第75話「とある人の後日談」
喫茶店に入ると、オレ達は一番端のテーブルに案内された。
店の床は高級そうな赤いカーペットが敷き詰められていて、内装はシンプルで落ち着いた感じである。
テーブルの数は最大で八つ。
半分ほど貴族っぽい竜人種の女性達で占められており、みんな談笑しながらカップに注がれている液体を口にしている。
色からして、コーヒーっぽいが果たして中身は何なのか。
座り心地の良い椅子に腰掛けたソラは、ほっと一息ついた。
「初めて入ったけど、やっぱりすごく高そうな店だな」
呟いて、店のメニューの一覧を開いたソラは、そこに書いてある値段に思わず口の端をひくひくと痙攣(けいれん)させた。
ドラゴン
ドラゴン
ドラゴン
なんか後半二つの文字のせいで、安っぽく見えるのは、オレの気のせいか。
ニュアンスとしては、スーパーで売っている珈琲っぽい。
だがそれ以上に料理は1品10万エルを越えていて、この店でエルを使うくらいなら、スキルショップに使ったほうが絶対に良いと思う。
シンとロウもメニューを見た後に、お互いの顔を見て苦笑いした。
「たっか、マジかよこの店」
「グレンさん、本当におごりで良いんですか? これの四人分となると、飲み物代だけで軽く20万エルは行きますよ」
「ああ、問題ありません。それにガルドの件では、ご迷惑をかけましたからね。これはそれのお詫びだと思って下さい」
グレンがそう言うと、シンとロウの二人が口を閉ざして、なんとも言えない顔をした。
そしてオレの顔を見ると、何やら同情するような視線を送ってくる。
「あー、あの人か」
「まさかソラに負けた後に、あんな事になるなんて、思いもしませんでしたね」
「?」
一人だけ理解していないソラは、首を傾げる。
答えを知るグレンは、ガルドの現在の活動をオレに教えた。
「彼は自分の行いをとても反省して、うちのクランを去りました。今は〈
「うん、………うん?」
一瞬、思考が停止する。
クランを退会したという所までは理解できたが、その後の言葉を上手く聞き取る事ができなかった。
もう一度、ソラはグレンに「去った後、あの男はどうしたんだ?」と尋ねる。
するとグレンは、分かりやすく答えた。
「うちのクランを去った後に、彼はソラ君を応援するクランに所属したんです」
「どうしてそうなった……」
改めて聞いても、わけが分からない。
オレを応援するクランが存在しているのは、未だに捕まらない自称VRジャーナリスト、リンネの記事で知っている。
流石に興味のない事だったので、詳しくは読んでいなかったのだが〈剣姫応援団〉という名前なのか。
グレンは、その団がどういう活動をしているのか、オレに教えてくれた。
内容は、主に初心者の支援。
王都ユグドラシルを拠点にして、右も左も分からない彼等を親切にこのゲームで独り立ちできるまで教えてあげて、最後に分かれる際に〈白銀の剣姫〉を布教しているらしい。
やっている事は立派で褒められる事なのだが、なんだか最後の一文で全てが台無しになった。
最高のコース料理を堪能した後に、最後のデザートでクソ不味いのが出てくるレベルだ。
ちなみにその布教戦法によって、着実にソラのファンは増え続けているらしく、今は数百人もいるそうな。
まさかそんな所に、アレだけオレをインチキ扱いしていたガルドが所属する事になるとは、人生とは分からないものだ。
それを聞いたシンは、真面目な顔をしてソラを見た。
「まさか、ファンを装ったアンチなんじゃないか?」
「それは、ないんじゃないですか。彼がそんなに頭が回るような人には見えませんし」
「──ッ!?」
爽やかな笑顔で、さらっと毒を吐くロウに、思わずソラは吹き出しそうになる。
シンは気にせず「確かにそうだな」とロウの言葉に納得して、グレンはそんな様子にくすりと笑い、オレ達三人が入力した注文を決定した。
しばらくして、四人のところに珈琲と名のついた飲み物が、マグカップみたいな容器に注がれて運ばれてくる。
香りは確かに珈琲で、味も確かに珈琲だった。
口にいれた瞬間に美味い、と思えるほどに強く深い味わい。
微糖をチョイスしたのだが、ほのかな甘さが絶妙にマッチしている。
感想としては「なるほど、これは高いな」といった感じだ。
シンとロウも高級珈琲で一息ついて、リラックスしている。
そこでグレンは、何かを思い出したような顔をすると、オレに視線を向けた。
「そういえば、ソラ君は団長……シノさんの弟子なんですよね」
「ああ、そうだよ」
「もしよろしければ、昔のシノさんの事を聞かせてくれないでしょうか」
「師匠の昔話なんて、聞いたところで可愛げなんて
「それでも、聞きたいんです」
……おや?
この反応は、もしかして。
真剣な眼差しのグレンに、ソラは頭の中で一つの可能性に考えつく。
チラリとシンとロウに視線を向けると、彼等も同じ考えに至ったのか、二人揃って苦笑していた。
とりあえず先制攻撃として、ソラはストレートに尋ねてみる。
「グレンは師匠の事が好きなのか?」
「ごふッ!?」
どうやら、図星らしい。
珈琲を口に含んでいたグレンは、オレの言葉に動揺すると激しくむせて、危うく窒息ダメージが発生するところだった。
彼は珈琲をテーブルの上にゆっくり戻し、口を押さえながら首を横に振ると、咳き込みながら否定する。
「ゲホッ、ゲホゲホ! ち、違います。彼女に抱いているのは、
「え、違うのか?」
疑うような視線を送ると、グレンは頬を少しだけ赤くした。
「ち、違います! 自分が彼女に抱いているのは恋ではなく、あの年齢でVR対戦ゲームの世界大会を、5年連続で優勝した強さに対する純粋な尊敬の心です!」
「尊敬の心か、物は言いようだな」
「そういった感情って、わりと恋心に転じやすいものですからね。もしかしたら彼は、自覚のないタイプかもしれません」
シンとロウがここぞとばかりに、グレンに対して綺麗な追撃を
これぞ、多勢に無勢。
言い訳をすると三人が息の合った連携で攻めてくるので、遂にグレンは黙って珈琲を飲むマシーンとなってしまう。
ソラは悪ノリした事を謝罪すると、自分と彼女の出会いと地獄の始まりから語りだした。
「そうだな、アレは今から5年前の事だ。4つ年上の
その時にプレイしたのはVR対戦ゲーム〈デュエルアームズ〉。
近接武器を使用したキャラ同士で、HPが0になるまで戦うシンプルなモノだ。
彼女によると、最初はただ気分転換に遊ぶだけのつもりだったらしい。
しかし、一瞬だけ本気を出した彼女に対応して、避けるだけでなくカウンターまで決めるとシノの雰囲気は一変した。
おまえの才能なら、誰もついてこれない私と同じ境地に至ることが出来ると。
そして長く苦しい対戦地獄が始まり、1万戦まで行くと、お互いに数えるのは止めて機械でカウントするようになった。
「師匠の凄いところは、対戦ゲームで苦手なものが何一つとしてないってところだよな」
気分転換と言っておきながら、二人で組んで片っ端から当時に人気のあった戦車の対戦ゲーム、戦闘機の対戦ゲーム、戦艦の対戦ゲーム、ロボットの対戦ゲームを片っ端からランキング一位を倒すまで
お陰様で当時は、自分と師匠の二人のせいで、SNSが大騒ぎになっていたのを覚えている。
「ま、昔の師匠と言っても、基本的にオレは常に戦い続けてる姿しか記憶にないかな」
「なるほど、貴重なお話をして下さり、ありがとうございます」
話が終わると、珈琲を飲み干したオレは、ふと一つの現象に気がつく。
右上の端っこにプレイヤーの緑色のHPゲージとMPゲージがあるのだが、その下に奇妙なマグカップ型のバフアイコンがついている。
数字は1800秒で、30分間。
一体何のバフなんだ、と疑問に思う。
するとサポートの〈ルシフェル〉は、ソラにこう言った。
〘運向上のバフが付与されています。この店の珈琲を飲み干すと付与される、隠し効果です〙
なるほど、ということはドロップとかエンカウントとかにも影響するのか。
オレは立ち上がると、シンとロウに言った。
「珈琲飲み干したら、運向上のバフが付いたぞ。制限時間があるから、今から急いでクエスト受けに行くぞ!」
「マジかよ」
「ああ、なるほど。やはり高いだけの店じゃなかったんですね」
慌てて立ち上がる親友達を見ると、次にソラはグレンに礼を言った。
「珈琲ごちそうさまでした。師匠は実は、ああ見えて可愛い物が好きだから、ぬいぐるみとかプレゼントするのオススメだよ」
「で、ですから自分は──」
「ハッハッハ、師匠にアピールする人は沢山いるから頑張るんだぞ!」
そう言って、ソラはシンとロウの二人を引き連れて店の外に出る。
「ソラ、どこに行くんだ!?」
「運向上のバフですからね、となるともしかして……」
「ああ、運が向上して30分ならアレしかない!」
今から受けに行くのは、クエストの鉱石掘り。
この国の地下にあるダンジョンに潜り、ただひたすらツルハシを振るって、鉱石を入手する発掘クエストだ。
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