第202話「集う仲間達と少女の決意」

 あの後師匠のシノと妹のシオ、二大クランのトップ二人とメッセージ機能で話をした結果、今回のレイドイベント『色欲の大災害』の攻略布陣が決まった。


 先ず色欲の獣が所有する『モンスターをき寄せ、自身の配下として使役する』能力によって、王国には大量のモンスター達が攻めて来る大襲撃イベントが発生する。


 そこでイベントに参加する他のクランにも協力を呼び掛け、海の国にいる全ての冒険者達で防衛が行われる事になった。

 戦力としては十二分であり、更にはプロゲーマー達が積極的に指揮を取るので、此方の心配は全くいらないと思われたのだが……。


「海に大型モンスターが多数確認されているだって?」


 チャットでやり取りをしていたら、港に配置されたプロゲーマーからそんな報告が来た事をシノが教えてくれた。

 当然ながら冒険者達は、アリサが所持する水中で行動する為の特殊なスキルは所持していない。

 港に上がらせてからしか対処ができないのでは、後手に周りジリ貧になってしまう可能性が高い。

 半分以上の戦力をそちらに集中させる案が出たけど、それでは他が手薄になってしまう。

 どうしたものか困っていると隣りにいたラウラから、彼女が友好関係を結んでいる〈カーム・ホエール〉に手伝ってもらうのはどうだろうかと提案された。

 急ぎで馬車を出してもらい、港でラウラが歌を披露すると多数の〈カーム・ホエール〉が集まり、そこで無事に手伝ってもらう約束を交わした。

 国の防衛イベントは、これで何とかなりそうだとオレ達は安心する。


 そして次に議題となったのは、今回の本題である対色欲の大災害〈アスモデウス〉戦の布陣だ。


 冒険者側は最大で三十人までしか参加できない事が、レイドイベントの詳細で分かっている。

 メイン攻撃隊となるオレのパーティーは、クロ、イノリ、ラウラに加えて呼び掛けに応じて合流してくれた、シンとロウの合計六人のフルパーティー。

 シノが率いる〈ヘルアンドヘブン〉は団長を筆頭に集めたプロチームのフルパーティーが三部隊。

 そしてシオが率いる〈宵闇よいやみの狩人〉は、彼女のリアルフレンドの集まりであり、トップクラスの実力者達〈ゲーマーフラウ〉が一部隊。

 これで合計人数が三十に達したオレ達は、封印の準備をするラウラと一度別れ、エノシガイオス城の庭に集まる事になった。


「クロはまだ遅れるみたいだから、先に騎士団長から聞いた対アスモデウスの攻略法を説明するぞ」


 色欲の大災害、その正式名は〈ラスト・クイーン・アスモデウス〉。

 見た目は全長10メートルの下半身魚に、上半身が女性を模した悪魔。

 背中からは六枚の蝙蝠の翼を生やし、片手にはトライデントを持っている。

 一番の特徴は息を大きく吸い込んだら、広範囲に魅了の音を放ってくる事。

 一度でも食らってしまうと敵に支配されてしまうので、その場合は状態異常を回復できる〈僧侶〉のスキルか、アイテムを使用しなければいけない。

 だがこれに関しては、幸いな事にラウラの歌によって相殺できるらしい。

 そうなると次に警戒するべきは、敵が使ってくる槍のスキルとかになるのだが、此方に関しても槍使いのプロゲーマーからの助言で、モーションを見れば対処できそうな感じだった。

 まとめた情報通りならば、これといって面倒な要素は殆どない。


 ラウラに特殊技を相殺してもらえば問題なく倒せる、というのが第一印象である。


 だが今までの経験則だと、敵には更に隠された何か──奥の手がある気がする。

 例えばリヴァイアサンの大光線とか、ベリアルの防御無効の飛ぶ斬撃みたいに、情報にない大技がある事が考えられる。

 目の前の情報だけではなく、何が起きても慌てずに冷静に対応して欲しいと全員に伝えると、後の細かい部隊の役割分担は指揮担当のシノが引き継いだ。

 やる事が無くなったオレは、久しぶりに〈アストラルオンライン〉内で再会した親友二人と話をしようと思っていたら、


「ん?」


 クロの為に港に残っていた馬車が、城門から中に入ってくるのが視界に入る。

 馬車は足を止めたオレの前で停車すると、中から一人の少女が勢いよく飛び出して来た。


「ソラ、遅れてごめんなさい!」


 それは予想していた通り、ようやく用事を終えたらしい相棒のクロだった。

 だが彼女を見たオレは、その腰に下げているモノに思わずギョッとしてしまった。


「く、クロ……それは一体どうしたんだ?」


 この二ヶ月間、ずっと共に旅をしていたから一目で気が付いた。

 出会った時から彼女が愛用していた片手用直剣が、


 アケボノ色でこしらえられた──鮮やかな“日本刀”になっている事に。


 クロはオレの言葉に小さく頷き返し、腰に下げている日本刀の事を説明した。


「キリエの〈夜桜〉とママの〈黎明の剣〉。その二つのインゴットを合わせてキリエに作ってもらった、わたしの新しい武器〈暁光桜ぎょうこうさくら〉だよ」


 新しい相棒に込めたのは、クロいわく“明方あけがたの光で輝く桜”という意味らしい。


 先代の二つの武器に感謝し、新たな一歩を踏み出すために、キリエではなく彼女が自分で考えた愛刀の銘。

 そんな〈暁光桜〉のレア度は洞察スキルで見抜いた所、なんと驚異のSランクだった。

 身に纏っている黒い鎧ドレスも魔石を使用して新調したようで、防御力だけではなく速度も上昇する、中々に素晴らしい一級品となっている。

 レベルと装備の強さを総合的に見ると、自分を除けば間違いなくレイドパーティーの中で、頭二つ分も抜けているスペックだ。

 だがメイン武器を持ち変えるのは、武器熟練度を最初から育てないといけなくなる事を意味する。

 そこはどうしたのか尋ねると、クロの隣りにいたアリサが代わりに答えた。


「熟練度を変換できる秘薬を、私がクロちゃんにあげたのよ。だから今まで育ててきた片手用直剣は全部、刀の熟練度になっているわ」


「そんなのが、あるんですか……!?」


「滅多に会えない、放浪するアイテム屋さんが売ってるのよ。数百万エルもするんだけど、可愛い娘の頼みだから譲っちゃったわ」


 ならば問題はないと思うが、果たして今まで使っていた片手用直剣のスキルと全く違う、刀のスキルを使いこなせるのか。

 そこだけが唯一気になったので指摘すると、クロは微笑を浮かべ鯉口こいくちを切り、


 刀の初期スキル、居合斬り──〈瞬断しゅんだん〉を発動させた。


 身の危険を事前に察知しながらも、オレは回避も防御もせずに、クロを信じてその場から一歩も動かなかった。

 刀を抜き放った少女は、その鋭い刃が首に触れる寸前で綺麗にピッタリ停止させる。

 瞬きせずに見ていたオレは、一瞬だが彼女に師匠であるシノの姿を幻視して、少しだけ呆然となった。

 これは正に世界王者と同じ、神速の域に達してると言っても過言ではない抜刀技だ。

 周りの者達が黙って見守る中、クロは刀を引いて鞘に収め、静寂を破り小さな声で言った。


「ここに来る前、試しにママと一戦だけ〈決闘〉をしたんだけど。刀のスキルはシノお姉ちゃんと特訓に使ってた対戦ゲーム〈デュエルアームズ〉に似てたから大丈夫だよ」


「……なるほど。そういえばクロは、師匠と半年の間ずっとVR対戦ゲームで特訓してたんだよな」


「うん、皆の足は引っ張らないように頑張る。だからソラのパートナーとして、いつもと同じように隣にいても良いかな……」


「クロ………」


 最後の少しだけ自信のない言葉に、真剣に聞いていたオレは呆れてしまった。

 不安そうな顔をしている彼女に近づいて軽く頭に手を置くと、いつも胸の内に抱いている思いを伝えた。


「そんなの聞く必要ないだろ。オレのパートナーは、クロ以外には考えられないよ」


 率直な返事にクロは、曇らせていた顔を明るく輝かせる。

 いつも隣で元気を分けてくれる笑顔を見ていると、此方も自然と頬が緩んでしまった。

 言葉にできない程の、彼女に対する温かい感情を胸の内に感じながら、オレはクロに右手を差し伸べた。


「新しい力、頼りにしてるぞ」


「うん、任せて」


 お互いに握手を交わすと、見守ってくれていた仲間達が大きな拍手をくれる。

 その中でシノは、オレ達の前まで出てくると苦笑して、皆を鼓舞するように声を張り上げた。


「アスオン最強の二人がいれば、我々に恐れるモノは何もない! 現実世界を守る為、海の国を救う為に! これより海の国最後の攻略に入るぞッ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお───ッ!!!!」」」


 シノの言葉に応じ、城にいる全ての者達が、地面が揺れる程の大きな雄叫びを上げる。

 流石は世界王者だ。身震いする程の覇気は、オレを含め冒険者達や城の兵士達の闘志をも奮い立たせる。

 そんな熱い雰囲気の中、タイミング良く姿を現した騎士団長テーセウスは準備が終わった事を教えてくれると、彼の案内でシノを先頭に攻略隊は続々と城内に突入した。

 親友のシンとロウに、先程のクロとの事をイジられながら黙るように言って、オレのパーティーはその最後尾について城内に入る。

 前方の部隊を押さないように長い階段を下りていると、右隣にいるクロが空いている手に指を絡めてくる。

 一体どうしたのか視線を向けたら、彼女は少しだけ強張った顔をしていた。

 クロは周りに聞こえないように、小さな声でオレにささやいた。


「……あのね。この戦いが終わったらソラに、どうしても聞いて欲しい事があるの」


「おいおいおい、決戦前にそんな事を口にするのは完全に死亡フラグだぞ」


 テンプレみたいなフラグ立てに少し茶化ちゃかしてみたら、クロは動じずにくすりと笑った。


「大丈夫だよ。だってソラが守ってくれるもん」


 なるほど、それは責任重大だ。

 長い階段を降りながらオレは、彼女の手を強く握り守る事を胸に誓った。

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