第188話「力の試練」
あれから〈スライム〉が湧く第一のエリアを難なく突破したオレ達は、薄暗い湿気を含んだ洞窟の中を進む。
どうやら〈力の試練〉はエリアを三段階に分けているらしい。
次に行くまで無限に湧くような、ゲームによくある急がなければならない仕様ではないのは、この洞窟を作った者の優しさを感じる。
第二のエリアと表示された場所に踏み込んだら、次に湧いて来たモンスターは──トライデントを手にした人の身体に魚の頭を融合させた──半魚人の怪物〈マーフォーク〉だった。
腰部あたりから生えているのは魚の尻尾。むき出しの手足には水掻きが付いていて、青い肌には鱗が張り付いている。
洞察で見抜いた敵のレベルは70だ。使用してくる武器スキルは、手にしている武器の通りで槍のカテゴリー。
海底神殿の防衛システムによって作られた彼らは、侵入者を迎撃する守り人として洞窟を彷徨い続ける。
自分が得た情報を素早く他の四人に伝えると、オレは真っ先に白銀に輝く魔剣を手に前に出た。
「ハァッ!」
ソラに続いて、アリサとクロも前に出る。
三つの武器がスキルエフェクトで光り輝き、洞窟の中で三色の綺麗な光線を描いた。
先頭を走るソラは敵との距離を突進スキル〈ソニックソード〉で詰め、更に自身が最も使い慣れた水平ニ連撃〈デュアルネイル〉を行使して〈マーフォーク〉をニ撃で一体ずつ倒していく。
突出したオレを左右から突き殺そうとする半魚人は、ワンテンポ遅れて来たクロの〈ソニックソード〉と〈龍蹴〉の連撃が容赦なく打ち砕き。
「見てるだけなのは飽きたから、ここはラウラちゃんに代わって私も戦うわ!」
第一のエリアでは後方で待機していたアリサが、戦意を
残った敵を、彼女が手にした槍から繰り出される神速の一撃が、胸に大穴を穿って光の粒子に変える。
「──マジか! アリサさんコイツ等を一撃で倒すって、どんだけ熟練度ボーナスでスキルを強化してるんですか!?」
迫る三叉槍の一撃を避けて〈デュアルネイル〉で返り討ちにしながら、ソラは感嘆の声を上げた。
アリサは敵が攻撃のモーションに入る事すら許さず〈チャージランス〉の連発で自身の周囲を光の粒子で彩る。
「えーと、突進スキルの〈ソニックランス〉と強撃スキルの〈チャージランス〉は、レベル10まで上げてるわね。後は〈ゲイボルグ〉が常に、オートで急所をクリティカルヒットしてくれるお陰かしら」
「つ、常にクリティカルだと……」
「ママ、ソラよりも凄い……!?」
次から次にモンスターを一撃で倒していく姿は、正に無双ゲーと言える。
そんな母親の活躍に感化されたのか、オレの隣りにいるクロが目を輝かせた。
「よーし、わたしも頑張るッ! ソラ、バフをちょうだい」
「分かった、でも無理はするなよ」
「りょーかい!」
クロは気合を入れて、ステータスを一時的に上昇させる格闘家のスキル〈戦意高揚〉を発動。
そこに更に忠告をしたオレの〈攻撃力上昇付与〉〈跳躍力上昇付与〉の二つに、敵の弱点属性である〈雷属性付与〉が加わる。
彼女は高く跳躍して敵が多いど真ん中に自ら舞い降り、間髪入れずに地面に向かって〈
格闘家の固有スキル〈龍震〉は、衝撃波を発生させて範囲内にいる敵を一時的にスタンさせるモノだ。
オレ達に届かない距離を計算に入れて発動させたスキルによって、敵の大多数の動きが強制的に止まる。
そこで唯一動くことができるクロは、自身の所持している飛ぶ斬撃を放つスキル〈アングリッフ・フリーゲン〉と四連撃のスキル〈クアッドスラッシュ〉をユナイテッドさせた。
「──せぃ、やぁっ!」
スキルエフェクトによって、金色の輝きを放つクロの〈黎明の剣〉。
高速の四連撃から発生する、雷を纏った
敵のHPは一撃ごとに半分減り、二撃目で0になる。四回の攻撃が終了した頃には、クロの四方にいた敵は全て光の粒子になった。
小柄な少女は、その場で片膝をつき使用した大技スキルの硬直時間を課せられる。
「ごめんなさい。30秒だけ動けなくなるみたい……」
依然として湧き続ける敵が、最も近い距離にいるクロを標的にする。
ヤバいと思って慌てて駆けつけようとしたら、後方で待機していたラウラが「させません!」と叫んで何かを
それは召喚士である彼女の相棒、スライムことスーちゃんだった。
『スラー!』
丸い体から溶解液をレーザーみたいに連射して、クロに迫るモンスター達を足止めするスライム。
足が止まった敵を、イノリが後方から正確な狙撃で次々にHPを消し飛ばす。
オレも飛ぶ斬撃で援護しようとしたら、ふと隣でヤバいのを展開している人物に気がついた。
「〈ゲイボルグ〉
槍を投げる構えを取ったアリサの周囲に、彼女が手にしている槍と全く同じモノが出現する。
その数は30ぐらいか。洞察スキルでは信じられない事に、分身体が本体の槍と同レベルの力を秘めているのが読み取れる。
戦慄して動きが止まるソラの目の前で、アリサは準備を終えると娘のピンチを救うために容赦なく〈ゲイボルグ〉を
「ふぇぇぇぇ!?」
実際に見ていても、個人が行使しているとは思えない程の大規模のスキルエフェクト。
まるで無数の流星が迫ってくる恐ろしい光景に、未だ硬直で動けないクロの悲鳴が洞窟内に響き渡る。
必ず目標の急所を穿つ性質を持つ〈致命の槍〉は、危険を察知した〈マーフォーク〉の防御をすり抜け、その身体に風穴を開ける。
戦闘にすらなっていない、一方的な
前方から悲鳴が聞こえなくなる頃には、敵性モンスターは全て光の粒子になっていた。
洞窟内を淡い無数の光の粒が満たすのは、まるで現実にあるホタルの群生画像みたいで美しい。
だがこの光景が、先程まで大量にいたモンスター達の散った命だと考えると、その量の多さにオレですら恐怖を覚える。
(……あの一回の攻撃で、敵を全部倒したのか)
オマケに僅か10秒の硬直時間で済む辺り、伝説級の武器〈ゲイボルグ〉は余りにも
やはりこの世界に長く居るだけあって、装備やスキルにおいてベータプレイヤーの強さは、二段も三段もオレ達とは違う高さにいると思った。
この旅でそれを嫌という程思い知らされたソラは、隣で並んでくれる心強さに震えながら苦笑いを浮かべる。
「当たらないって分かってても、たくさんの光が飛んでくるの怖かったよぉ!?」
スキル硬直を終えたクロが涙目で、母親ではなく何故かオレの腕にしがみついてくる。
アレに関して感想を言うのなら、オレでも普通に怖いと思うので、クロが涙目になるのも仕方がない事だと思った。
絶対に当たらないとしても、爆心地のど真ん中にいて冷静でいられるのは普通の神経では無理だ。
一言だけ「ごめんね、クロちゃん」と謝罪して、娘の頭を撫でるアリサ。
何とも言えない微妙な空気になると、
「ど、どうやら今ので殆どの〈マーフォーク〉が消し飛んだみたいじゃな……」
弓で警戒してくれていたイノリが口の橋を引き
確かに残っている数は10体程度しかいない。それを考えたら、あのアリサの一撃はどれだけの数の敵を倒したのか。
思い出してブルッと震えていると、ラウラが「つ、次に行きましょう!」と固まったオレ達を促してくれる。
やりたい放題に暴れたアリサは、どこかスッキリした顔でそれ以降は後方で大人しくなる。
オレとクロが、イノリの新作の疲労度回復のポーションを飲んでいる間、残った敵はラウラが新たに召喚したモンスター達がイノリの弓と連携して、一体ずつ安全に処理した。
戦闘が終わったらラウラは「ありがとう」と、役目を終えた狼型と大鷲型の召喚獣にオヤツをあげた後に自動送還となる。
ふとオレは、以前にヨルからレンタルした召喚獣〈フォレストウルフ〉が、戦場に送る役目を終えたら消えた事を思い出す。
(そういえば、召喚士が呼び出す召喚獣は、モンスターのカテゴリーを指定した後にランダムで呼び出すシステムだ。指定した用事が終われば帰るようになっていて、基本的にはずっと側に置くことはできないはずだ)
冷静に考えたら、今までで普通に受け入れていたけど、ずっと主の側にいるスライムのスーちゃんは特殊な個体なのではないか。
早速オレは、何となく今まででスーちゃんに対して、使用していなかった洞察スキルを発動してみる。
(はぁ……ッ!?)
そしてスーちゃんの正体を知ったオレは、危うく動揺して洞窟内で
クロ達が驚いた顔をするので、慌てて何でもないと言って冷静を装うソラ。
しかし、その内側は台風で荒れた海の如く乱れていた。
(おいおいおい、オマエただのスライムじゃなかったのか!?)
オレの目が見抜いた、スーちゃんの衝撃的正体。なんとソレは──
「ソラ君、ここから先は警戒レベルを最大にした方が良いわ」
「アリサさん?」
思考に割り込まれたソラは、真剣味を帯びたアリサの言葉で現実に引き戻される。
何事なのかと思ったら、どうやら彼女は最後のエリアを前にして立ち止まっていた。
しかし、警戒レベルを最大にした方が良いとはどういう事なのか。
最後のエリアに目を向けたオレは、すぐに異変に気がついた。
「これは……」
真剣な顔をしたオレは、小首をかしげているラウラの肩を掴んで、後ろに下がらせる。
今まで散歩気分で歩いてたアリサも、目を細めてこれまでにない程に鋭い眼光を宿している。
彼女の纏う空気に困惑する他の三人に、オレは分かりやすいようにこう言った。
「何かいる、多分普通の敵じゃない」
真っ暗な第三エリア。
何が来ても対応出来るようにオレとアリサが足を踏み入れたら、周囲が明るくなり巨大な海底トンネルが広がった。
しかもトンネルは水槽みたいになっていて、小さい魚から大きなモンスターまで、様々な生き物が泳いでいる姿を下から見上げる事が出来る。
普段なら思わず見惚れてしまう、美しくも恐ろしい絶景なのだが、今のオレは周囲に視線を配る程の余裕はなかった。
何故なら入ったばかりだというのに目の前に第三ステージのクリアが表示されて、力の試練が終了したから。
でもクリアしたのはオレ達じゃない。先に此処に現れて、湧いてきた全てのモンスターを残らず葬った奴らがいるのだ。
そしてそれを行ったのは、間違いなく離れた先に並んで立っている、頭から爪先まで鎧を纏った二人の騎士しかいない。
以前に見たことがある黒い鎧。騎士は此方を確認すると、背中に収めていた太刀とバトルアックスを抜いた。
『ようやく此処まで来たな、白銀の付与魔術師よ』
『我等は冥国の騎士、指輪を回収するためにこの地にやってきた』
鋭い殺意を向けてくる敵のステータスを見抜いたオレは、額にびっしりと汗を浮かべる。
何故ならば、二人のレベルは共に──150だった。
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