第82話「VRジャーナリスト再び」

 どうやら〈グレータードラゴン〉はレッサー達のリーダー的存在だったらしく、倒した事で各地にいるドラゴン達にデバフが入って、一気に弱体化した。


 そうなると後は消化試合といった感じになり、各地の冒険者達がドラゴン達を撃破するまでに、時間は数十分も掛からなかった。


 ソラ達は無事に緊急クエストを達成すると、後からやってきた全身鎧装備の〈ヘファイストス王国〉の兵隊を率いる団長から、お礼として経験値とエルを20万ほど貰う。


 もう少しレアなアイテム等の報酬が欲しかったけど、〈グレータードラゴン〉からドロップした、フォール鉱石20個で我慢するべきか。


 これだけあれば、またキリエに頼んで+1くらいなら、確定で武器の強化が出来るだろう。


 次は荷重を+1してもらおうかな、と思っていると、シンとロウが何やらメニュー画面を開いて顔を青ざめる。


 どうやらメッセージが来ているようだが、ここのところ二人を呼び出す人物は一人しかいない。


「げ、アイツから呼び出し来てるぞ」


「お断りしたいところですけど、したらしたで後々が面倒なので大人しく従いましょうか」


「またヨルか?」


 ソラが尋ねると、二人は苦々しい顔をして頷いた。


 ヨルとは妹のシオが所属する〈宵闇よいやみの狩人〉の団長であり、3年前にスカイファンタジーでオレ達のリーダーをしていた、女装好きの少年だ。


 どうやら未だに精霊の森に入り浸っているらしく、新しいマップが解禁されてからも、シンとロウはこうやって呼び出されて何かを手伝わされている。


 内容はオレには秘密らしく、聞いても面白い事じゃないからと言って未だに教えてもらっていない。


 というわけで、二人とは此処でお別れとなる。

 パーティーを解除すると、シンとロウは実に申し訳無さそうな顔をして、オレに謝罪をした。


「ごめんな、ソラ。また今度一緒に冒険に行こう」


「すみません。森から戻ってきたら、メッセージを飛ばしますので」


「ああ、気にすんな。ヨルのやる事に意味のない事は、……多分ないからな。オレの力が必要になったときは呼んでくれ」


 頭を下げて、大広場の転移門から精霊の村に移動するシンとロウ。


 その姿を見送ると、ソラはやれやれと肩をすくめる。


 もう少し一緒に遊びたかったが、ヨルの呼び出しを無視すると、後で何をされるのか分からないので仕方がない。


 オレは新しい相棒を試すことができて、オマケに親友二人と久しぶりに採掘したりドラゴン相手に共闘する事が出来て、今日のところは大満足している。


 メニュー画面を開いて、リアルの方の時刻を確認するソラ。


 現在は、夜の22時。


 ログアウトして、明日のシノとクロとのリアル対面に備えて、寝るのも良いか。


 そう思ってログアウトボタンを押そうとすると、背後から誰かが接近して来るのに気がついた。


 常に周囲五メートル以内は〈感知Ⅱ〉のスキルを展開させているオレ。


 直接見なくても、相手がどんな動作で、どんな速度と角度でやって来るのか、全て事細かく把握する事ができる。


 振り向く必要は無い。


 タイミングを測り、掴まる直前に補助スキル〈ソニックステップ〉を発動させて、残像を残しながら横に跳ぶ。


 背後から接近していた人物は、急に目的の人物を見失って盛大に空振り。


 地面に向かって顔面から、見事なスライディングをする。


 実に痛そうなアレだが、ピンク色多めのポップな格好をしたその人物。自称VRジャーナリストことリンネは、すぐに起き上がると涙目でソラに抗議をしてきた。


「よけるなんて、ソラ君ひどいです!」


「は? 人のインタビューを勝手に変えて載せるような奴には、言われたくないセリフだな」


 こめかみに青筋を浮かべたソラは、相手の容姿が例え十代前半の少女だろうが、一切の容赦はしない。


 以前に彼女の記事が原因で、他の冒険者達から、王都ユグドラシルを追いかけ回された事。


 その時の恨みと憎しみを込めて、ソラは彼女の顔面を鷲掴わしづかみすると、本気でレベル50の腕力を発揮。


 眼の前の迷惑娘の頭を握りつぶさんと、ミシミシと嫌な音を立てながら、指に力を込め続ける。


「痛たたたたたたたたッ!?」


「ふふふ、ダメージは発生しないけど痛いだろ。痛すぎるとセーフティが働くんだけど、これくらいなら作動しないのがポイントだな」


「あの件はほんとうにごめんなさいぃ! インパクトが欲しくて、やってしまいました! あやまりますぅ、あやまりますから許してくださぃぃ」


 ドス黒いオーラを放ちながら指に力を込め続けるソラに、流石のリンネも涙目で謝罪する。


 まぁ、正直なところあの件で王都を脱出したおかげで、精霊の森に入ることができたと言っても過言ではない。


 一言だけ謝罪して貰えたら許すつもりではあったので、ソラは苦笑して指の力を緩めると、涙目のリンネを開放してあげる。


 開放された彼女は脱力して、ペタンと地面に尻もちをついた。


「まったく、次やったらなわしばって、一時間全力で国中を引きずり回してやるからな」


「……ソラ君って、怒ると怖いんですね」


「オマエだけは怒らせたくないとは、周りから良く言われるよ。あんまり怒ったことないけど」


「わ、わたくしも、今後は気をつける事にします……」


 先程のアイアンクローが余程トラウマになったのか、リンネは顔を両手でおさえてブルブルと震える。


 ソラはため息を一つ吐くと、彼女に手を差し伸べた。


「まったく、それでなんで剣姫ケンキ様からソラ君呼びになってるんだ」


「……それは、ソラ君が元は男の子だって、知ってしまったからです」


「ああ、そういやトップ層の奴らは、全員オレが男だって知ってたな」


 以前に戦ったレイドボス〈リヴァイアサン〉戦の時に、男の姿で現れて戦ったソラ。

 

 丁度ボスを倒したタイミングで女の子の姿に戻り、その姿を前線にいた多数の〈ヘルアンドヘブン〉と〈宵闇の狩人〉のメンバーに目撃された以降。


 シノとシオから事情を説明されて、トップ層のプレイヤー達は、オレが魔王の呪いで女の子の姿になっている事を知っている。


「VRジャーナリストたるもの、欲しい情報を得る為には強くないといけませんからね、わたくしも〈リヴァイアサン〉戦に参加できる程度には強いんですよ?」


「レベル40か、リンネのくせにレベル高いじゃないか」


 オマケに職業は〈忍者〉。


 このゲームのトッププレイヤー達は、騎士と魔術師と僧侶の3職しか見かけないので、なんかそれ以外の職業を見ると新鮮に感じる。


 忍者っていうと隠密か、……ゔゔ、クソゲーの忌々しい記憶で脳がきしむ……ッ!


 ソラが一人〈心眼の忍〉を思い出してガクガク震えていると、リンネは深いため息を吐いた。

 

「まぁ、いくらレベル上げて隠密性を高めても、ソラ君にはかないませんよ。さっきの背後から姿を消して飛びついたのを、まさか一度も見ないで完璧に避けられるとは、わたくしも思いませんでした」


「ふーん、忍者って姿消せるのか。それは面白いな」


 と言ってもオレが所有している、補助スキル〈感知Ⅱ〉の前では無意味っぽいが。


「それで、リンネは何しにオレの前に現れたんだ?」


「もちろん取材です。色々とお話を聞かせてくれると凄く助かります」


「よし、ログアウトするか」


 そう言ってメニュー画面を開くと、リンネは慌ててソラの腰辺りにしがみついた。


「ちょ、ちょっと待って下さいよぉ! この一週間の冒険譚ぼうけんたんをちょっとだけ、ちょっとだけ聞かせてくれるだけで良いですからぁ!」


「えー、悪いけど、オマエノコトハ基本的ニ信用シテイナインダ」


「ああ、大きな生ゴミを見るような目をしています。でもそんなソラ君も、最高に良い!」


 何やら身悶えて、恍惚な表情を浮かべるリンネ。


 ハッキリ言って、気持ち悪い。


 ドMしか攻略対象がいない学生恋愛シュミレーションゲーム、通称〈えむ恋〉を思い出すような喜びっぷりだ。


 アレも実に酷いゲームであった。


 全会話の選択肢で、少しでも攻略対象の好みの攻めが出来なかった時点で、バッドエンドに直行するのだ。


 オマケにモブキャラや教師までドMで、最後までドMたっぷりに胸焼けしたのは、今でも忘れられない思い出。


 ソラは素早くメニュー画面を操作すると、


「そんじゃ、またな」


 この場から逃れる為にログアウトして、光の粒子になって消える。


 一人残されたリンネは、しがみついていた相手を失い、前のめりに地面に倒れた。


 彼女は悔しそうな顔をすると、天に向かって吠える。


「つ、次会ったら、ちゃんと色々と聞かせてもらいますからねッ!」


 この後リンネは、Yes剣姫、Noタッチを掲げる〈剣姫応援団〉によって追いかけ回される事になるのを、まだ知る由もなかった。


 

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