第85話「理解者」
事実は小説より奇なり、という有名なことわざがある。
現実の世界で実際に起こる出来事は、空想によって書かれた小説よりもかえって不思議であるという意味で、 イギリスの詩人の作品中の一節から生まれた表現だ。
この状況を表現するのに、その言葉は正にピッタリだと言えるだろう。
ゲームの呪いで黒髪の高校男子から、白銀の髪と碧眼のロシア系の少女になった自分。
まさかハトコの少女が、そんな現在の自分に瓜二つの容姿をしているなんて奇跡が、果たしてあるのだろうか。
冷静になって思い出せば〈アストラルオンライン〉というゲームは、プレイヤーキャラクターをメイクする時のカラー選択に、白銀や白といった色が存在しない。
だから黒髪黒目のキャラを使用していた
しかし思い返してみれば、ヒントはあった。
初めて彼女の父親であるハルトと出会った時、彼は一瞬だけオレを黎乃と見間違えていた。
あの時は、意味が全くわからなかったけど、娘が銀髪碧眼の少女だから彼は見間違えたのか。
蒼空は一人納得すると、用意した麦茶のコップを手に取り、中身を傾けて一口飲む。
「ふぅ……」
驚きすぎて、色んな感情が渦巻いていたオレの頭の中は、リヴァイアサン戦の時とは比較にならない程に混乱している。
しかもトドメと言わんばかりに、最後には詩乃から「やはり呪いの影響を受けていたか」とオレの現状を理解した一言。
予想すらしていない言葉をかけられて、緊張していた蒼空の心中は、驚きやら嬉しさやらが入り混じってもうメチャクチャだ。
オマケに黎乃も今のオレを「どんな姿でも、蒼空が好き」と受け入れてくれた。
お陰様で、どんな顔をしたら良いのか分からなくなり、蒼空は泣くのを堪えている歪な表情になった。
ソファーに腰掛けて、オレは隣りにいる詩織を
次にテーブルを挟んで、向かい側に座る
詩乃は5年前よりも大人になって、実に
例えるのなら、仕事のできるクール系のかっこいいお姉さんという感じか。
一方で隣りにいる白銀と碧眼の少女は、男子の服装を貫いているオレとは違い、キチンと女の子の服装をしている。
黒いシャツワンピースは、彼女の長い白銀の髪をより際立たせる立役者。
麦わら帽子で顔を隠しながらも、恥ずかしそうに時折こちらを覗き見るのは、小動物っぽくて守ってあげたくなる印象を相手に与えるだろう。
中身が男子のオレとは、全く違う。
文字通り、物語から出てきたような美少女だ。
ハッキリ言って可愛すぎないか?
心の中でそう思っていると、詩乃が場を仕切り、先ずは自己紹介をする事となった。
詩乃はリアルで全員と面識があるけど、オレ達兄妹と黎乃は初見だ。
最初に詩織が凛とした自己紹介をして、次に黎乃が恥ずかしそうに自己紹介をすると、すぐに顔を麦わら帽子で隠してしまう。
最後にオレが「魔王の呪いで女の子になってるけど、本当は男だ」と我ながら意味不明な自己紹介を済ませてソファーに座る。
そのタイミングで、詩乃がため息を吐いて、蒼空を見据えた。
「
瞳を閉じて、ソファーの背もたれに見を預ける詩乃。
その言葉には、蒼空の事を心配する感情が込められている。
「まったく、バカ者が」
彼女は口元に微笑を浮かべて、柔らかい物腰で不出来な弟子を叱った。
「引っ越してこなければオマエは、ずっと私達に黙っているつもりだったな」
「す、すみません……」
「周りを頼ろうとしないで一人で抱えるのは、オマエの昔からの悪いクセだ。その様子だ、両親や親友にも身体の事を話してないんだろ」
実にオレの事を理解しておられる。
ぐうの音も出ない指摘に、蒼空は頷いた。
「はい、おっしゃる通りです……」
「あの人達には、後から私が連絡を入れておく。もちろんパニックになって事故を起こされても困るから、私が側で守る事を添えてな」
「師匠、ありがとうございます」
「夏休みが終われば、嫌でも顔を合さないといけないんだ。親友に関しては、自分で今月中に話をするんだ。良いな?」
相変わらず話しの持って行き方が上手い、と蒼空は思った。
一番面倒なところを引き受けて、それでいてオレが自分でやらないといけない事は、強要するのではなく事実を並べる事で
蒼空は深く頷くと、真っ直ぐに詩乃を見据えた。
「……分かった。必ず真司と志郎には、オレの口から身体の事を伝えるよ」
「うん、それでこそ私の弟子だ」
彼女は立ち上がると、ゆっくり歩み寄り、蒼空の頭をそっと撫で下ろす。
ああ、昔と変わらないなと思った。
やらかして落ち込んだオレに対して、彼女はいつも真剣に相談に乗ってくれて、最後にはこうやって頭を撫でてくれる。
厳しくも優しい師匠の手の温もりを、溢れそうになる涙を我慢して、蒼空は受け入れた。
しばらくして、落ち着いたオレは深呼吸を一つ。
隣に立つ詩乃と、未だに麦わら帽子で顔を隠している黎乃の二人に対して、視線を向けると。
「師匠と黎乃には、今から話さないといけないことがあるんだ」
徐(おもむろ)に話を切り出して、昨日あったばかりの事を口にした。
病院で身体の検査を受けたが、身体には何の異常も今の所見つからなかった事。
女性として正常に機能しているらしく、
その後に自称神様、エル・オーラムと出会い、そこで〈アストラルオンライン〉に囚われているハルト達〈ベータテスター〉を救う条件を引き出せた事。
全てを聞いた詩乃は真剣な顔になり、黎乃は父親と母親を救う方法が見つかった事に、泣きそうな顔になる。
「そら、ありがとう……」
「黎乃、まだ確実に助かるって確証はないんだ。お礼を言うのはハルトさん達を助けて〈アストラルオンライン〉をクリアしてからにしてくれ」
「ゔん……でも、パパとママを助けられる、かのうせいが、あるなら……」
それだけで、十分だと。
言葉にすると耐えられなくなり、黎乃はポロポロと涙を溢れさせる。
美少女が泣くと、こんなにも絵になるものなのか。
しかし、オレは泣いている姿よりも、黎乃には笑顔でいて欲しい。
蒼空は無言で立ち上がり、黎乃に歩み寄ると、先程自分が詩乃にして貰ったのと同じように彼女の頭をなでた。
すると黎乃は、オレのお腹辺りにしがみついて、涙でぐしゃぐしゃになった顔を埋める。
そんな彼女を優しく受け入れてあげると、いつの間にか真横に移動していた詩乃がこう言った。
「黎乃が泣くのも無理はない。この半年間は、何の手掛かりも得られなかったんだからな。それがこの一週間の内に父親と会うことができて、オマケに助ける方法まで見つかったんだ。これはもう、奇跡としか言いようがないだろう」
「もちろん、お兄ちゃんだけにカッコつけさせないわ。みんなで協力して、自称神様の条件ってやつをクリアしましょう」
黎乃の後ろに回り、彼女の両肩に手を置いた詩織が笑顔で言う。
詩乃は、深く頷いてみせた。
「ここにいる私達だけではない。一緒に日本にやってきた〈戦乙女(ヴァルキュリア)〉のメンバー達にもこの事を伝えて、精鋭でこの難関に挑もうじゃないか」
「師匠のチームが加わってくれるなら、百人力だな!」
プロゲーマーのチーム〈戦乙女〉は、グレンの率いてた部隊とは別に、リヴァイアサン戦の時にジェネラルを2体も受け持っていた強者達だ。
彼女達が協力してくれるのなら、これほど心強い事はない。
蒼空は、詩乃と詩織と視線を合わせて頷く。
これで、やるべき事は決まった。
アストラルオンラインの攻略を進めながら、あの世界で囚われているベータテスター達を救出する。
そして、魔王を倒して全てを取り戻す。
オレ達は方針を決めると、今後の活動について話し合う事にした。
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