第207話「海の国の決戦⑤」

 サラが〈アスモデウス〉の力で閉ざされていた扉を開き、全員で急ぎ地上を目指す。

 焦る気持ちから自分は全力の跳躍を何度も繰り返し、長い階段を上がり切って城の一階に出る。

 わたし──クロは、床を駆けて誰よりも先に真っ直ぐに城の庭に向かって飛び出した。


「ソラ……ッ!」


 口から出たのは、一人先に空を飛んで行ってしまった想い人の名。

 視界に大きく広がる城の庭園には、直径数十メートル以上もある、大きな穴が穿たれていた。

 そこには大災害〈アスモデウス〉とソラは見当たらず、上空を見上げている城の兵達の姿しかなかった。

 彼等と同じ方角を見上げた先には、先程よりも禍々しいフォルムとなった〈アスモデウス〉と、それに立ち向かう一人の天使の姿があった。

 スキルエフェクトによる光の線のアートを描きながら、激しい攻防を何度も繰り広げる天使と怪物。

 空中を高速で舞いながら、白銀に輝く魔剣を手にした天使が圧倒していた。

 手の届かないその光景に、わたしは無力感に拳を強く握り締める。

 新しい力を得て、ようやく本当の意味で隣に並び立ったと思ったのに。

 相棒である少年は、更に先に進んで自分との距離を開いてしまう。

 まさか〈アストラルオンライン〉初の飛行スキルを獲得するなんて、一体誰が予想できるだろうか。


「まいったな、援護してやりたいけど距離もある上に、アレだけ動き回ってたら俺の最大火力の魔術も当てるのは難しいなぁ……」


「空を飛んでいるのでは、ボク達にはどうすることも出来ませんからね……」


 ソラの親友であるシンとロウも、お手上げだと言わんばかりに深い溜め息を吐く。

 シノとシオの二人も同様で、部隊の全員に待機するように言って、上を見上げながら見守ることしか出来ないでいた。

 アレがユニークスキルの力だというのなら、自分も翼を手に入れたいと胸の内で強く願う。

 だけど翡翠ヒスイの指輪に宿っていると思われる〈ラファエル〉は、どれだけ強く願っても何一つ応えてはくれなかった。

 隣ではイノリが、悔しそうな顔をしている。彼女も力になれない事に、苦しさを感じているのだろう。

 本当にわたし達には、ただ見守ることしか出来ないのか。

 そんな事を考えていると、冒険者達の前に一人の人物が歩み出て立ち止まった。

 誰かと思い見たら、そこに立っていたのは青い鎧ドレスを纏い、胸にはスライムのスーちゃんを抱くラウラだった。


 一体どうしたのだろうか?


 疑問に思いながら黙って見ていると、彼女は真剣な眼差しで自分達にこう言った。


「あ、あの! お二方までなら、妾と共に上空で戦うソラ様の助けに行くことが可能です!」


「え……!?」


「それは本当なのじゃ!?」


 イノリが前に出て詰め寄ると、ラウラは動じずに小さく頷いて見せる。

 こういう場面で、彼女が嘘をつくとは思えない。ならば本当の事なんだろうが、一体どういう手段があるというのか。

 同じように皆の前に出たわたしは、ラウラを真っ直ぐに見つめ、その事を単刀直入に尋ねた。


「一体どうやってあそこまで行くの?」


「この子に、連れて行ってもらうんです」


『スラ〜!』


 そう言ってラウラが地面に下ろしたのは、丸い球体のスライムこと『スーちゃん』だった。

 スーちゃんは、自分に任せろと言わんばかりに右手?を上げながら、何度もその場でジャンプをして見せる。

 実に見ていて可愛らしいアピールだが、突然の話に背後の冒険者達からは、大きな動揺と困惑の声が上がった。


「スライムが空を飛ぶ?」


「飛ぶとしても、あんなサイズで三人も運べるのか?」


 彼等がスーちゃんを見て、そう言うのは仕方のない事であった。

 何故ならば、この〈アストラルオンライン〉という世界で、スライムが空を飛ぶという話は一度も聞いたことが無いからだ。

 ましてや『スーちゃん』は、この一週間以上旅を共にしていたが、これといって自分達に特殊性を見せる事はなかった。

 自分でも、この子が三人もの人間を乗せて、ソラと〈アスモデウス〉がいる遥か上空の戦場まで運べるとは到底思えない。

 周りにいる人達の中で──いつも冷静でクールなシノですら、戸惑いの表情を浮かべている程だ。

 そんな中でただ一人、ラウラは自信満々といった様子で大きく息を吸い込み、

 全員が見ている目の前で、美しい歌声を披露ひろうする。

 歌い始めは何の変化も無かった。

 だがAメロからサビに入ると、スーちゃんの身体が淡い光を放ち、庭園の水が集まり魔法陣となって急激に大きくなる。

 それだけならば、ただの大きい球体なのだが。変化はサイズだけでなく、更に続いてスライムの肉体が形状を変えて──とあるモンスターの姿を型どりだした。


「これってもしかして……」


 黙って見守っていたわたしは、以前に竜の国でよく似たモンスターを思い出した。

 スーちゃんが変化したのは、大きなトカゲを思わせるフォルムだ。

 その背中には、二枚のコウモリみたいな大きな翼が生えており、両目は唯一『スライム』形態の名残として二つの縦線が残っている。

 そうこれは、誰がどこからどう見ても──見事な〈ドラゴン〉だった。


『SURADORA〜!』


「これがスーちゃんの本当の姿、歌姫の力によって一時的に太古の竜族となれる〈スライム・マチュア・ドラゴン〉です!」


 略してスライムドラゴンは大きな咆哮を上げて、まるでデモンストレーションのように軽く羽ばたき、何も無い宙に浮いてみせた。

 これには流石に冒険者の全員、口を半開きにしてポカーンと間抜け面になった。

 なんせパッと見は普通のスライムが、巨大なドラゴンとなったのだ。

 有り得ない現象に、自分も驚きを禁じ得なかった。


「……なるほど。スペシャルクエストをこなしている時に、王家には竜の子がいるという話を聞いていたが、まさかスライムだったとは……」


 前に出たシノは、感心するように呟くとわたしとイノリを一瞥いちべつする。

 それから皆の方を振り向くと、彼女は全員の顔を一通り見た後に再び此方を見た。


「本来ならば、天使の力で強化されている遠距離攻撃が可能なシンと、弓使いのイノリの二人を選ぶべきなんだろう。だがこの戦いは、お前達が皇女と国を出たときから始まったものだ。だから私は、全てに決着をつけるのは旅を共にした、クロとイノリが相応しいと思う」


「シノお姉ちゃん……」


「それに何より、クロはソラのパートナーだからな。直ぐに無茶をするアイツを側で支えてやって欲しい」


 周囲を見回したら、シノの意見に同意するように、この場にいる冒険者達は頷いて見せる。


「ま、今のソラのお守り役は、オマエしかいないよな」


「ボクも、これ以上ない人選だと思います」


「お兄ちゃんをよろしくね、クロちゃん」


 シンとロウとシオの三人が揃って言うと、スライムドラゴンは背中に乗れと言わんばかりに姿勢を低くした。

 先にラウラが柔らかい身体を足場に、数回の跳躍で背中に乗る。

 イノリと二人で揃って後に続くと、スライムドラゴンは振り落とされないように背中の一部を変形させて取手みたいなものを生成した。

 ラウラはしっかり片手で握り、背中にしっかりと足を踏み込む。

 自分とイノリも同じようにして、一列に並ぶとスライムドラゴンは大きな翼を広げて一気に上空に飛翔した。


 今行くからね、ソラ。


 地上に残った冒険者達から、大きな声援を掛けられながら自分達は、真っ直ぐに戦場に向かった。

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