第174話「魔槍の使い手」

 蒼空は帰宅すると服を着替えて、黎乃くろのと一緒に〈アストラルオンライン〉にログインをする。


 白銀の冒険者としてベッドで目を覚ますなりオレは、常時発動させている感知スキルで、船がヤバい状況だとすぐに理解した。


「うへぇ、マジか……」


 心の底から、げんなりするソラ。

 それは今までクロとイノリを怖がらせないために黙っていた、海中に潜んでいる十メートル以上の大型モンスターの反応。


 説明するならば、スキルで把握したモンスターは海中ではなく、自分達が乗っている“この船に”取り付いている様子だった。


 3Dマップのようにソラの脳裏に映し出される巨大なモンスターのフォルムは、海のマップでは珍しくないイカの姿をしている。

 その姿形からサポートシステムのルシフェルが、詳細をオレに教えてくれた。


 深海生物〈クラーケン〉。


 超大型カテゴリーのモンスター。


 レベル100。


 弱点は、雷属性の攻撃。


 太古からユグドラシル海で、その名を知らない者はいない程の指折りのモンスターの一体。

 普段は深海の底で眠っているらしいのだが、ここら辺の海域では獲物が真上を通過すると、海上に現れて襲ってくるらしい。


 強さで言うのならば、物理ダメージ半減の特殊能力のない〈リヴァイアサン〉と同じ程度。

 レベル70から60の六人編成のフルメンバーで、イカ足に掴まれないように立ち回り、しっかり連携を取れば難しい相手ではないと解説してもらった。


 上の甲板からは襲われている船員達の悲鳴ではなく、歓声みたいなのが聞こえる。


 どういうことなのかと感知スキルで更に詳しく状況を探ってみると、どうやらこの船に新しく加わった仲間が、現在進行系でクラーケンを相手に暴れているらしい。


「ソラ、どうかしたの?」


「う、うーん説明しづらいから、これは見た方が早いかも」


 小首をかしげているクロに上に行くと声を掛けて、二人で客室から出ると甲板に向かう。


 少しだけ長い廊下を歩いていると、いつもよりやたら大きく揺れる船に、クロが何事なのかという顔をする。


 ソラは大丈夫だと言って彼女の手を握り、船外に出るための扉を開けた。


 すると先ず目に飛び込んできたのは、船に取り付いていたと思われる複数本の足が半ばから切断されて、甲板の上に転がっている光景。

 離れたところには、武装して身を守るために集まっている船員達の姿があり、船の真横には巨大な頭を晒しているモンスター〈クラーケン〉が、その大きな口を開いていた。


「ぴぇ!?」


 大きな目玉と視線が合ったクロは、初めて見る全長20メートルを越える巨大な怪物に対して、恐怖に怯えた顔で固まってしまう。


 そんなクロとは正反対で冷静に状況を見ているソラは、甲板の上で切断面から光の粒子に変わる〈クラーケン〉の足を見て、次に三本あったHPが残り一つになっている本体に視線を向ける。


 まさか、これをたった一人で?


 現場を実際に見て戦慄したソラは、額にびっしり汗を浮かべて、これを行った人物がいる上空を見上げる。


 彼女がいるのは、大空に向かって立っている三本のマストの真ん中、その先端辺りに黒い人影が見えた。


 黒いセミロングヘアを風になびかせて、赤と白の法衣を纏うベータプレイヤーの中でも最上位の冒険者。

 アリサは最も高い場所から〈クラーケン〉を見下ろすと、右手の真紅の槍を構える。


「魔槍、簡易開放」


 彼女の呟きに呼応して真紅の槍に刻まれたルーン文字が淡い光を放ち、赤い風を周囲に発生させる。


 阻止しないとヤバい。


 クラーケンはそう判断したのだろう。

 残された足をスピンさせて、まるでドリルのような攻撃スキル〈ドリル・ストライク〉をアリサに向かって放つ。


 マトモに受ければ即死しそうな、大質量を利用した一撃。

 だがアリサは回避行動を一切しようとしないし、甲板に現れた自分達に気づいていても、助けを求めようとはしない。


 一体どうする気なのかと固唾を呑んで見守っていたら、ドリルは彼女の周囲に展開されている赤い風に接触すると、次の瞬間には軌道を強制的に変更させられて左右に受け流される。

 あの風は演出用のエフェクトではなく、身を守るための結界の役割をしているのか。


 けして弱い攻撃ではなかった〈クラーケン〉のドリルを容易く軌道を変えたその強固な守りは実にヤバい。


 語彙力ごいりょくが無くなる程のスキルの補助効果に苦笑いしていると、次にとんでもない光景が見えた。


 ……おいおい、なんだよアレは。


 槍の先端から柄の端までルーン文字が螺旋らせんとなって覆い尽くす。

 眩い光と共に開放されたのは、槍に込められた必殺の力。


 見抜く目を持つオレだからこそ、アリサが手にしている力の凄さを理解できる。


 赤い光を放つ真紅の槍、そこに込められている威力はソラから見て、控えめに言って対ボス特効の現最強スキル〈ヘヴンズロスト〉に匹敵する程の力が込められていた。


 赤い暴風を巻き起こす神器の槍を手に、マストの先端から跳躍した魔槍使いは、右手を大きく振りかぶり。




「────我が眼前に立ち塞がる敵に、必然なる死を与えよ〈ゲイボルグ〉ッ!」




 手元から解き放たれた必殺の魔槍は、ソラ達が立っていられない程の衝撃波を放ち、今さら危険を察知して逃げようとする〈クラーケン〉の中心に直径数メートルの大穴を穿うがった。


 しかも引き起こされた現象はそれだけに留まらず、投射線上にあった海にトンネルのようなモノを一瞬だけ作り出す。


 巨体が崩壊して端の方から光の粒子になる〈クラーケン〉に、ソラとクロと船上にいた者達は呆然となる。

 その中でも一番衝撃を受けたのは、ソラであった。


 残り一本のHPゲージを、たった一撃で削り切りやがった……!?


 ボスクラスのHP一本を削るのは、けして楽なことではない。

 ベリアルのラスト一本にソラ達が大苦戦したように、本来ならば敵の切り札とかが出てくるのだ。

 しかしアリサは、恐らくは存在していたであろうHPゲージ半分で発動するトリガー技とか、そういうのを纏めて消し飛ばした。


 これが現環境で確認する事ができる、最強のEXクラスの武器〈ゲイボルグ〉の威力。


 しかも簡易開放でこの威力という事は、簡易ではない開放もあるという事。


 まだ“この上”がある事実に、思わず身震いしてしまう。


 スキルの効果なのか、ダメージを受けることなく甲板に着地したアリサの手に、光の粒子が集まって投擲とうてきした真紅の槍を形成する。


「うーん、寝起きに良い運動になったわ」


 良い運動?


 レイドボスを一体相手にするのと同じくらいの敵を、ソロ討伐したのが良い運動?


 軽く伸びをするアリサに恐怖を感じて、後ろに一歩下がるソラ。


 クロが「ママすごーい!」と言って駆け出し、親子で微笑ましくなるようなハグをすると、満面の笑顔を浮かべたアリサがこちらに視線を向ける。


「そういえばアップデートで〈スキルユナイテッド〉っていう新しい技が追加されたわね」


「あ、はい。そうですね」


「島に到着するまでに、これから技のお試しとレベル上げも兼ねて、大型モンスター討伐ツアーでもやりましょう」


「ま、ママ……それってつまり」


 硬直して恐る恐る尋ねる娘に、母親であるアリサは笑顔のままとんでもない一言を口にした。


「ええ、さっきの〈クラーケン〉みたいなのと戦って戦って戦いまくるのよ。そうしたら新しいスキルにも自然と慣れるし、レベルも上がるし一石二鳥じゃない?」


 地獄のツアーすぎませんか。


 ソラですらドン引きする鬼レベリングを提案されて、クロが何やら助けを求めるような視線を向けてくる。

 だが見たところアリサはやる気満々で、獲物を探し求めるかのように、海中に視線を向けていた。


 ……諦めろ相棒、もう逃げられない。


 そんなアイコンタクトをすると、クロは泣きそうな顔で渋々といった感じで頷く。


 後にやってきたイノリと自室で寝ていたらしいラウラも合流すると、ソラ達は悪夢のような連戦に身を投じることになった。

 

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