第77話「採掘の成果」


 採掘作業が終わると、ソラ達は地上に戻り道具屋に直行した。

 手に入れた〈鋼の鉱石〉と〈鉄の鉱石〉と〈良質な鉄の鉱石〉を売却することで、エルの総額は70万と過去の最高記録を更新。

 どっさりと大量の硬貨こうかが入った袋がカウンターに置かれて、ソラはそれを受け取る。

 すると所持金は330万エルまで増えて、スキルショップで110万エルも消費したというのに、たった5時間で殆ど戻ってきた。


 シンとロウに至っては、大きくプラスになっている。


 今度は違うスキルショップに行こうか話をしている二人を尻目に、ソラは再度店員の少女に向き直る。

 いつもならここで終わるところなのだが、今回は鉱石の売却だけではない。


「すみません、それと交換良いですか」


「はいさ、なにと交換するんです?」


 更にソラは、レジカウンターにアイテムボックスから取り出した大きな袋を置くと、竜人種の店員の少女に店のメニュー画面から一つのアイテム交換を申請した。


 そのアイテムの名は〈魔鉄〉。


「え、……は?」


 ウソでしょ。


 そう言わんばかりに竜人種の可愛らしい少女は、尻尾をピーンと立てて赤いつぶらな瞳を大きく見開くと、申請画面とソラの顔を交互に見る。


 やがてそれが、幻覚の類ではないことを理解すると、彼女はガタガタと震える指で画面をタッチ。


 店員の少女が申請を許可すると、カウンターにあった袋が消失した。

 同時にソラのメニュー画面に表示されていた、50個もの〈魔鉄鉱石〉の数が0になる。

 少女はカウンターの下から一つの宝箱を取り出すと、かぎを取り出して解錠かいじょうした。


「は、はい。ここ此方が、お客様のお求めの〈魔鉄〉でござい、ます……」


 開けられた宝箱の中には、虹色に輝く金属板が入っていた。

 サイズは、横20センチでたて5センチ。

 分かりやすく言うのならば、細長い長方形だろうか。

 ゆっくり両手で慎重に持ち上げてみると、見た目のわりにはズシッと重たい。


「おお、これが……」


〘マスター、紛れもなく本物の〈魔鉄〉です。今まで見てきた金属の中で、間違いなく最上位。この一つだけで、売値は500万エルは下らないでしょう〙


 500万エル!?


 やはりアビリティを付与できる希少なアイテムというのは、それだけ高価なのだ。

 サポートの〈ルシフェル〉から聞かされたソラは、微笑を浮かべて背後にいる親友の二人に振り返る。

 そして、頭を下げて礼を言った。


「二人共ありがとう、今度〈魔鉄〉チャレンジする時は絶対に協力するよ」


「おう、と言っても俺は武器を新しくしたばっかりだから、しばらくは変えないけどな」


「ボクも、装備を変えたばかりですからね。どうしても欲しくなった時は、お願いします」


 そう答えて、シンとロウは笑ってみせる。


 実はこの〈魔鉄〉に交換するための鉱石。

 三人で集めた個数を合わせる事で、ギリギリ必要数の50個に届いたのだ。


 内訳は、オレが20個、シンが16個、ロウが14個。


 流石に20分間で、交換に必要な数の50個を一人で入手するのは無理だった。


 そこで装備を新しくしたばかりであり、ソラよりも個数の少ない二人は話し合い、手持ちの〈魔鉄鉱石〉を全て渡すことにした。


 最初は断ったのだが、新しい相棒をより強くする為の足しにしてくれと、フレンド機能にある半年に一回しか使えない〈プレゼント〉を使ってまで贈られては、オレも何も言えなくなる。


 流石にここから、二人に鉱石を返すなんて失礼な事はできない。

 ありがたく今回は使わせてもらい、ソラはこうして無事に〈魔鉄〉を入手する事が出来た。

 道具屋での用事は、これで全て完了。

 三人で店を出ると、ソラはこう言った。


「それじゃ、キリエさんの店に行こうか」


 ソラ達が向かったのは、ヘファイストス王国の中央区にある大広場。


 流石に真夜中なだけあって、中央区にいる高レベルプレイヤーの人口はかなり多い。


 頭にかぶっているフードで顔を目深まで隠すと、目指すのは中央にある大きな門の形をした〈転移門(ゲート)〉。


 前回のリヴァイアサン戦が終わった後に追加された〈転移門〉は、一度行ったことがある場所なら制限無くワープさせてくれる。


「お、ソラ君じゃないか」


「最強の付与魔術師様を拝めるなんて、今日はツイてるな」


「ソラちゃん、ヤッホー! こんどパーティー組んでね!」


 オレの事を良く知っているトップクランに所属する人達が、笑顔で手を振っている。

 それに気がついて、他の全ての冒険者達の視線が、一斉にソラ達に向けられた。


 あ、ヤバい面倒な事になる。


 危険を察知したオレの予感は的中して、大勢のプレイヤー達に投じられた波紋は、またたく間に広がった。


「ソラって、アスオン最強プレイヤー?」


「え? マジマジ?」


「あの小さい子が?」


 待ち合わせしている冒険者。


 これから何をするか話し合う冒険者達。


 クエストを終えて雑談をしている冒険者達。


 彼らの興味は、全てオレに向けられる。


 急いで〈転移門〉についたソラ達は、選択画面を開くと、最短の操作で王都ユグドラシルを選択。


 淡い光に包まれると、騒ぎになる数秒前に三人の姿は〈ヘファイストス王国〉から消えた。





◆  ◆  ◆





 場所は変わり、全ての冒険者達のスタート地点である王都ユグドラシル。

 その城下町の中にある、一軒の小さな木造の店に〈ヘファイストス王国〉から転移してきたソラ達は、足を止めずに駆け込んだ。


「ふぅ、なんとか無事に着いたな」


「ここまで来たら、もう大丈夫ですね」


「ああ、そうだな」


 ホッと一息吐いて、シンとロウの言葉に頷き、ソラは周囲を見回す。


 店内は以前に来た時と変わらず、この店の主のお手製の武器や防具が、壁とかに綺麗に立て掛けられている。

 唯一変わった所を言うのならば、初心者用から中級者と上級者用の、3つのコーナーが作られている事か。

 初心者用は、大体5万エルから10万エルと大分お買い得なお値段となっている。


 安くはないが、頑張れば買うことができる。


 そういう感じだ。


 店内を見回したところ、幸いな事に自分達以外にお客さんは一人も見当たらない。

 いつもなら沢山の冒険者達が武器や防具の購入、或いはメンテナンスで一人から五人程度はいるのに、一体どうしたのだろう。


 もしかして今日は、この時間帯に事前に来ると言っていたので、先に人払いをしてくれていたのか。


 そう思っていると、店の奥から一人の赤髪の女性が姿を現した。

 レベル40の鍛冶職人スミス

 着物を身に纏い、腰には一振りの日本刀を下げているアストラルオンライン屈指の職人。

 前線で見かけないのに、一体どうやってレベルを上げているのか。

 生産職を専門とするトッププレイヤーは、確か素材集め目的でよく見かける錬金術師の女の子ですら39だったはず。


 生産職は、作成することで経験値がある程度入る仕様だ。

 まさかひたすら武器を作って、あそこまで上げたのだとしたら、彼女は一日に一体どれだけの武器や防具を作っているのか。


 視線が合うと、彼女は口元に微笑を浮かべた。


「こんばんは。他の二人は良く会うけど、ソラは久しぶりだね」


「そうですね。3日間森にいて、そこからは採掘クエストとレベリングしてましたから」


「うん、良い面構えだ。それじゃあ早速、アンタの相棒を見せてみな」


「はい」


 頷いて、ソラは腰に下げている〈白銀の剣〉を鞘ごと外すと、瞳を閉じて柄の先端に額を当てる。


 ……相棒、この一週間ありがとう。


 告げるのは、共に厳しい戦いを駆け抜けてくれた相棒に対する別れの言葉。

 耐久特化のこの剣でなかったら、ジェネラルとの戦いや、クロの父親を助ける戦いを切り抜ける事は出来なかった。


 しばらくして、この剣との思い出を自分の頭の永久保存領域に刻むと、ソラは瞳を開いてキリエに手渡す。


 両手で丁重に受け取った彼女は、剣を鞘から抜いて確かめる。

 時間にして、数分くらいか。

 以前と同じように、剣の状態を“視”たキリエは深く吸った息をゆっくりと吐き出すと、緊張した面持ちでソラに向き直った。


「アンタ、今度はヤバい大剣使いとやりあったのかい?」


「あ、やっぱりわかりますか」


「当たり前だろ。剣の経験値の7割以上は、ほとんどソイツがめてるからな」


「あ、アハハ……デスヨネー」


 つい棒読みになってしまうソラ。


 他のNPCの鍛冶職人に剣をメンテナンスに出して、これ以上の経験値を得ることは出来ないと言われた時から、察していた。


 ベータテスト時にこの世界に取り込まれてしまった、クロの父親ことハルト氏。

 呪いの鎧によって襲ってきた彼を助けるために、ソラは“レベル156”に真っ向から挑んだ。

 あの一戦によって〈白銀の剣〉の経験値は、カンストした。


 これまた口にすることができない内容に、オレは困り顔で笑う事しかできない。


 事情を知らないキリエは、その様子をジト目で見ると、半ばまで抜いた剣を鞘に戻した。


「ま、詮索するのはやめとこうか。それよりも本題に入ることにしよう」


 そう言ってキリエは扉に近づき、扉の設定を開店中から準備中に変更。

 これで店の中に、部外者が入ってくることはできない。

 振り返ると、彼女は続けてオレにこう提案した。


「ソラ、今回はアタシがアンタの剣を作る作業を見てくれないか?」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る