第80話「レッサードラゴン襲撃」
〈
基本的には一般公開はされていないので、冒険者達で見たことがある者は、未だに一人もいない。
そんなものがターゲットになる辺り、この緊急クエストを終えたら何かが起きそうな気がする。
グレンは予感を胸に懐きつつ、真紅の片手直剣を手に、スキルショップで取得した水属性の強斬撃〈アイス・スラント〉を発動。
相対していたドラゴンの首を両断して、クリティカルダメージを与えると残っていた2割程のHPが0になる。
光の粒子となって、霧散するドラゴン。
少しの硬直の後に立ち上がった彼は、深いため息を吐いた。
「ふぅ……まったく」
間が悪いというのは、こういう事を言うのだろう。
〈ヘルアンドヘブン〉のメインメンバーの殆どは、アメリカから日本に引っ越しする作業で現在はログインしていない。
それに加えて〈
動ける少数の精鋭達を率いて〈ヘルアンドヘブン〉の副団長であるグレンは、野良でやる気のある者達と共に、次の漆黒の邪竜に向かって駆け出した。
「うおおおおおおおおッ!」
盾を構えた三人の騎士が敵の爪による攻撃を受け止め、その場に踏ん張って弾き返す。
弾いた事で生じた敵の僅かな硬直状態を見逃さずに、横から飛び出したグレンと二人の剣士が〈ソニックソードⅢ〉を発動。
高く跳躍して、全長7メートル近い巨体の胴体を、時間差で交差するように三人のの斬撃が斜線を描く。
『グギャア!?』
ドラゴンは苦痛の鳴き声を上げて、翼を羽ばたかせて上空に退避。
今の攻撃でHPはゴリッと減り、ドラゴンの耐久値が残り6割程になる。
「あと半分と少しですか」
息を吐き出し、グレンは改めて自分達が相対している敵の姿を睨みつけた。
太い手足と長い尻尾、自身の身体よりも大きな翼を持ち、その顔は恐竜のように
分かりやすくいうのならば、フォルムはファンタジーゲームのテンプレのような感じのドラゴンで、全身の色は漆黒で統一されていた。
名は〈レッサードラゴン〉。
大きな翼を羽ばたかせて距離を取ると、ドラゴンは空中から此方を睨みつけた。
HPが残り半分だからといって、レイドボスや中ボスみたいに、大技の攻撃スキルを使用して来ない事は分かっている。
これで〈レッサードラゴン〉との戦闘は二回目。
他のメンバー達も先程の一戦で慣れたのか、交代して次の攻撃を〈挑発〉でターゲットを引き受けた騎士隊が盾で防御。
別の冒険者が前に出て、槍や刀を手にスキルの一撃を入れる。
ドラゴンのHPは、残り4割になった。
うん、安定して削れますね。
あの図体は〈リヴァイアサン〉に比べれば小さいものだが、一番の問題はその個体数だろう。
〈ヘファイストス王国〉の各地に散らばっている、クランメンバー達からの報告。
それを全て合計すると、邪竜の数は最低でも50体はいる事になる。
唯一の救いは、HPが中ボスクラスの二本ではなく、一本である事か。
「このまま押し切ります。ブレスにだけ気をつけて下さい」
「了解!」
急造のパーティーだが、騎士職人のプレイヤーを三人ずつ編成したのが4組もいれば、Tシフトを回すことはできる。
すると〈レッサードラゴン〉が急に高度を上げて、上空で突撃する姿勢を取った。
先程の個体では、見ることの無かった上空からの攻撃。
危険を察知したグレンは、騎士隊に注意を呼びかけた。
「ドラゴンが降下して来ます、全隊回避行動を!」
急降下してきたドラゴンは、超高速の弾丸となって、大きな右手の爪〈ドラゴンクロー〉を振り下ろす。
狙いは先程〈挑発〉を発動させた騎士隊だ。
回避できないと判断した彼等は、とっさに盾に強化と一度だけダメージを半減する〈ファランクス〉を重ねがけして、その爪を真正面から盾で受ける。
激しい衝撃音。
受けた騎士隊が空中からダイブしてきた巨大な質量に押されて、踏ん張るものの後方に弾き飛ばされた。
ダメージは、ファランクスを使用したというのに、レベル40の騎士達が一気に3割も削られる程。
地面に背中から落ちたことで、彼等は一時的なレベル1のスタン状態に陥った。
更に追撃を入れようとするレッサードラゴンの姿を見て、グレンはすぐにスキル〈挑発〉を発動。
ドラゴンの視線を、強引に自分に向けさせる。
「今の内に、体勢を立て直して下さい!」
指示を出して、グレンは自分を狙うドラゴンと相対する。
横の薙ぎ払いを、とっさに盾で防御。
後方に大きく弾き飛ばされるが、何とか転倒しないように踏み止まる。
すると、ドラゴンが高速で反転。
あのモーションから繰り出される攻撃は、考える限り一つしかない。
「後ろに跳んでください!」
呼び掛けると、歴戦の冒険者達はすぐに反応してバックステップをする。
その一瞬で鋭い尻尾が、横からグレン達を纏めて殴り飛ばさんと、眼の前を物凄い速度で通過した。
テイルアタックを空振った事で、ドラゴンの姿勢が僅かに崩れる。
隙きを見つけたグレンは、全員に叫んだ。
「今です、フルアタック!」
ドラゴンが苦し紛れに放つ炎のブレスを盾で受けて、一気に接近したグレン達は全員で武器を手に、渾身のスキルを次々に叩き込む。
高ランクプレイヤー達の怒涛の攻撃を受けて、HPが0になったレッサードラゴンは、光の粒子となって散った。
二体目を処理したグレン達は、周辺で他の冒険者達がドラゴンと戦っているのを確認すると、少し休憩を入れることにする。
「副団長、他の隊も上手くやってるみたいです。この調子なら、城まで攻め込まれることは無さそうですね」
「油断は大敵です、優勢だからと気を緩めないでください。何事においても気を緩めた時点で、流れは変わるのですから」
「団長と同じ事イッテーラ」
「グレン君、分かりやすいくらい団長の事が好きだもんな」
「え? ヘルヘブの副団長って団長にマジラブなの?」
「ちょ、野良の方もいるんですから変な事を言わないで下さいッ!」
グレンが注意すると、普段はクールなその顔が真っ赤に染まっている事に、全員が笑う。
そんな時であった。
男性プロゲーマーとして、長く対戦ゲームで培われた彼の直感が、不意に上空から強烈な殺気を感じ取る。
声を出す時間はない。
一刻も早く、この場から退避しなければ。
とっさに選択できたのは、ファランクスを使用して、その場から飛び退る事だけ。
反応できたのは〈ヘルアンドヘブン〉の第一級冒険者であるグレンと数名だけ。
大きく後ろに跳ぶと同時に、天から灼熱の火柱が地面に突き刺さり、反応出来なかった仲間達を一人残らず飲み込んだ。
生き残った者は、誰一人としていない。
火柱を受けた時点でHPは半分削られ、そこから継続ダメージで、彼等は一気に残っていた半分を削りきられた。
眼の前で起きた衝撃的な光景に、グレンは背筋が凍る。
レベル40を瞬殺する火力だと……!?
彼等のレベルや防具は、全て現段階の冒険者達の中でも最高クラスのものだ。
その防御力を貫いて、HPを削り切る事ができるモンスターなんて、あの〈リヴァイアサン〉以外で聞いたことがない。
驚く彼の眼の前に、ソレは天から舞い降りた。
全長10メートルの巨体。
全身に鎧のような鱗を持ち、真紅と漆黒のツートンカラーの巨大な二枚の翼を広げる竜が、ゆっくりと降りてくる。
明らかにレッサードラゴンよりも上位種っぽいそのドラゴンの名前は〈グレータードラゴン〉。
黒紅の竜は離れた位置で右手の爪を構えると、グレンに向かって一閃。
一体何を、と油断した彼に放たれたのは、このゲームで初めて見る飛ぶ斬撃。
空気を切り裂きながら、放たれた三日月状の斬撃〈クレセント・フリーゲン〉。
初見の技に油断していたグレンは、反応が遅れてしまう。
マズイ、防御が間に合わな──
刃がグレンの身体を両断する寸前、
白銀の少女が、眼の前に舞い降りた。
彼女が手にしているのは、自身の髪と同じ輝きを放つ剣。
下段に構えた剣に〈ソードガードⅣ〉を発動させた少女は、タイミングを見て刃を逆袈裟斬りに放つ。
〈グレータードラゴン〉が放った斬撃は、横から強烈な一撃を受けて、その進路を大きく変更した。
そのまま、上空に消える三日月の斬撃。
少女は振り返ると、口元に微笑を浮かべてグレンに言った。
「お、危ないところだったな。悪いけどアイツは、オレ達が貰うぞ」
「そ、ソラ君……」
左右に並び立つのは、〈アストラルオンライン〉屈指のトップクラスとまで称されるようになった槍使いの魔術師と、比類なき盾の騎士。
そして中央に立つのは、呪いによって性別が変わってしまった〈アストラルオンライン〉最強の付与魔術師である白銀の少女。
彼は白銀の剣を手にすると、強敵である竜と向き合った。
「さぁ、オマエの相手はオレ達だ」
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