第187話「休息の終わり」

 朝食を終えて出した食器の片付けを済ませたオレは、一人だけ自室に戻る。

 理由としてはリビングで詩織と黎乃と祈理の三人が集まり、何やらガールズトークなるものを始めたから。

 身体は少女でも、オレの中身は男子高校生だ。流石に彼女達の会話に混ざる程の度胸はないし、混ざったとしてもトーク力なんて皆無なので置物にしかならない。

 とはいえ黎乃と祈理の二人は、現在攻略中のダンジョンメンバーだ。

 今〈アストラルオンライン〉にログインをしても、二人が合流しなければ先に進むことは出来ない。

 終わったら連絡してくれとは伝えてあるので、後はその間の退屈な時間をどうやって過ごすか。


(とは考えてみたけど、此処にはゲームしかないからな……)


 ゲームソフトが並んでいる棚を一瞥いちべつして、蒼空は何かプレイするか考えてみる。

 置いてるゲームは、クリア済のクソゲーと神ゲーばかり。個人的に普通だと思った物や、ゲームとしての体を成していないものは売り払うので種類はそこまでない。

 しかし、どれも一度熱が入ってしまえば、ゲームをクリアするまで熱中する可能性がある。

 もしそうなったら、余裕で一日の時間がムダに消費されることは間違いない。 

 仕方ないのでオレは真司と志郎の二人に、VRチャットでもしないかとスマホのチャットアプリで声を掛けてみる事に。


 液晶のタッチパネルを操作して、お誘いの文章を送る。

 だが彼らも休みだというのに、数分くらい待っても既読にならない。


 これはアレだなと、スマートフォンをベッドに放り投げ、充電器に繋いでいるVRヘッドギアを頭に装着。

 フレンド登録されている二人のアカウントを調べてみたら、〈アストラルオンライン〉をプレイ中と表示がされた。

 蒼空は、小さな苦笑を浮かべる。


(まぁ、学校が休みになったらそうなるよな)


 オレ達の本質はゲーマー。

 パーティーでのダンジョン攻略中じゃなかったら、自分も迷わず一人でログインしている所だ。

 わざわざ二人を呼ぶために〈アストラルオンライン〉にログインするのも面倒だし、楽しんでいる二人の邪魔をするのは忍びない。

 VRヘッドギアを脱いでスマートフォンを手に取り、お誘いのチャットに関してキャンセルのメッセージを残し、オレはベッドに大の字で寝転がる。

 しばらくボーッと天井を眺めていたら、扉が軽くノックされた。

 上半身を起こし、扉の前にいる人物に入室を許可する。中に「お邪魔します」と恐る恐る入室して来たのは、VRヘッドギアを手にした祈理と黎乃だった。

 一目で全て察したオレは、念の為に二人がどういう意図なのかを尋ねる。


「なんでソレをもって、オレの部屋に来たんだ?」


 顔を見合わせた彼女達は、頬を赤く染めて蒼空の質問に対して素直に答えた。


「いつもみたいに、一緒にログインしようと思って」

「わ、我も、一緒の部屋でログインしたくて……」

「いやいやいや! 二人でギリギリなのに、流石にこのベッドで三人は無理だろッ!?」


 冷静にツッコミを入れたら、二人は確かにとベッドの大きさを見て頷く。

 百歩譲ってこの部屋で三人がログインするとしても、オレが床に布団をいて二人がベッドを使うしかない。

 そう思っていたら、黎乃がハッとした顔をして、祈理に何か耳打ちすると慌てて二人して部屋から退出する。


(あれ、何だか嫌な予感が……)


 二人が出て行ったのを見送った後、蒼空は言いようのない不安を胸に抱く。

 もしかして、窓から飛び出して全速力で教会まで逃げた方が良いのではないか。

 そんな考えが頭の中に思い浮かぶが、オレがそれを実際に行動に移すか悩んでいると、階段を駆け上がる音が部屋の前までやってきた。

 今度は勢いよく扉が開かれ、戻ってきた二人の手には来客用の敷布団があった。


「床にこれ敷いて、三人で川の字になれば解決だね!」


 満面の笑顔で敷布団を掲げる黎乃と、隣でうんうんと何度も頷く祈理。

 オレは数年前に真司と志郎の二人と川の字になって〈スカイファンタジー〉をプレイした事を懐かしく思いながら、彼女の提案を仕方なく了承。

 いつものように真ん中に蒼空、左右を黎乃と祈理で挟む形になると三人はVRヘッドギアを頭に装着した。

 美少女三人が仲良く寝転がり同じ毛布を被るのは、本来ならば尊さを感じさせるのだけど、頭に同じヘルメット型の器具を装着すると急にシュールな絵面になる。


「ふ、二人共……がんばろうね」


 祈理の言葉にオレと黎乃は小さく頷き、カウントダウンを始める。

 カウントが3回から始まり最後の1になると、三人は口を揃え「ゲームスタート」と言って〈アストラルオンライン〉にログインした。




◆  ◆  ◆




 〈アストラルオンライン〉にログインすると、先程まで嗅ぎ慣れていた自室の空気が一変して、何やら甘い花のような香りが鼻孔をくすぐる。

 次に五感の一つである触覚に感じたのは、誰かに片腕を抱きしめられている感覚。

 この腕に押し付けられている感触の大きさから推測するに、クロのものではない。イノリはもう一回り大きいので、残った答えは自分の中で自然と絞られてくる。

 同期を終えた目を開いたら、ソラは視界に霞が掛かっている事に気がついた。

 これはフルダイブした際、プレイヤーに対してまれに発生するピントずれだ。

 珍しいと思いながらもソラは、三回ほど微調整の為にまばたきをする。

 たったそれだけで、フルダイブシステムが自動で修正をしてくれた。

 自身の手の平を眺めて、焦点がきちんと定まっているのかを確認。

 しばらくしてから問題がないと判断すると、早速答え合わせをする。

 隣で眠る人物を恐る恐る確認したら、そにはオレが苦労して勝ち取った個人用のベッドに寝転がる、セイレーンのお姫様──ラウラの姿があった。


「気持ちよさそうに寝てるな……」


 もしかして彼女は、寝ぼけて此方のベッドに来てしまったのだろうか。

 普通のゲームならば、スリープモードに入ったNPCが自身に割り当てられた場所以外で寝るのは有り得ない現象。

 しかし、この〈アストラルオンライン〉は普通のゲームではないし、彼女達はオレ達と違いが全くない人間だ。

 こういう事があっても、驚いたりはしない(クロに肘打ちをされる恐れはあるが)。

 何だか最近は慣れてしまった抜け技を用いて、ソラは二つのお山にサンドされた腕をすっと引き抜く。

 そのまま起こさないようにベッドから離脱したら、同時にログインしたクロとイノリが背伸びをしている横にいたアリサと視線が合った。


「おはようございます、アリサさん」

「グッモーニン、ソラ君」


 何事もなかったかのように自然に挨拶するソラの顔を見て、挨拶を返しながらアリサは何だか微妙な顔をする。

 一体どうしたのか尋ねると、彼女は素直に答えた。


「普通の男の子なら、うわーってビックリするか、これはチャンスと思うところなのに。とても冷静に、ラウラちゃんをスルーしたのに驚いたわ」

「あー、その事ですか。何度かこういう事があると流石に慣れますよ。男の姿なら絵面的にヤバいんでもう少し焦りますけど、今は女の身体ですからね……」


 男子たる者、常に紳士であり続けよ。

 例えチャンスがあろうとも、真に心に決めた相手以外の誘いには乗るな。

 これが未だに帰ってこない、ソラの父親からの教えである。

 オレの言葉を聞いて納得したアリサは、それ以上の質問はやめて、手足の同期運動をするクロに元気よく抱きついた。

 ソラは外していた装備を戻しながら、小さなため息をする。

 毎日チャットアプリで『おはよー、今日も母さんと生きてるよー』と生存報告が来るが、うちの旅行者二人は一体いつになったら帰ってくるのか。

 世界樹が出現した時に帰りが遅くなるとは聞いたけど、もう9月の下旬になろうとしているぞ。

 何かトラブルに巻き込まれて──いや、あの二人は逆にトラブルを起こす方か。

 考え事をしている内に、いつでも出発できる準備が整った。

 クロ達も準備を終えて、後はようやく目を覚ましたお姫様の支度を待つことに。

 やはりこの世界の住人にも寝ぼけというのは存在するらしく、覚束ない指でウィンドウ画面を操作していたラウラが間違って下着まで全解除する事件を起こし、直視してしまったオレはクロから鋭い肘打ちを貰い地面に倒れた。

 あわわわ、と羞恥心で顔を真っ赤にして慌てる様子の素っ裸のラウラ。

 見かねたアリサが、彼女に落ち着くように大人の対応でフォローしてあげると。


「お、お待たせしました!」


 10分くらい経って、ようやく準備を済ませたラウラをパーティーに加えて、五人は『力の試練』と表記された大きな扉の前に立つ。

 次に進むか否かの選択肢がパーティーリーダーであるオレの目の前に出るので、一応確認の為に背後にいる皆を振り返る。

 緊張した面持ちのクロ、イノリ、ラウラの三人組。唯一の大人であるアリサだけは自然体で、何が来ても対処できる自信に満ち溢れた顔をしていた。

 彼女達が頷いて進む事に同意するのを確認したら、オレは姿勢を正して進むボタンをタッチした。

 ゆっくり左右に開く二枚の扉に、この先のゴール地点で何が待ち構えているのかワクワクしながら、腰に下げている片手用直剣〈白銀の魔剣〉に手を掛ける。

 なんで剣に手を掛けるのか?

 その理由をオレは、洞察のスキルで開く扉の隙間から事前に読み取ったから。


「皆、早速だけど戦闘準備だ」


 ソラは分かりやすいように一言だけ皆に伝えると、扉が開き切ったタイミングで勢いよく前に飛び出した。

 進路先に何の前触れもなく出現したのは

、全長1メートルの液体型モンスター〈メガスライム〉。

 弱点である雷属性を付与して、オレが選択するのは刺突技〈ストライクソード〉。

 ジェット機のような速度で丸いスライムに接近したソラは、雷を纏った必殺のスキルで事前に見抜いた弱点部位であるサッカーボール位の大きさのコアを狙い、ピンポイントで穿った。

 HPが全て消し飛び、一撃で光の粒子となって霧散するスライム。

 

【これより、力の試練を開始します】


 ルシフェルとは少しだけ違う、ワールドサポートシステムの無機質な少女の声が、クエストの開始を告げる。

 ソラは「このまま一気に海底神殿まで行こう!」と先行し、クロ達と続々と湧いてきたモンスター達に向かって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る