第78話「鍛冶職人の炎」
工房と言ってもシンプルなもので、キリエに案内されて店の奥に行くと、そこには広い空間に
炉に火は既に点いており、専用のエフェクトなのか、七色の輝きを放つ炎が立ち上る。
次にソラの視線を釘付けにしたのは、作業部屋の壁に所狭しと飾られた、無数の刀剣達だった。
当然だが製作者は、全てキリエだ。
ランク【D+】からランク【C+】までの武器がびっしり並んでいるのは、壮観の一言しか出てこない。
武器の名前は全て〈試作品〉であり、彼女がどれだけの試行錯誤を繰り広げてきたのかが、その数から良く伝わってくる。
オレのアバターの体感気温設定はオフにしているので、鍛冶炉から発せられる熱を感じることはできない。
しかし不思議なことに、この作業部屋に込められている熱意は、肌でビリビリと感じることができる。
〈アストラルオンライン〉で初めて見る生産職の部屋を物珍しそうに眺めながら、ソラは彼女の努力の詰まった空間に圧倒された。
ここでキリエさんは、沢山の武器と防具を……。
感動している傍ら、部屋に入ったキリエは先ず〈白銀の剣〉を鞘から抜いて、天に捧げるような姿勢を取ると、ゆっくり剣を炉に乗せる。
七色の炎によって熱せられた剣は白銀に輝くと、ゆっくりとその形状を変えて長方形の白銀のインゴットになった。
彼女は鍛冶職人専用の手袋を装備して、インゴットを取り出す。
そしてソラに、差し出して見せた。
「これが、アンタがこの一週間で歩んできた〈アストラルオンライン〉で戦い続けた相棒の魂だ」
彼女の手にあるのは、白銀のインゴットで、傾けることでその色を翡翠色に変える不思議な金属。
名前は〈セカンド・インゴット〉と表記されていて、レアリティはオレの洞察スキルをもってしても【不明】だった。
見たところ、鉄や鋼ではない。
色だけで考えるのならば【銀】っぽいが、ファンタジーゲームの金属では、実物の物から架空の物まで出てくる。
普通に考えると、この〈セカンド・インゴット〉というのは、存在しないタイプの金属なのだろう。
ソラは、このゲームで初めて見る武器の核となるインゴットを見て、胸中で思った。
とても綺麗だな、と。
「きっとこのインゴットなら、アタシはアスオン初のBランク武器に届くと思う。……今から武器作成の段階に入るけど、他に追加で使う素材はないかい?」
「それなら、あります」
キリエの問い掛けに即答して、ソラは一つの金属を取り出す。
受け取った彼女は、それを見て目を大きく見開いた。
「これは、ま……〈魔鉄〉じゃないか!」
「今回の為に、シンとロウが協力してくれて、入手する事ができました」
「はぁ……まったくアンタ達は、ほんと規格外な事ばかりするね」
右手の親指を天に突き立て、ドヤ顔をする親友二人を見て、キリエは呆れ顔になった。
しばらく頭を冷やすように、顔を伏せた彼女は、フッと笑みをこぼす。
「でも、そうだね。これなら確実にアタシの最高傑作を作れる……いや、作ってみせようじゃないか!」
職人の顔になったキリエは、二つの現段階で最高クラスの金属を手に、鍛冶炉に向き合う。
そして最新の注意を払って、鍛冶炉の中に二つの素材を入れた。
素材は熱せられ、しばらく待つと混ざり合って一つとなる。
キリエは真剣な眼差しで、一つになった素材を手袋をした手で掴み、アンビルに移す。
次に彼女は大きなトングのような道具を取り出して、アンビルに移した金属が動かないように挟んで固定。
最後に〈スミスハンマー〉を右手に装備したキリエは、しっかりと握り締め、魂を込めるように最初の一打を振り下ろす。
──キィン。
周囲に響き渡るのは、甲高い金属を打つ音。
正確にリズムを刻むように、二打目、三打目のスミスハンマーを振り下ろす一人の鍛冶職人。
その度に、美しい七色の火花が散る。
美しい光景と演奏。
だけどそんな華々しさとは裏腹に、キリエの顔は高温の金属の間近にいることで、少しだけ苦しそうに歪んでいる。
もしかしたら、自分達みたいに気温の体感設定をオフにしていないのか。
それならば、設定をオフにしたら良いじゃないかと思うが、ソラはすぐにその考えを改めた。
何故ならば、全身を焼くような熱を受けても尚、キリエの口元が笑っているから。
勝つことが困難な強敵を前にして、オレが笑って立ち向かうように。
この“熱”こそが自分の舞台なのだと言わんばかりに、休むことなく右手の槌を振り下ろす。
4、5、6、10、15、20……。
金属を打つ回数が50を越えても、振り下ろす一打に、彼女は一切気を緩める事なく魂を込め続ける。
その献身的な姿に、気がつけばソラ達は魅入られ、釘付けになっていた。
三人共、言葉を発することなく。
無言で、彼女の後ろ姿を見守る。
鍛冶職人の武器作成の仕様を、オレ達は全く知らない。
だけど、けしてシステムに頼った楽な作業ではない事は、コレを見ていたら理解できる。
固唾を呑んで、ソラは見守る。
それからキリエが作業を初めて、一時間が経過しようとしていた時だった。
「ハッ!」
これまで以上に、全身全霊を込めた一打が〈セカンド・インゴット〉に叩き込まれる。
すると白銀のインゴットは光り輝き、形が崩れると、ゆっくりと変形を始めた。
形は良く見慣れた、片手用の直剣。
白銀の光を放ちながらインゴットは、その形を長く、鋭い剣に変えていく。
「セイヤァ!」
キリエの最後の一打が、空間を震わす。
同時に眩い光が、一瞬だけ部屋の全体を照らし、何も見えなくなる。
光が徐々に収まると、鍛冶職人の眼の前には、一振りの美しい芸術品のような、白銀の輝きを放つ剣が誕生した。
アレが……。
息を呑むソラに対して、新しく生まれ変わった白銀の剣を手にしたキリエは、ゆっくりと立ち上がった。
そして手持ちのボックス内にある鞘の中から、ダークカラーをチョイスして収める。
振り返った彼女の表情は、長い戦いを勝ち抜くことに成功した職人の顔をしていた。
「ふぅ、できたぞ。…………やっぱり、とんでもない代物になったな」
差し出された剣を、両手でしっかりと受け取るソラ。
鞘から抜いて、剣身を以前と同じように見てみる。
ぱっと見は、前と変わらない白銀の光を放っていた。
だけど少し角度を変えてみると、白銀に翡翠(ヒスイ)色が混じっているのが分かる。
洞察スキルは、新しく生まれ変わった〈白銀の剣〉をこう評した。
――――――――――――――――――――――
【カテゴリー】片手直剣
【武器名】
【レアリティ】B−
【攻撃力】C+
【耐久力】B+
【重量】150
【強化可能回数】20
【必要筋力値】50
【アビリティ】未選択
【製作者】キリエ
――――――――――――――――――――――
新しく生まれ変わった相棒も、一代目と二代目と同じように耐久特化型。
オマケに新しく追加された、武器を強化できる回数は20という数字。
先代の〈白銀の剣〉が10回だったので、分かりやすく答えるのならば、強さは以前の2倍だ。
「これが、オレの新しい相棒か……」
「追加するアビリティは、後から決められるみたいだ。一度しか設定できないから、ゆっくり考えるんだね」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げて、礼を言う。
キリエは少し悩むような顔をすると、後ろ髪をかきながらオレを見た。
「料金は特殊素材の加工と、制作時間に1時間も掛かってるから、支払いは500万エルだね」
「で、デスヨネー」
金額を聞いて、思わず声が片言になってしまう。
そういえば〈魔鉄〉を加えたことによって、料金が跳ね上がるのを忘れていた。
500万エル。
今の所持しているエルは330万程度なので、後170万も足りない。
一番稼ぎの良い採掘クエストの、およそ20時間分のエルである。
こりゃ借金分を返済するのに、しばらくは地下ダンジョンで金策クエスト三昧だな。
そう思っていると、
「全額……と、言いたいところだけどね。今回も友情料金として、半額の250万エルにしてあげるよ」
「姐さん、一生付いていきます!」
ソラはその場で、お手本のような綺麗な土下座をすると、心の底からキリエに感謝した。
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