第91話「溶岩地帯と歴史」

 〈ヘファイストス王国〉を中心として、東西南北にはそれぞれ大きな街がある。


 その中で〈レッサードラゴン亜種〉による被害が一番出ているのは、東の街〈エウクレイア〉らしく、先ずはそこに向かうことになった。


 目的地は徒歩では半日ほど掛かるとの事で、王様が用意した馬車にソラ達を乗せて、御者(ぎょしゃ)は二本角の馬〈バイコーン〉を危な気無く進ませる。


 景色は、余りよろしくはない。


 なんせ〈ヘファイストス王国〉を出ると、そこから先にある一帯の全ては、溶岩地帯のマップとなっているからだ。


 マップの名前は〈火竜王かりゅうおうむくろ〉。

 外を見ていてもツマラナイので、ソラは視線を正面に向ける。


 眼の前には、新たなパーティーメンバーとして加わった、竜王の娘ことアリスが気品のある座り方をして外を眺めていた。


 身につけているのは、クロと同じタイプのバトルドレスに最低限の鎧。


 しかし王族の専用装備だからか、その防御力は【A】と三人の中では、ずば抜けて高い。


 特に手にしている細剣は、王様が手にしていたモノに勝るとも劣らない業物で、【A】クラスの一級品である。


 全部で一体いくらするんだろう、と失礼な事を思っていると不意にアリスと視線が合う。


 彼女も退屈なのか、外に視線を向けると「この地の伝説はご存知?」と話を切り出してきた。


「いや、知らないかな」


「それなら退屈しのぎに、この地ができた伝説を話しましょうか」


「伝説?」


 ソラが聞き返すと、彼女は頷いて話を始めた。


 この地には大昔に大暴れしていた、島みたいに巨大で傲慢な〈火竜王〉というのが存在していたらしい。


 人々から恐れられていた火竜は、あろうことか更に自身の力を誇示するために、世界樹〈ユグドラシル〉の枝を炎で焼いた。


 当然その蛮行ばんこうに四大天使と天使長は怒り、長き戦いの末に火竜は討ち倒されて、この地に墜落した。


 火竜が絶命した際に、その血はマグマとなり、肉と骨は大地と一つとなった。


 つまりは所々から吹き出しているマグマ溜まりは火竜の血で、よく見かけるアーチ状の巨大な骨は死んだ火竜のモノというわけだ。


「その際に火竜の魂は光と闇に別れて、光は初代竜王になってこの地に王国を作り、闇から生まれた魔竜王ベリアルは封印されたと言い伝えられているわ」


「“魔竜王ベリアル”ねぇ……」


 8月の下旬に行われるイベントで、ソイツが復活するような告知がされてる事を思い出して、ソラは目を細める。


 ということは、このクエストを進める事で〈リヴァイアサン〉みたいに〈ベリアル〉も弱体化する事ができるのだろうか。


 そう思う一方で、馬車に揺られながらソラは、数時間前に寄ったスキルショップの事を思い出して、深い溜め息を吐いた。


 溜め息の理由を知るクロとアリスは、元気のないオレの様子に苦笑する。


 なんで元気がないのか。

 それは出発する前に立ち寄ったお城の中にあるスキルショップに、とても欲しいスキルがあったからだ。


 そのスキルの名は、全武器カテゴリー攻撃スキル〈アングリッフ・フリーゲン〉。


 なんと以前にハルトから受けた、飛ぶ斬撃を使用できるスキルであり、武器の熟練度70以上にしないとセットできない代物だ。


 現状ではオレにしか使えないスキルなのだが、なんとこちらのお値段が、たった一つで200万エルもする。


 このクエストをクリアしたとしても、70万エルも足りないと知ったソラは、床に両肘と両膝をついて露骨にがっかりした。


 だって、飛ぶ斬撃とか使えたらカッコいいし強そうじゃないか!


 ソラが握りこぶしを震わせて、目尻に涙を浮かべていると、クロが可愛らしく小首を傾げる。


 しばらくすると、御者の竜人の騎士が後10分位で目的地につくことを大声で教えてくれた。

 オレ達は馬車から顔を出して、視線を進路先に向ける。


「あそこが東の街〈エウクレイア〉よ」


「お、おお……ご立派だ」


 遠くに見えるのは、モンスター対策の壁に囲まれた大きな街。

 防御力は【B】と村にしては中々な高数値で、並のモンスターでは傷一つ付けられなさそうだ。


 ……って、なんか早速煙みたいなモノが見える気がするんだが?


 ソラがアリスを一瞥いちべつすると、やはり異常事態なのか彼女も食い入るように村を凝視すると。


「速度を上げて急ぎなさい! レッサードラゴン達の襲撃を受けてるわ!」


「しょ、承知しました!」


 アリスの指示を受けて、加速する馬車。


 どうやら早速、戦闘になるらしい。


 ソラとクロは腰に下げている片手剣の柄を握ると、お互いの顔を見て頷いた。





◆  ◆  ◆





 レッサードラゴンの襲撃を受ける〈エウクレイア〉に到着したソラ達。


 馬車から降りると直ぐにオレは〈感知Ⅱ〉スキルの範囲を、5メートルから街全体に一気に広げた。


 その行動に合わせて、サポートシステムの〈ルシフェル〉が、範囲内にいる敵性モンスターの数と種類、正確な位置を自分で探す前にピックアップしてくれる。


〘マスター〈レッサードラゴン〉の中心に識別不能の反応もあります。ご注意を〙


 わかったと頷いて、ソラは二人に指示を出した。


「レッサードラゴン達は、この先の広場に集まっているみたいだ。直ぐに戦闘になるから、二人共気を引き締めろ」


「わかった」


「え、えぇ……!?」


 アリスは何でついたばかりで、そんな細かい事が分かるんだという顔をするが、この状況で1から説明している暇はない。


 ソラが駆け出すと、クロが横に並んで走り、その少し後ろに出遅れたアリスが追走する形になる。


 ……あ、そういえばアリスに〈付与〉スキル使うの忘れてたな。


 スキルを買えなかったショックで、すっかり自分の職業と強化付与の事を、彼女に説明するのを忘れていた。


 こんな急になって申し訳ないが「戦闘が始まる前に、アリスにも〈付与〉スキル使うぞ」と告げる。


 彼女はアリアから職業の事までは知らされていなかったのか、〈付与〉スキルと聞いて怪訝な顔をした。


 ニュアンスとしては、なんでそんな職業をといった感じだ。


 ……付与スキル強いのに。


 納得行かない顔をしながらも、最善を尽くすために〈ルシフェル〉がいつの間にやら用意してくれているプリセットを選択。


 自身とクロには事前に〈付与〉スキルを使用していたので、アリスに〈水属性Ⅳ〉を一つと〈攻撃力上昇Ⅲ〉を四つ重ねがけした。


「は? えぇー!?」


 突然の超強化バフに、アリスが先程以上に驚くが反応してあげる暇はない。


 剣を手に走るソラは「曲がり角すぐ、レッサー2体!」と叫んで急カーブすると同時に〈ソニックソードⅣ〉を始動。


 背中を向けて飛んでいる全長7メートル程の巨大なドラゴンに、振り向く前に急接近。


 人のいない屋台の屋根を足場に跳躍して、そのまま〈水属性Ⅳ〉で追加された属性スキル〈アイス・ストライクソード〉を叩き込む。

 ゴリッと半分ほどHPが削れる〈レッサードラゴン〉。


『ギッ!?』


 悲鳴で仲間を呼ぶ暇すら与えない。


 剣を突き刺したまま〈デュアルネイル〉を発動させると、システムアシストの力を借りて、身体をコマのように高速回転させる。


 そこから繰り出されたのは、水平二連撃の技。


 弱点属性に加えて、攻撃重視にしているソラの強力な二連続の斬撃を受けたドラゴンは、光の粒子となって消える。


 もう一匹が此方に気づく頃には、もう遅い。


 横を駆け抜けたクロがソラと同じように屋台を足場に跳んで属性技の〈アイス・ソニックソードⅢ〉で胴体を左から右に薙ぎ払い。

 それに追走していたアリスが〈ソニックピアス〉を胸に突き刺す。


 〈レッサードラゴン〉のHPは残り三割程度、ソラが止めを刺そうと動いたら。


「ヤァ!」


 器用に家の壁を蹴って、クロが竜の背後から〈デュアルネイルⅢ〉を発動。


 高速の二連撃で切り裂くと、竜の巨体は光の粒子になって空に消えた。


 華麗に着地するクロ。


 彼女とハイタッチすると、ソラは二人に次の指示を出した。


「レッサー達は後18体。まとめて相手にするのは面倒だから、こうやって孤立してる奴らを順番に処理していくぞ。それと他に一体だけ、オレの〈感知Ⅱ〉スキルでも分からないヤツがいるから、十分に気をつけてくれ」


「りょーかい」


「ちょ、ちょっと待って! レッサー2体を短時間で倒したのに驚いてるのに、伝説の感知スキルまで持ってるの!?」


「うん? ああ、アリアから聞いてなかったのか。オレは〈洞察〉と〈感知〉スキル二つ持ってる上に〈付与魔術士〉はスキルレベルが77なんだよ」


「な、ななな……」


 信じられないと言わんばかりに、顔を強張らせて固まってしまうアリス。


 そんな彼女の額を、中指で軽く弾いた。


「痛……ッ!?」


「驚くのは後にしてくれ、先ずは敵を殲滅せんめつするぞ」


「わ、わかりました」


 駆け出したソラの後ろを、クロと赤くなった額に涙目になるアリスは付いて行く。


 これは後で説明する時、彼女は気絶するんじゃないかな、と思った。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る