまう。

 更に〈洞察〉スキルで注意深く見ると、どうやら大災害の高いステータスに、巨体で〈レイジ・ダイブ〉を使用することで“衝撃波が常時展開している盾のような役割を担っている”らしい。 

 つまり奴は、突進するだけで最大の攻撃と防御を兼ね備えた、かつて無い程に強力なボスというわけだ。

 それに対し此方の攻撃手段は剣か、ガントレットを装備した近接戦用の武器しかない。唯一の遠距離攻撃である〈アングリッフ・フリーゲン〉は先程の通り、通用しない有り様である。


「ハハハ、これは久しぶりにクソゲーをしている気分にさせられるなッ!」


 再度の突進を大きく回避しながら、オレは懐かしい感覚に思わず笑みを浮かべた。

 硬直もクールタイムもない大技とか、今までの中でトップレベルに厄介だ。

 どうにか洞察スキルで攻略法を模索するけど、〈レイジ・ダイブ〉は突進攻撃というシンプルな技である為に、どれだけ探っても弱点というモノは全く見当たらない。

 〈バースト・チャージ〉でスキルを強化したら障壁を突破できそうな気はするけど、アレは強力な効果である反面、硬直も発生するので何も考えず使用すると逆にピンチになりかねない諸刃の剣。

 ガントレットで此方も最高加速からの突貫を考えてみるが、ルシフェルからリスクが高過ぎると反対された。

 頭の中で色々と考えるけど、その全てが今の敵に通用するか怪しい。

 

 こうなったら一か八か、ボス特攻の必殺技〈ヘブンズ・ロスト〉を〈バースト・チャージ〉で強化して、残り半分のHPを削り切れるかチャレンジしてみるか?


 今まで二体の大災害に、止めを刺してきた最強のスキル。

 アレならば、障壁を突破してヤツに確実に大ダメージを与えられるはず。


『確かにそれなら、大災害に勝てる可能性は高いです。ですがその二つを併用すれば確実に、大きな隙きを作ってしまいます。削りきれなければ敗北は必至です』


(そこがネックなんだよなぁ……)


 ルシフェルの鋭い指摘に、なんとも言えない顔をしてしまう。

 かと言って敵が止まる様子が無い今、このまま逃げ続けるのにも、いずれは限界が来るだろう。

 なら余力がある、今しかチャレンジするタイミングはないのかも知れない。


 ──正に今が、この戦いの分水嶺ぶんすいれいだ。


 このままジリ貧で削り殺されるか、賭けに出て一筋の勝利を掴み取るか。

 数秒間だけ考えた後、ふと簡易的に広げている感知スキルが、地上から飛び立った何かを自分に知らせる。


『マスター、これは……増援が来ます!』


「ああ、そういえばそうだったな。これは……やるしかない〈ルシフェル〉ッ!」


 以前に〈洞察〉で見抜いたスライムことスーちゃんの正体。それは王家に代々受け継がれている特殊な個体〈スライム・マチュア・ドラゴン〉の幼体。

 歌の力で一時的に成熟した竜が乗せているのは、これ以上ないほどに心強い援軍だった。

 覚悟を決めたオレはまなじりを釣り上げ〈白銀の魔剣〉を正眼に構えた。

 キィィィン、と甲高いチャージ音を立てる剣身。無限の魔力を燃料に、周囲の空間が歪むほどの凄まじい力の波が刃から発生する。

 〈アスモデウス〉も今行われている攻撃の準備が、自身の命を脅かす可能性があるものだと察知したのだろう。

 殺意を剥き出しに〈レイジ・ダイブ〉を使用しながら、妨害するために水の刃と酸の雨を何度も放って来た。


「ここが正念場なんだ、流石にオマエも必死になるよな!」


 こちらは技が完成するまで、ひたすら回避に専念するしかない。

 対して向こうは一度でも、攻撃を当てる事ができたら阻止できる上に、一気に勝利を収める事にも繋がる。

 誰がどう考えても、この一対一の戦いは圧倒的にオレに分が悪かった。

 だけどそれは、タイマンであることが前提条件である。

 ひたすら回避するオレは、時間を稼ぎながらその瞬間が来るのを待った。


『マスター! 逃げ場が!?』


 左右上下を水の刃に阻まれて、回避ルートを失った自分は空中で停止する。

 〈アスモデウス〉は作り上げた勝利の道を通って、動きの止まったオレに向かって決定打となる〈レイジ・ダイブ〉を使用して来た。


「残念、後一歩だったな」


 そこに敵の真下から──新手が来る。

 ソレは水色の竜に乗った、三人の少女だった。


「ソラ様!」


 先頭にいる水色のドレスを纏う歌姫は、竜の背に乗りながら美しい歌を披露する。

 マイクも無しに耳に届く美しい歌声〈ディーヴァ・ソング〉は、散々苦労させられた〈アスモデウス〉の動きを強制停止した。

 これだけでも十二分に有り難い援護だが、もちろん竜が連れてきたのは彼女だけではない。


「──我のとっておきを食らうのじゃ!」


 弓を構えた錬金術士、イノリは以前に〈カリュブディス〉からドロップした希少な金属〈アダマンタイト〉から作成した矢を番えると躊躇ためらいなく放った。

 まるでレーザーのような一筋の光は、敵の胸に突き刺さり、込められた最上位の土属性の力を炸裂させる。

 大災害は悲鳴を上げながら、少女達を叩き落とそうと〈タイダルウェイブ〉を放った。

 だがしかし、彼女達を乗せる竜は迫る巨大な水流に大口を開け〈ドラゴンブレス〉で相殺し一気に上空まで飛翔する。


「ここまで運んでくれてありがとう、羅スーちゃん」


 水竜の背から、飛び降りる人影が一つだけあった。

 その人物──刀使いとなったクロは空中を巧みに舞い落ちながら、撃ち落とそうとする大災害の鼻先まで迫り。

 居合斬り〈瞬断〉と〈バスター・チャージ〉それと〈アングリッフ・フリーゲン〉の三種が一つになった新たな必殺技を開放した。


「切り裂け──〈神断シンダン〉」


 鞘から振り抜かれた神速の一閃が、空間を切り裂きながら敵の顔に一筋の線を刻み、そのまま背中の翼を数枚断ち切った。

 これ以上ないと、思わせる程の美しい抜刀。

 正に神すら、断ち切らんとする究極の一刀だとオレは身震いした。

 顔に深手を負い大絶叫を上げる災害〈アスモデウス〉は、翼のバランスが崩れ落下しそうになりながらも、自身の目の前にいるクロを握り潰そうと手を伸ばす。

 だが後一歩という所で、水竜が彼女を拾って安全域まで離脱した。


「みんな、ありがとう」


 海を共に旅した仲間達のお陰で、必要な時間を稼ぐことができた。

 これ以上ない程に純白の光を放つ魔剣を手に、オレは大災害に止めとなる一撃を放つべく突進した。


「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 対する〈アスモデウス〉は、最後の抵抗と言わんばかりに耳障りな歌を撒き散らしながら、相打ち覚悟で不安定な〈レイジ・ダイブ〉を使用する。

 横に構えた魔剣を前に突き出したオレは、大災害を打ち倒す為に新たな技──〈レギンレイヴ・ストライク〉を開放した。

 スキルエフェクトを纏い、純白の槍と化した自分は、そのまま〈アスモデウス〉と衝突する。

 拮抗したのは一瞬だけ、魔剣の切っ先が突き刺さると、そのまま一気に敵の巨体に大穴を穿うがった。

 翼を広げて急停止したオレは、身体を反転させて大穴が空いた敵を見据える。

 残された半魚人の肉体は、辛うじて皮で繋がっているような状態。目の前でHPが0になると、端の方から光の粒子となって夕暮れの空に散った。

 視界に表示されるのは【Event Quest Complete】と【Last Attack Bonus】の通知。

 長かった海国〈エノシガイオス〉の戦いが終わった事を告げる鐘の音が、天上から地上に鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る