第203話「海の国の決戦①」

 封印の間に戻ると、そこには王妃サラと国王トビア、そして娘のラウラが儀式をいつでも始められるように待機していた。

 騎士団長テーセウスが率いる海の国の精鋭部隊十八人は、いつでも動けるように身構えており、緊迫した空気が此方にも伝わってくる。

 最後尾にいたオレ達が、中に入ったら地上に戻る道は閉じて退路は断たれた。


(正にRPGのボス戦って感じだな)


 この場には〈アスモデウス〉を倒す覚悟を決めている者しかいないので、退路が無くなっても動揺する者は一人もいない。

 前だけを向いて、全員後ろは一切振り向かずに進む。

 剣を手にするトビアの前で足を止めると、戦士の目をした国王は皆の視線を一身に浴びながら口を開いた。


「この度は嫉妬の大災害を討伐する為、この場に集まってくださり誠に感謝する。大災害を倒す事ができたならば、国王の権限で相応の報酬を貴殿達に与える事を約束しよう」


「それではこれより、ラウラ皇女の歌によってサラ王妃の内に巣食う怪物を解き放つ! 全員戦闘準備を!」


 テーセウスが号令をかけて、エノシガイオス騎士団の全員が速やかに持ち場について各々の武器を抜く。

 シノ達もそれにならい、事前の打ち合わせ通りに攻撃隊と守備隊と補助隊で別れ、何が来ても対応できるように配置についた。

 そんな中でオレ達は、パーティーメンバーであるラウラの側で待機する。

 サラの側にはイレギュラーなプレイヤーであり、直接戦闘に参加できないアリサが付いてくれる事となった。

 彼女はボスが出現したら、いつでもサラを連れて避難できるように備えてくれている。


(アリサさん、ここに来る途中で師匠と二人で何か話してたみたいだけど、すごく生き生きした顔してるな)


 二人が旧知の仲なのは自分も、以前に両者から聞いているので知っている。

 久しぶりに話す事ができて、お互いに嬉しかったのだろうか。

 アリサと同じように、離れた所にいるシノもAクラスの太刀〈天元てんげん〉を手に、いつになくヤル気に満ちあふれていた。

 その闘志は炎のように熱く、見ているだけで肌がひりつく程だった。


(毎日の情報交換で聞いてたけど、アレが王妃の命を狙っていた〈アスモデウス〉を信仰する主教を倒した報酬か)


 クロの武器には劣るが、それでもスペックは他の冒険者よりも上の超一級品である。

 正に鬼に金棒。実に頼もしいと思いながら、オレは思考を切り替え目の前にいるお姫様を見た。

 新調した青い鎧ドレスに身を包むラウラは、一言で表すならアイドルという感じだった。

 肌の露出が増えてるのにランクはSと高く、そこら辺にいる全身鎧の騎士よりも総合的な防御力は高い。

 そんな彼女は、相棒のスライムことスーちゃんを胸に抱いて、緊張しているのか額にうっすら汗を浮かべている。

 何度も落ち着こうと深呼吸を繰り返し行っているが、残念ながら緊張が勝って効果は全くない様子だ。

 だからオレは彼女を勇気づける為に、


 ──天使よ、力を貸してくれ。


 普段は押さないようにしている力のスイッチを、自分の意志で完全にオンに切り替える。

 するとアバターを構成する〈天命残数〉が消費され、白い光に身体が包まれた。

 光が消えるとそこには、銀髪碧眼の少女から銀髪碧眼の少年に成った自分の姿があった。


「それがソラ様の、本当のお姿……」


「ああ、髪の色とかは違うけど、これが本当のオレだよ。物語とかに出てくる王子様には程遠いから、お姫様はガッカリしたかな?」


「いいえ、とても素敵だと思います! 世界中の誰よりも!」


「あ、ありがとう。でもそれは過大評価だと思うけど……」


 愛の告白とも取れる言葉に、周囲の鋭い視線がオレに突き刺さる。

 今から決戦だというのにイチャイチャと、ラブコメをするんじゃない。

 そんな呆れたような視線を肌に感じたオレは、咳払いをしてラウラとの話を強引に止める。次に戦いを始める前に最後の準備をする事にした。


(……付与スキル、発動)


 天使状態限定の無限MPを利用し、この場にいる者達に『攻撃力』『防御力』『素早さ』が上昇するバフを一度に付与する。

 仲間達も指輪の力を行使して、クロは翡翠の天使ラファエルに成り、シンは真紅の天使ミカエルに成る。

 そして新たに〈蒼玉の指輪〉を獲得したイノリは、青髪に金眼の天使ガブリエルと成った。

 三人が天使化する事によって、この場にいる全ての者達に消去されない『天使バフ』が付与される。

 内側から全身にみなぎる力に、冒険者とエノシガイオスの騎士達の士気は最高潮に達した。

 ラウラも不安を打ち消す事ができたのか、満面の笑顔を浮かべると、


「ソラ様、皆様、ありがとうございます。それでは──始めます!」


 透き通った歌声が、小さな唇から広い空間内に浸透するように大きく響き渡る。

 それに呼応して、何処からかピアノの演奏みたいなのが流れ始める。流石に周囲を見回してもデッカイ音楽器なんてものは見当たらない。

 音の出どころは、地面にある魔法陣だ。

 ゆっくりと静かな旋律を奏でる魔法陣は、ラウラの歌声と合わさって相乗効果となり、周囲を白銀の色に輝かせた。

 白銀が宿すは封印解除の術式。

 術式は音符のように地面から浮かび上がると、魔法陣の中心に立つ王妃サラに吸い込まれるように消えていく。するとその身体からは、徐々に真っ黒で禍々しいモノが外に溢れ出した。

 流石に苦しいのか、サラは祈るような姿勢で、眉間にしわを寄せて額からは大量の汗を流している。

 その様子をオレは、魔剣を手に固唾をのんで見守ることしか出来ない。

 静かに始まったラウラの歌は、最後のサビに入ると曲と共に劇的な盛り上がりを魅せる。


(ああ、ようやくここまで来たんだな)


 長かった旅の思い出を呼び覚ます彼女の歌声に、オレの脳裏に出会ってから此処に至るまでの記憶が、鮮明に映し出される。

 全ては母親を救う為に始めた旅。

 長い旅路の果てにラウラが得たのは、何よりも大切な仲間と一つの恋心。

 最後に自分と彼女の視線が交差すると、歌を終えた唇が微かに動く。


 ──好きです。


 最後にラウラは、オレに向かってそう言ったような気がした。

 しかし尋ねる事はできない。彼女は視線を直ぐに外し、宙を舞う術式がサラの身体に吸い込まれる様を黙って見守る。

 全ての術式が、無事にサラの元で一つになると『封印解除』はようやく完成した。

 白銀の光は歌い手の思いに応え、祈る王妃を守りながら、その内側に封印されていた大災害を外に解き放つ。

 神秘的な雰囲気が一変する。

 自分から見て前方の離れた場所に、サラから離れた真っ黒な何かが徐々に形を成していくのが確認できた。

 ソレは封印されていた事に対する恨みなのか、明確な殺意を二人の歌姫に向けているのを、自分は敏感に察知する。

 考えるよりも先に速度強化のスキル〈アクセラレータ〉を発動させた。

 オレはラウラをいてアリサはサラをかかえて、その場から緊急離脱した。


「〈アスモデウス〉が顕現するぞ!」


 シノが仲間達に状況を一言で説明すると、備えていた部隊が一斉に武器を構える。

 全長十メートルはある黒い物体は、下半身が魚類、上半身が爬虫類はちゅうるいと人間の女性を合わせたような形を形成する。

 金色の目を開くと、背中から六枚のコウモリの翼が展開した。


 色欲の大災害〈クイーン・ラスト・アスモデウス〉は、ここに完全なる復活を果たした。


 レベルの測定は、自分の洞察スキルでも不可能。

 属性は水で、弱点となるのは土属性。

 魔王より生じた、世界に牙をく七体の怪物の一体。

 先に倒した二体と同様に、凄まじい重圧感に全身から汗が吹き出る。

 そんな中で復活して早々に敵は、鋭い目つきでラウラを睨みつける。何もない空間から出現させた巨大なトライデントを手にして、彼女を串刺しにしようと大振りの突きを放ってきた。

 敵の矛先を前にオレは、内なる闘志を燃やしまなじりを釣り上げた。


「させるかよ!」


 とっさに刺突技〈ストライクソード〉を発動させ、迫る巨大な一撃にタイミングを合わせ下から上に撃ち上げる。

 ダメージを少々受けたが、僅かに発生したディレイ時間を利用して、ヘルヘブのA隊と入れ替わるように仲間達と後ろに下がった。

 すると〈アスモデウス〉の視線が、別方向に退避したアリサとサラに向けられた。

 突進しようとする敵を見たヘルヘブのA隊は、二人を守るために盾を手に前に出る。


「A隊〈挑発〉で奴のヘイトを引き付けるぞ!」


 リーダーの合図で、隊員が〈挑発〉を順番に発動する。

 三人目にしてようやく敵の注意をサラから奪う事に成功すると、標的を変えた〈アスモデウス〉は、引っ掻くようなモーションから複数の水の刃〈アクアエッジ〉を放つ。

 A隊はダメージ半減のスキル〈ファランクス〉と防御スキルを重ね合わせ、降り注ぐ刃を盾で受けしのいだ。

 スキル硬直によって〈アスモデウス〉の動きが僅かに止まる。その隙きを逃さず、シノが率いる攻撃隊が駆け出した。


「相手は大型モンスターだ。いつも通り一撃離脱で行くぞ!」


「「「了解!」」」


 突進スキルの勢いを利用して接近し、太刀から繰り出される居合斬り〈瞬断〉が敵の下半身に、大きな赤い一筋の線を刻む。

 少しタイミングをずらして続いた〈戦乙女〉のメンバー達は、各々が手にする武器で一撃を与えて、シノと共にエノシガイオスの騎士隊の後方に避難した。


『GAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!』


 苛立ちを含んだ雄叫びと共に、眩いスキルエフェクトが巨大な槍から発生する。

 矛先は自身に傷を付けたシノ達だった。

 それを読んでいたエノシガイオスの騎士達が、盾を構えて守る為に進路上に立った。

 使用してくるのは、槍カテゴリーの二連突きスキル〈デュアルスピア〉。

 敵が鋭い突き技を披露すると、騎士達は踏ん張り大盾で受ける。

 だが普通に受けてしまうと、圧倒的な質量に押し負けて弾き飛ばされてしまう。

 騎士達は事前にプロゲーマーからレクチャーされた複数人の盾で受け流す技を実践し、多少のダメージを受けながらも綺麗に成功させた。


「ナイス防御よ!」


 ディレイが発生した敵に、シオが率いる 部隊が突撃して一撃を与える。

 退避する彼女達を、先程と同じように盾を手にした部隊が前に出て一撃を防御すると、今度はオレ達が前に出た。

 突進スキルを推進力に、繋げて使用した高速の水平二連撃〈デュアルネイル〉が敵のHPを大幅に削る。

 後に続いたクロの〈瞬断〉も恐ろしい程の威力を見せつけ、敵の一本目のHPは半分以下となった。


(後一巡したら一本目が無くなるかな?)


 盾持ちの部隊に攻撃を受けてもらい、オレ達の部隊は敵の間合いから完全に離脱する。

 次の順番が来るまでに、盾で受けてダメージを受けた者達は、イノリが事前に配布したポーションで全回復を済ませていた。

 この調子ならば、壁役がジリ貧になる事は先ず無いだろう。

 やはり二度のレイドボス戦を経て強くなった冒険者達と、対大型モンスター用の戦術は手堅く、そして隙の無い強さを発揮する。

 全員HPが危険域のレッドゾーンに突入する事なく、あっという間に〈アスモデウス〉の三本ある内の一つが消失した。


『RRRRRRRRaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』


 一方的な展開に敵は、苛立ちを覚えたらしい。

 怒りの叫びと共に、口から微かにスキルエフェクトを発生させる。

 アレは──〈ファサネイト・ソング〉。

 洞察スキルで、全体魅了の大技が来ることを即座に見抜いたオレは、隣にいるラウラにその事を知らせた。


「魅了技が来る、ラウラ!」


「妾にお任せを!」


 大きく開けた敵の口から、魅了の力が込められた耳障りな音が発せられる。

 状態異常耐性が高い自分と、〈アスモデウス〉の天敵である歌姫以外が受けてしまえば、抗うことが出来ない魔性の歌だ。

 そんな歌に真っ向から立ち向かい、ラウラは皆を守るために先頭に立った。

 行使するのは、旅で得た歌姫のスキル。


 ──〈ディーヴァ・ソング〉。


 大きく息を吸い込み、解き放たれた美しい歌声が、オレ達を守るように広がった。

 光と闇の相反する二つの音は、正面から衝突すると激しくせめぎ合った後に、歌姫の音が邪悪な音を完全に打ち消す。

 大災害の音を聞いた彼女は、首を大きく横に振った。


「……相手を自分の道具にする為だけの悲しい歌に、妾は絶対に負けませんッ」


 ラウラは〈アスモデウス〉の歌に込められた悪意を真っ向から否定し、高らかに宣言する。


「邪悪な歌は妾にお任せください! 皆様は戦闘に集中を!」


 先頭に立つ美しい歌姫の勇姿に、レイドパーティーの戦意はこれ以上ない程に高まる。

 大災害〈アスモデウス〉の二本目のHPを削り切る為に、オレ達は武器を手にさらなる攻勢に出た。

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