第86話「二人の白銀少女」
「どうしてこうなった……」
今後の方針が決まり、お昼という事で今日は外に出て、イタリアンパスタで有名な店で昼食を済ませた蒼空達。
帰ったら直ぐに〈アストラルオンライン〉をやろうと蒼空が思っていたら、詩織の提案でそこから複合商業施設ネオンで、洋服店巡りをする事になった。
目的は今の身体には一回り大きい服しか持っていない、オレの服を買う事。
そんな物は必要ないから帰って〈アストラルオンライン〉をやらせてくれと主張したが、それは詩織と詩乃の二人によって無慈悲にも却下された。
唯一の味方になろうとしてくれた
3対1という圧倒的な票差によって負けた蒼空は、ムスッとした顔で、先導する詩織と詩乃の後ろをついていく。
〈アストラルオンライン〉で歩くのと同じように、隣にいる黎乃は少し申し訳無さそうな顔をした。
「ごめんね、蒼空……」
「黎乃ちゃんが謝る必要はないわ。お兄ちゃんは面倒くさがりなんだから、これくらい強引にしないといつまでも動かないの」
「ああ、いつもの恒例行事って奴だな。基本的に蒼空は外に自主的に出ようとはしないから、こうやって私達が連れ回すんだ」
「ほっとくと、お兄ちゃんずっと仮想世界に閉じこもっちゃうからね」
「規則正しいVRゲーム生活の基本は、ちゃんと1から教えた筈なんだがな。実力は文句なしなのに、どうしてこうなったのやら」
二人から、実に散々な言われようである。
自分にとっていらない事を取り除き、親友とも必要最低限の付き合いをしてきた結果がこれだ。
家事はちゃんと手伝いをしているし、別に問題はないと思うのだが。
蒼空は「むー」と不満げな声をもらすと、二人に苦し紛れの反撃をした。
「い、今は服とか規則正しい生活よりも、アストラルオンラインの攻略の方が、一番大事だろ?」
すると二人は、ギロリと効果音が出そうな鋭い目つきをしてオレを睨みつける。
肌を突き刺すような視線を一身に浴びた蒼空は、思わず足を止めて、後ろに一歩だけ退いてしまう。
詩織と詩乃の二人は、そんな彼を見て呆れた顔をした。
「確かに攻略は大事だけど、いつまでもそんなだらしない格好でいるのは許さないわ」
「少し前かがみになっただけで、腕一本入りそうな空洞ができるのは、流石にどうかと思うぞ。スポーツブラとか丸見えじゃないか」
「べ、べべべべ別に、外に出たりなんかしないし……」
「ふーん、お兄ちゃん。今後は黎乃ちゃんのお誘いを、ずっと断るつもりなんだ」
「せっかく引っ越してきたのに、すまないな。まさか弟子が、こんなにもダメ人間になっているとは思わなかった……」
「──そ、その言い方は、ずるいだろぉ!」
連携の取れた二人に、全く言い返せなかった蒼空は、両手の拳を握りしめてプルプルと怒りに震える。
だがここで、これ以上ない一撃がオレの心を撃ち抜いた。
「攻略の方が大事だからね。む、無理しなくて良いんだよ?」
視界に入ったのは、隣で少しだけ寂しさを感じさせる笑顔を浮かべる黎乃の姿。
正論を並べて来る二人よりも、よっぽど胸を締め付けられるような痛みを感じた。
大切なパートナーである彼女を、少しでも悲しませるなんて事は、今のオレにとっては最も許されないタブーだ。
だから蒼空は、首を横に振ると慌てて黎乃に言う。
「パートナーの誘いを受けるのに、無理なんてするわけ無いだろ。今のオレにとってアスオンよりも、黎乃の方が大事だ」
「蒼空……っ」
嬉しそうな顔をした黎乃は、嬉しさのあまり蒼空の腕に抱きつく。
リアルな体温と腕に感じる感触に、オレは固まってしまい、顔が耳まで真っ赤に染まる。
先導する詩織はチラリと横目で見て、その様子に対して、実に楽しそうな笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん、それなら可愛い黎乃ちゃんの隣を堂々と歩けるように、ビシッとした服を買わなきゃいけないね」
「ああ、もう。そうだな、その通りだよ」
観念した蒼空は、ニコニコと楽しそうに笑顔を浮かべている詩織と、口元に微笑を浮かべている詩乃を指差して宣言した。
「お、女の子の格好だけは絶対にしないからな! そのラインだけは、例え天命が0になろうともオレは守るぞ!」
◆ ◆ ◆
服を選び終えた蒼空は、休憩用の長椅子に腰掛け、一人だけぐったりした。
なんで疲れ果てているのかと言うと、その理由は実に単純なものである。
女性用の洋服店に踏み込んだ、中身は男子高校生である自分こと、上條蒼空。
目のやり場に困る程に、面積が少ない女性用の下着とかが並んでいるコーナーとか。
詩織が一々、フリルがいっぱい付いている洋服とか、色んな可愛い服を手に寄って来るのを撃退したり。
詩乃が黎乃とお揃いの服を着せようとするのを、必死に拒絶するのに、かなり体力を消費したからだ。
アイツら、覚えてろよ……。
洋服店で唯一、オレは許容できる女性用のボクサーパンツを選び。
次に今の身体のサイズに合ったシャツとズボンを、5セットずつ選んだ。
支払いは全て社会人の詩乃がしてくれて、黎乃が選んでくれた服を蒼空はその場で着替えた。
だから今はぶかぶかの服ではなく、身体のラインに合ったピシッとした服装だ。
デザインとしては、柄物ではなく無地。
全体的に言うならば、男の子っぽい格好をした女の子って感じになっている。
新品の服独特の香りに包まれながら、蒼空が天井を見上げていると、横に腰掛けた黎乃がこちらに何かを差し出した。
「はい、蒼空」
「お、ありがとう」
それは缶ジュースだった。
気を利かせてくれた黎乃から炭酸っぽい飲み物を受け取り、蒼空はカシュッと音を鳴らしてプルタブを開けると、中身を一気に口に流し込む。
一息つくと、オレは思わずこう呟いた。
「あー、なんて良い子なんだ。これなら良いお嫁さんになれるんじゃないか」
等と大げさな表現を口にすると、黎乃が顔を真っ赤に染めた。
「ほ、ほんと?」
「ああ、ホントだよ。オレは黎乃に対しては絶対にウソはつかないぞ」
「やったぁ!」
両手に軽く握りこぶしをつくり、満面の笑顔を浮かべる黎乃。
なんて可愛い小動物なんだ。
ついホッコリしてしまう蒼空。
ちなみに詩織と詩乃の二人は、近場のランジェリーショップに入っているので、今はここにはいない(危うく連れ込まれそうになったので全力でお断りしたが)。
だから今は、二人っきりである。
蒼空は自然と真横に腰掛ける黎乃が、身を預けてくると、何も言わずに受け入れた。
その様子に周囲にいる人々からは、
『うわ、何あれ双子の外人?』
『超美少女じゃん、すっげぇ!?』
『あんな美少女にお兄ちゃんって呼ばれたい……ッ!』
『拙者はお兄様と呼ばれたいでござる!』
等と感想が聞こえてきた。
何か変なのが一部いるので、つい蒼空は黎乃の肩に手をかけると、守るように引き寄せる。
予想外のその行動に、黎乃がビクッとなり、オレの顔を凝視して何度もまばたきをした。
「そ、蒼空?」
「ああ、ごめん。なんか注目されてるみたいだから、つい……」
周囲から突き刺さる視線に、警戒する蒼空。
黎乃はキョトンとした顔をしていて、周囲から向けられる視線に、全く気づいていない様子だ。
ああ、これはオレが守ってやらなければ……。
それから詩織と詩乃を待つこと、10分ほどが経過した。
周囲には
かと言って、ここで移動すると何かが決壊して、大変な事になる気がした。
みんな今は遠巻きに見ているだけだが、キッカケがあれば一気に距離を詰めてくるだろう。
そう思った矢先の事。
「「──ッ!!?」」
ズシンッと、一瞬だけ凄まじい揺れが起きて、蒼空と黎乃はバランスを崩しそうになる。
幸いな事に椅子に座っていたので、二人が転倒することは無かった。
しかし周囲では転倒した人達が続出して、何事かと大騒ぎだ。
喧騒に包まれる、ショッピングモール。
すると誰かが、聞き捨てならない大声を上げた。
「お、おい、アレ何だよッ!?」
視線をそちらに向けると、一人の転落防止用の手すりから身を乗り出し、海がある方角を指差して、顔を真っ青にしている。
蒼空は黎乃を連れて手すりに近づき、彼が指差している方角を見た。
「マジかよ……」
「蒼空、アレって……」
それを見た二人は、絶句した。
何故ならば、遠くに見えるソレは〈アストラルオンライン〉をプレイした者なら誰もが一度は目にする。
天まで届く巨大な世界樹〈ユグドラシル〉だった。
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