第190話「極めたスキル」

 一本角の強敵と睨み合いながら、アリサは冷静に現在の戦況を見据える。

 ステータスの差はあるけれど未来の息子の技量ならば、大戦斧の使い手は弓使いのイノリとスライムちゃんと協力して勝てない相手ではない。

 ラウラも加われば勝率は上がると思うが、彼女は聞いている情報では指輪の入手には必要不可避な存在。

 殺される事はないとはいえ、下手に参加させるのは此方にとってもリスキーなのでそれは避けたほうが良い。

 本来ならばクロが隣に立つ事が出来れば、戦況は更にソラ達が有利といった所なのだがあの様子では厳しいと思う。

 大戦斧をマトモに受けてしまった〈黎明の剣〉は、主である少女を一度守っただけで限界を迎えてしまった。後一撃を受けてしまったら、きっと折れて修復は不可能となる。


 ……とっくにあの剣は限界だったのに、ここまで頑張って使い続けたんだもの。ああなるのは時間の問題だったわ。


 武器としては記念品的な意味合いの方が強く、ハルトがクロに渡した剣は本来ならばレベル80に到達した時点で、更新しなければいけない武器だった。

 それでも使い続けていたのは、やはり父親と自分との繋がりを手放したくない感情が強く、常に手にしている事で両親を側に感じていたかったのかもしれない。

 そんな事を考えながら、そろそろ頭の中のシュミレーションで眼前の邪魔者を排除する算段が終わりそうになると。


『この我を前にして他に意識を割く余裕があるとは、流石はあの戦争で当時の第七部隊の隊長を倒した化け物だな』


 刀の柄を握りながら、敵が畏怖の念を込めてアリサを評する。

 不敵に笑うと、アリサはわざとらしくおどけて見せた。


「あら、こんなに綺麗なのに、化け物呼ばわりされるのは心外だわ」

『それは事実だろう。何せ貴様とハルトは今の〈白虹の騎士団〉の幹部数名と共に、他のアンノウンを逃がす為に我らの第七から第十の大部隊を半壊するまで蹂躙じゅうりんし、その後に蜘蛛の子を散らすように退散したのだから』

「……だいぶ昔に、彷徨ってる私達の同胞を捕まえて仲間にするって話を聞いて、それを黙って見過ごすわけないでしょ。ハッキリ言うなら正当防衛よ」


 ただ別働隊に一瞬の油断を突かれ、ベータプレイヤー達を避難誘導していた光の巫女を庇ったハルトが、捕まることになるとは思いもしなかった(捕まっている間に本人は、どうやって捕まったのか忘れていたみたいだが)。

 後に結果としてソラが救い出してくれなければ、高いリスクがある中で〈白虹の騎士団〉の精鋭と共に、自分は旦那を救出する為に冥国に潜入する事になっていただろう。


 ほんと、あの子には感謝をしなきゃいけないわね……。


 アリサは魔槍をクルッと一回転させると前に一歩進む。

 それは普通の人から見たら、何て事のない一歩に見えるだろう。

 だが一瞬の油断や選択のミスが死に繋がる二人にとっては、その一歩は開戦を告げる合図となる。

 敵はこの瞬間を待っていたと言わんばかりに闘気を爆発させ、高速の居合斬りを解き放つ。


『我はヘルヘイム第七部隊隊長リッター、我が奥義をもって退場しろ〈魔槍の使い手〉よッ!』


 刀カテゴリーの上位スキル〈真空七星斬シンクウシチセイザン

 抜刀する事で、視認不可能の真空で生成される斬撃は、空間を切り裂いてアリサの胴体を真っ二つにせんと迫る。

 しかもそれは、一つだけではない。

 納刀してからの抜刀を繰り返し、必殺の威力を秘める飛ぶ斬撃は合計で七つも作り出される。

 接近する速度から計算して、回避は不可能だ。ならば防御しかないのだが、飛来する刃の一つ一つがソラの強化した飛ぶ斬撃〈アングリッフ・フリーゲン〉よりも威力が遥かに上である。

 果たしてアレを正面から防御して、無事に生還することができるだろうか。


 答えは、否である。


 七つの斬撃は逃げ場は無いと言わんばかりに展開されており、回避という選択肢を許さない。

 更に見たところ、アレはレベル10以上まで鍛え上げられたスキルだ。

 この世界に閉じ込められている間に自分達ベータプレイヤーは、ジョブスキルと武器スキルはポイントさえあれば、レベル100以降は際限無く強化できる事を知っている。

 自身の戦闘スタイルに合わせて、唯一の武器スキルを磨き上げたソレは正に必殺技と呼ぶに相応しい。

 そういった者達は皆、二つ名を与えられる。

 なるほど、仲間の内で噂になっていた七つの刃の剣豪とは奴の事だったのか。


 相対している敵の事を理解したアリサは、一つの決意をした。 

 回避も防御も生還することができないのならば、残された道は唯一つしかない。

 窮地に立つ自分に釘付けになっている娘に対し、思わず微笑を浮かべると、


 見てなさい、クロちゃん。これが私の全力よ。


 アリサは槍に紫色のスキルエフェクトを発生させて、斬撃に対して一閃。

 するとまるでガラスが割れた時の音のようなものが響き渡り、真空の刃が砕け散った。


『なんだと……!?』


 二つ、三つと迫る真空の刃をアリサは魔槍を振るって、次々に打ち砕いていく。

 まるで慣れた作業のように淡々とこなす彼女に、相対している騎士は同様を隠せない。

 何故ならば必殺の七刀に対して、今目の前で行われているのは自身には真似が出来ない神業だったからだ。


『まさか、高速以上の速度で飛来する真空の刃を相手に〈ジャストパリィ〉を連続成功だと!?』


 カウンタースキル〈ジャストパリィ〉は、決まれば対象の攻撃を100パーセント無効化して打ち消す事ができる。

 効果だけを見たらぶっ壊れも甚だしいスキルだが、当然ながらこの〈ジャストパリィ〉は強力な分一つだけ大問題を抱えている。

 その問題とは攻撃に対しタイミングも必須であり、何よりも敵の技の真芯を捉えなければその真価を発揮することはできない点だ。

 つまりアリサは、高速で飛来してくる視認が困難な真空の刃の真芯を、全て完璧に捉えている事になる。

 そしてそれは、目を瞑って針の穴に糸を通すよりも難しい人並み外れた技であった。


『くそ、これだからアンノウンの幹部共は……ッ』


 忌々しそうに吐き捨て、刀を抜いた姿勢で動かなくなるリッター。

 スキル硬直に入ったみたいだが、強化している分だけその硬直が解ける速度は早い。

 五つ、六つときて最後の七つ目を叩き割ったアリサは、突進スキル〈ソニックスピア〉を始動させて地面を駆ける。

 このまま頭を穿てば、恐らくはクリティカル判定で一撃で倒せるだろうが──


『させるかぁッ!』


 間合いに入る寸前にグレートヘルムの隙間から見える目が赤く光り、再びリッターの奥義〈真空七星斬〉が始動する。

 流石に今度は近すぎて〈ジャストパリィ〉を連続で成功させるのは難しい。

 並のプレイヤーならこの時点で即座に真っ二つだが、自分の反応速度ならばギリギリ行けるはず。

 敵の身体の向き、視線、腕の振り方、全ての情報から次の攻撃の軌道を見切り。

 ──五、六、今ッ!

 全ての居合斬りを驚異的な集中力で打ち払ったアリサは、突進スキルで遂に自身の間合いに入る。


「これで、チェックメイトよ!」

『……この瞬間を待っていた』


 魔槍が敵を穿つよりも速く、硬直時間に入っている筈のリッターが急に動いて最速の居合斬り〈瞬断〉を放つ。

 狙いはアリサの魔槍を持つ右腕。

 完全に不意をつかれた彼女は、とっさに回避しようとするが普通のステップでは一歩遅い。

 二の腕から先が両断されて、細い腕は光の粒子となって散る。

 空中を舞った魔槍はクルクルと回転して、遠く離れた地面に突き刺さった。


「まさか……〈リガタイム・リリース〉」

『その通り、自身のHPを半分献上する事で、戦闘中に一度だけ硬直時間を解除するスキルだ』


 旅をしているレアスキルショップのネコ耳族の少女が売っている、数百万エルの激レアスキルだ。

 まさかそんな代物を持っているなんて、全く想像もしていなかった。

 HPはまだ二割しか減っていないが、武器は拾うには距離が少々遠すぎる。

 舌打ちをしたアリサに、大刀の切っ先を向けたリッターは嬉しそうに告げた。


『貴様を倒せれば、我等の勝ちは決まったものだ。この一撃で散るが良い』


 丸腰のアリサに向かって、大刀が振り下ろされる。

 娘のクロが「ママッ!?」と悲鳴を上げるのを聞きながら、紙一重で身体を反らして回避。

 最後に突進スキルを使用して敵に体当たりするように接近すると、リッターは不愉快そうな声を上げた。


『ええい、この後に及んで悪足掻きとは貴様、騎士の戦いを詰まらない意地で汚すつもり──ッ!?』


 憤っていた大刀の騎士は、次の瞬間に驚愕に目を大きく見張る。

 敵の視線を受けながら、残された左手をそっと鎧の中心に添える形で置いたアリサは微笑を浮かべる。


 ──クロちゃん見てなさい。


 これが、真の切り札って奴よ。

 アストラルオンラインでは、誰もが最初の職業を選択しなければいけない。

 その中でアリサが選んだのは、奇しくも娘と同じ〈格闘家〉だった。

 職業レベルが100に到達した後に、彼女は〈格闘家〉の中にある一つのスキルをずっとポイントで強化してきた。

 それは万が一武器を失っても、例え敵の防御力がどれだけ高くても、確実にリーサルウェポンなるからだ。

 さぁ、油断している強敵に披露してやろうではないか。


 今から使用するスキルの名は─〈龍掌底〉。


 効果は防御貫通の衝撃波を敵にぶつけるだけの、シンプルな格闘家専用のスキル。

 そしてそれは〈バースト・チャージ〉と重ねる事で、武器を持たぬ無手でも一つの究極の奥義へと至る。

 左足を地面がひび割れる程に強く踏み込み、全ての力を螺旋によって左手に束ねる。

 敵は避けようとするが、密着している左手は伝わる力の向きから次の動きを把握して正確に追尾する。

 こうなった時点で、貴様に逃げ場はない。

 アリサは、敵を葬る技の名を口にした。


「スキルユナイテッド──〈極龍掌底波キョクリュウショウテイハ〉ッ!」


『ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ─────────────────ッ!!?』


 声にならない叫び声と共に、戦闘していたソラ達まで吹き飛ばす程の大衝撃が、リッターに対し容赦なく叩き込まれる。

 鎧は無傷だが、その中身は内側に打ち込まれた衝撃波によってズタズタにされる。

 全てのHPが0になった第七騎士団の団長は、その場に崩れ落ちた。

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