第106話「東部は魔境みたいです」


 あれから無事にクエストを終えて、二つ目の宝玉を入手したソラ達は、採掘場から出ると宿屋に向かった。


 外はすっかり暗くなり、夜空には大きな月が一つと、宝石のように輝く星々が見える。


 昼間は活発だった大通りも、屋台が店じまいする事で静かになり、通行人からはアルコール臭を漂わせる者達がチラホラといた。


 ちなみにVRヘッドギアに登録している個人情報で、未成年はお酒を飲むことが出来ない制限が掛かっている。


 だからオレ達が酒場に入ったところで、酒を口にすることはできない。


 まぁ、できたとしても飲もうとは思わないが。


 それよりもこんな暗い道を、若い女の子が歩いているのはとても危ないので、速やかに宿屋に戻りたいところ。


 オレは話しかけようとしてくる不埒(ふらち)な輩(やから)に、強めの殺気をぶつけて撃退しながら歩く。


 すると並んで歩いているアリスが、疲れて眠ったサタナスを背負いながら、ソラに対して染み染みと呟いた。


「たった一人でレベル70を二人も瞬殺するなんて。……本当に貴方といると、自分の中の常識というモノが壊れていく感じがするわね」


「わたし、あんな動きするのムリ……」


 アリスの言葉に同調して、クロがうんうんと頷いた。


 まるで人が非常識のかたまりみたいな事を好き放題に言ってくれる二人を、オレはジト目で見る。


 いや、まぁ確かに普通か普通ではないかを問われたら、間違いなく普通ではない方に分類されるとは思う。


 でも雑食系VRゲーマーとして、他の変態的な技術を目の当たりにしてきたオレからして見ると、まだ上には上がいると答えたい。


 具体的には三名ほど、人外だと断言できるプレイヤーはいる。


 一人は当然のことながら、未だに公式の大会で一回も負けた事がない対人戦のスペシャリスト。オレの従姉弟であり、師である女性の【シノ】。


 二人目は縛りプレイに目覚めて、あらゆるゲームをパンツと裸装備、初期武器でクリアする事を趣味としている変態のプロゲーマー。プレイヤーネーム【名無し】


 三人目はFPSゲームが好きすぎて、世界大会でたった一人で相手のチームを殲滅(せんめつ)したアメリカ人の化け物プロゲーマー【レミングス】


 この三人に比べたら、オレなんてまだまだプロゲーマーの中ならば常識人の範疇はんちゅうである。


 しかしそんな事を口にしたところで、彼女達は首を傾げるだけだろう。


 そんなわけで理論的かつ聞けば誰もが納得できるような言葉を、ソラは彼女達に対して言った。


「アリス、一応言っておくけどな。アレは以前に奇襲を受けたから、同じように来るんだろうなって予測をしていたんだ。そうじゃなかったら、あそこまでスムーズにカウンターを決める事はできなかったよ」


「ふーん。それなら死角から接近していた二人目についてはどう説明するの? 無敵スキルは10枠も防御スキルで埋めないといけないから、事前に準備していないと間に合わないと思うけど」


「それは感知スキルのおかげかな。いくら目眩ましされてようが〈心眼(シンガン)の忍(シノビ)〉で鍛えられたオレには、例え真っ暗闇でも指先の動きまでくっきり見えるから」


「シノビ……まさか、あの東部に存在するという伝説のニンジュツを扱う種族のこと? ソラ様は、そんなものまで習得しているの?」


 アリスが信じられない、といった顔をする。


 オレは突き刺さる視線を受けながら、このゲームの東の方角には鬼の種族だけじゃなく忍者までいるのかと、少しだけ驚いた。


 つまり鬼と忍者がいるとしたら、東の地方は日本をテーマにしたマップなのかも知れない。


 ファンタジー物で日本をテーマにしたマップといえば大抵は天外魔境(てんがいまきょう)で、難易度は高めに設定される事が多々ある。


 〈アストラルオンライン〉での東部は今の所アリスから聞いている限りでは恐ろしく強い鬼種族がいて、伝説といわれる程の忍という種族がいる事。


 これらを並べるだけでも、難易度が激高い予感しかしない。


 まだ見ぬ東のマップに震えながら、とりあえずアリスに対して上手い言い訳をしないといけないので、ソラは少しだけ考えるとこう言った。


「まぁ、天上でオレが住んでる場所が東部っぽい場所なんだよ。忍術……と言っても良いのかは分からないけど、オレが使ってる技はそこで習得したものなんだ」


「なるほどね、それなら納得だわ」


 と、あっさり信じるアリス。


 簡単に納得してもらえる程度には、東のマップはヤバいんですね?


 クロも同じ考えに至ったのか、なんとも言えない顔をしている。


 それから目的の宿屋に到着。


 オレが一人だけ別の部屋を借りようとすると、アリスとクロからボスモンスター以上の圧をかけられる。


 抵抗するものの結局は同じ部屋を借りて、目を覚ましたサタナスを加えると、前回と同じように嫌がるオレを二人は強制連行。

 二度目の水着で温泉イベントを済ませると、ようやくベッドでログアウトした。


 その際にサポートシステムこと〈ルシフェル〉から、


〘マスター、抵抗は無意味だと思います〙


 と、ご指摘を貰ったのでオレは。


 諦めたら、そこで試合終了なんだぜ……。


 燃え尽きた顔をして、実に説得力のない言葉を胸中で呟いた。





◆  ◆  ◆





 朝目が覚めると、オレはショボショボする目を擦りながら、ベッドからゆっくりと起き上がる。


 それから頼りない足取りで太陽の光を遮るカーテンに歩み寄ると、勢いよく横にスライドさせた。


 窓の向こう側に見えるのは、太平洋のど真ん中に出現した、天まで届く巨大な樹木〈ユグドラシル〉。


 アレが現実世界に出現して、毎日報道機関は監視と警戒をする軍の姿を生放送しているが、今の所これといって変化は起きていない。


 これが映画なら世界樹がトランスフォームして、巨大な怪物になって人類に襲い掛かるのだろうか。


 そんな今なら有り得そうな事を考えながら、ソラは寝起きにエナジードリンクを一本開ける。


「ぷはぁ!」


 フルーティな味わいの炭酸飲料を一気に胃の中に流し込み、気だるい身体に活力を取り戻した蒼空は、豪快に息を吐く。


 こんな姿を師匠である詩乃に見られたら怒られそうだが、気持ちが晴れない時はコイツにかぎる。


 なんで気持ちが晴れないのか、その答えは今の所一つしかない。


 ……結局、イリヤは現れなかった。


 世界樹を睨みながら、蒼空は軽く眉間にシワを寄せる。


 〈ルシフェル〉にサポートをしてもらいながら、常に〈感知〉スキルをフルで使用していたが、彼女っぽい人物はどこにもいなかった。


 同じシチュエーションだから魔竜王を信仰している竜人族と同じように、イリヤも現れると思っていたのだけど、当てが大きく外れた。


 流石にシナリオで動いているNPCと、人間では同じようには行かないという事か。


「イリヤ……」


 守れなかったくせに、今更会って何を話すのか、それは全く考えていない。


 でも会いたいのだ。


 彼女はオレの弟子であり、大切な仲間だから。


 そう思っていると、不意にスマートフォンが着信音と共に大きく振動を始めた。


 こんな時間に誰だと思い、慌ててベッドの上に置いてあるスマートフォンを充電器から外して手に取る。


 するとそこには、最近登録したばかりの女性の名前が表示されていた。


 迷わずに液晶画面をタッチして、スマートフォンを耳に当てて通話に出る。


『おはよう、蒼空。朝っぱらからいきなりで悪いんだけど、今から神里高等学校に来れるかい?』


「桐江さん、大丈夫ですけど、何かあったんですか?」


『いや、何かあったんだけど、ちょっとアタシの口からは説明し辛いかなぁ……』


 あの普段はハキハキとしている桐江が、ここまで歯切れが悪いのも珍しい。


 彼女には〈アストラルオンライン〉で色々と世話になっている。


 ここで断るという選択肢は、最初からオレの中には存在しない。


 朝の日課があるけど、そこは詩乃を説得して今日だけは免除してもらおう(妹の詩織からブーイングが出るかもしれないが)。


「分かりました、直ぐに行きます」


『ありがとう、助かるよ』


 蒼空は通話を切ると、出かける準備を始めた。


 

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