第92話「竜の亜種と一つの出会い」
複数の敵が襲撃に来たとき、優先しないといけない項目は3つほどある。
1に街に住むNPCの安全の確保。
2に重要な拠点の防衛。
3に敵の速やかな、皆 殺 し。
今回は敗北条件がないとはいえ、襲撃戦というと昔から良い思い出は全く無い。
他のVRゲームでは村人が一人でも死亡したら即失敗なのに、肝心の村人が敵に向かって両手を上げて逃げるモノがあったり。
拠点防衛戦なのに、その拠点の防御力が紙っぺらだったり。
防衛戦という名の敵の殲滅戦だったり。
記憶の中にあるのは、どれもろくでもないモノばかりだ。
良い事よりも悪い事の方が、記憶に残りやすいのは、昔からテレビでもいわれている事である。
だからこれは、仕方のないこと。
……とはいえ、このまま思い出すと
頭を振って、強引にソラは眼の前の光景に意識を切り替えた。
統率の取れていない〈レッサードラゴン〉の襲撃は、実に
普通のプレイヤーなら、接敵してから攻撃モーションに入るところなのだが、常に位置を把握する事ができる〈感知Ⅱ〉スキルのアドバンテージによって、ソラ達は次々に奇襲をしてニ体ずつ処理していった。
大抵のパターンは一体をオレが一人で処理して、その間にもう一体を、クロとアリスが連携して倒す。
それを繰り返すことで、残っていた18体もの〈レッサードラゴン〉を全て倒したソラ達。
これで終わったかと思うと、空から普通の〈レッサードラゴン〉よりも一回り大きな巨竜〈オルタ・レッサードラゴン〉が飛来してきて、最後の戦闘が始まった。
攻撃パターンとしては、普通のレッサーと同じで、そこまで苦戦する要素はない。
〈騎士〉の職業であるアリスをメインタンクにして、ソラが彼女の補助とアタッカーを兼任して敵のスキル攻撃の相殺を担当する。
二人が防いでは、クロが削っていくだけの作業が続く。
そして危な気なく、残りHP三割まで削ると、〈オルタ・レッサードラゴン〉が炎を纏って突進攻撃〈フレイム・ハートゥル〉を使用して来た。
変態的な技術を持つロウだったら可能だろうが、流石に大質量を受け止めるだけの力は、自分とアリスには無い。
ここでの選択肢は一つだ。
「全員避けろ!」
二人に指示を出して、タイミングを見計らって〈ソニックステップ〉で横に緊急回避。
真横を漆黒の炎を纏った竜の巨体が通過して、そのまま後方にいたクロとアリスに向かっていく。
同じようにステップ回避した二人の無事を確認すると、勢いよく敵が建物にぶつかって、動きが止まる。
離れた場所で一時的なスタン状態になったのを見て、チャンスだと思ったソラは剣を手に駆け出す。
15ある付与スロットの5枠に〈速度上昇付与Ⅲ〉を使用。
地面を強く蹴って、音速の世界へ。
……ッ!
並のプレイヤーなら、制御できなくて即転倒すること間違いなしの超加速。
そんな中、ソラは長年VRゲームで鍛え上げられた感覚で制御しながら、一瞬にしてスタンしている竜に接近する。
「これで、トドメだ!」
白銀に輝く水を纏う刃を構えて、右下段から左上に駆け抜ける強斬撃〈アイス・レイジ・スラント〉が巨竜の身体に斜めの線を描く。
それによって、残っていた〈オルタ・レッサードラゴン〉のHPは全て0になった。
邪竜は断末魔の叫び声と共に、光の粒子になって消えると、地面に着地したソラは強制的に硬直時間に入る。
全て倒し終える事で、緊急クエスト〈エウクレイアの危機〉の達成が表示されて経験値が入った。
オレのレベルは、そのタイミングで50から51に上がる。
しばらくして硬直時間が終わり、立ち上がるとソラは周囲を警戒する二人に、向き直った。
「街を襲撃してきたレッサードラゴンは、亜種も含めて、これで全部だな」
「おつかれさま!」
「この短時間で、たった三人しかいないのに亜種も含めて21体も倒せるなんて、流石に驚きだわ」
「ソラと一緒だと、いつもこんな感じだよ?」
「……な、なるほどね。アリアが色々と驚くことになると言ってた意味が、なんだか分かったわ」
そう言って苦笑するアリス。
彼女の視線には尊敬と畏怖、両方が込められている様な気がする。
反応するのは面倒なので、アリスの視線を無視すると、ソラは先程の戦闘中に感じた違和感を口にした。
「……それにしても、妙だったな」
「妙?」
「ああ、レッサードラゴン達の行動が、獲物を探しているというよりは、何かを探しているような感じだった」
「モンスターが、探しもの?」
「その証拠に今倒した全ての〈レッサードラゴン〉達は、建物や屋台には目もくれず、通路に落とした何かを探すみたいにうろうろしてたんだ」
「確かに、それは変ね」
「もしかしたら〈オルタ・レッサードラゴン〉の出現とかにも関係しているのかもしれないな」
そこまで言って、ソラは歩き出す。
だが向かう場所は、馬車のある方角ではない。
ソラは胸中で、
……さて、吉と出るか凶と出るか。
と、呟いて。
万が一でも逃げられてはいけないので、二人には説明しないで気配を殺して歩く。
ソラは視線を人のいない屋台に向けると、そのままゆっくりと歩み続け。
その行動にクロとアリスは、首を傾げて、同じように慎重になって後ろに付いて来た。
少しして、ソラは歩みを止める。
屋台までの距離は、およそ5メートル。
この距離なら、何が起きても対応できるか。
オレは二人に視線を向けた後に、再び屋台に視線を送ると。
「そこに隠れてる奴、そろそろ姿を現したらどうだ?」
「……っ!?」
見つかっているとは、思っていなかったのだろう。
ビクッ、と〈感知Ⅱ〉スキル内にいる子供のようなシルエットが、驚いたような反応をする。
しかし、出てくる様子はない。
仕方ないので、ソラは警戒しながら屋台に向かって更に足を進める。
屋台の裏に隠れている人物は、動く気配はないようだ。
スキルで見ている限りでは、武器などを持っているようには見えない。
ということは、武装しているのは不味いかもしれないな、とソラは思った。
画面を開いて、手にしている武器の装備を解除。
ソラは屋台の側まで歩み寄ると、怯えて隠れる人物を怖がらせないように慎重に顔を覗かせる。
するとそこには、まだ小学校低学年くらいの小さな少女がいた。
髪は真紅で瞳は金色、肌は小麦色で真っ赤なワンピースを身に纏っている。
何よりも特徴的なのは、竜人族特有の頭部から生えている二本の角と臀部あたりから生えている爬虫類みたいな尻尾だろうか。
竜人族の子供がなんで一人でこんな所に。
もしかしたら逃げ遅れたのか、と普通なら思うところだがオレの〈洞察Ⅱ〉は彼女が普通ではないことを知らせる。
情報が一切“視る事ができない”のだ。
分かるのは唯一つ、見た目から彼女が竜人族の女の子であるという事だけ。
屋台の隅っこの方で縮こまっていた少女は、いつまでも自分が襲われない事を不思議に思ったのか、目尻に涙を浮かべながらもこちらに視線を向けた。
「……ぁ」
不意に何かに気がついたような顔をすると、彼女は目を大きく見開き、逆にソラをジッと見つめてくる。
「るしふぇる……さま?」
少女の口から出てきたのは、このゲーム内でNPC達が何度も自分を見て口にする天使長の名だった。
その一言で我に返ったオレは、一度だけ深呼吸をして少しだけ緊張していた気持ちを吐き出す。
自分を見てルシフェルという言葉が出てくるという事は、やはりイベントキャラクターの可能性が高い。
聞きたいことは色々あるけど、こんな幼い少女が一人とは考えにくいので、先ずは一つだけ確認の為に質問をしてみた。
「キミは、逃げ遅れたのかな。お父さんかお母さんは一緒じゃないのか?」
ソラの質問に対して、少女は首を横に振って否定。
逆に不思議そうな顔をすると、予想していなかった答えを返してきた。
「おとうさんとおかあさんってなに?」
「え、ちょっと待って、キミは……」
「迷子、じゃないの?」
「何やら、ただ事じゃないみたいね」
衝撃的な発言に対して、困惑するソラ達。
少女は周囲を警戒しながら屋台の裏から出てくると、服についた砂ぼこりを軽く払って、こう言った。
「サタナスが起きたときは、知らないお姉さんがいっしょにいてくれてた。だけど、ここで別れてからはひとりだよ」
まだ十代にも満たない少女の言葉に、オレは絶句した。
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