第76話「採掘クエスト」

「またお前等か。もう十回以上も同じクエスト受けるなんて、ほんと冒険者っていうのは物好きだねぇ」


「アハハ、それだけ良いクエストってことですよ」


 何回も同じクエストを受けていると、流石に顔を覚えられるらしい。

 地下ダンジョンの門番に、呆れた顔をされながらもクエストを受けると、ソラ達は数十時間チャレンジした証である〈上質なツルハシ〉を手渡される。

 ちなみに最初の頃は〈石ころ〉5割ドロップの〈ボロボロのツルハシ〉を渡されるので、ここまで来るのは結構大変だった。


 眼の前にあるのは、地下に繋がる長い階段。


 ソラが先頭になり、三人は広い門を通って軽快に階段を降りていく。


 ヘファイストス王国の鍛冶職人達の武器の材料は、主にこの先にある広大な地下ダンジョンから供給されている。


 オレ達冒険者が受けるクエスト──〈鉱石を求めて〉はその供給の一つだ。

 内容としては簡単なもので、ダンジョンで採掘して入手した鉱石を、規定数まで先程の門番に渡す事。

 カウントしてもらえるのは〈鉄の鉱石〉や〈良質な鉄の鉱石〉みたいなちゃんとした鉱石のみ。

 最初の頃は良く取れる〈石ころ〉みたいなゴミアイテムは、当然のことだが対象外だ。


 最低報酬は、5万エル程度。


 ちなみに規定数を越えた場合は、一定数を追加で渡す事で、報酬のランクアップが可能だ。


 制限時間の5時間をフルに使って、最低ランクから最高ランクまで上げることで、5万の報酬は20万エルまで増える。


 最低ランクの鉱石だけでも最高報酬まで上げる事は可能なので、手元に残した高ランクの鉱物。

 例えば〈鋼の鉱石〉や〈良質な鋼の鉱石〉を道具屋で売ることで、そこから追加で40万から50万はコンスタントに稼げるだろう。


 全てを合計したこのクエストの最大収入は、70万から60万ほど。


 かなり稼げるクエストだと発覚した時には、数百人のトッププレイヤー達が殺到。

 ダンジョンの門番から貸し出される〈ボロボロのツルハシ〉を手にして、みんな壁に向かって全力のスイングをしていた。


 流石にあの時の勢いはないけど、今も数十組の冒険者達が、ツルハシを手に毎日壁と向き合っている。


 アストラルオンラインのトッププレイヤー達からは、親しみをもって〈エルを求めて〉と呼ばれているこのクエスト。


 難易度としては、この国まで来れる実力があるのなら、そこまで難しくはない部類だ。

 採掘中に出てくる敵もスケルトンタイプだけで、一体だけを相手にするのならば、そこまで脅威ではない。


「……おっと、思ったそばからいるな」


 感知スキルで事前に骸骨のモンスターを見つけたソラは、薄暗いダンジョンの通路で〈白銀の剣〉の柄を握り〈ソニックソードⅣ〉を発動。

 シンとロウですら視認するのが困難な速度で通路を駆けると、光属性を自身に付与して刃を抜いて一閃。


 目にも止まらない光の斬撃を受けたスケルトンは、股から頭にかけて真っ二つ。

 弱点属性で倍になったダメージによって、HPが一瞬で消し飛んだ。


 光の粒子になる、骨のモンスター。

 経験値が、少しだけ入る。


「よし、今日の良さそうなポイントは、あと少し進んだ所かな」


 何事も無かったかのように振り返ると、何故か親友二人はドン引きしていた。


「相変わらずヤバい初動だな」


「今人間がしてはいけない動きをしていましたね。多分アレに反応するのは、ボク達でもギリギリできるか、と言ったところでしょうか」


 なんか人外扱いされてる……。


 ちなみに先程のスケルトンのレベルは、30とそこそこの高さ。

 中堅プレイヤー辺りは、ちゃんとレベリングをしていなければ、苦戦して鉱石掘りどころではない。

 それでも最新の稼ぎ場としては最上位なので、たまに中堅になったばかりの冒険者と思われる装備を身に着けた人達を見かける。


 まぁ、予想を裏切らずに数分後にはスケルトンに囲まれてフルボッコにされるので、何度か助けたりした事はあるのだが……。


 そういう時は大抵、レベルが20未満の初心者を脱したばかりの者達のケースが多い。

 いくらエルが稼げるからといって、勝算もなく最前線のクエストに挑むのは、如何なものなのか。


 実際に未熟なプレイヤー達を目の当たりにすると〈剣姫応援団〉みたいな初心者支援のクランは必要なのだろう、と思ってしまう。


 と、そんな事を考えていたら、目的地に着いた。

 マップに表示される採掘状況によると、ここら辺は今日は誰も手を付けていないエリアだ。


「というわけで、本日も採掘を頑張ろう!」


「「おー!」」


 思考を切り替えると、本日もオレはツルハシを振りかぶる。


 狙いは、眼の前にあるダンジョンの壁。


 薄暗い所々に光るポイントがあり、ツルハシを思いっきり振り下ろすと、壁の光る部位に衝突したツルハシの先端から甲高い音が鳴り響く。


 ……うん?


 耳に届いたのは、今まで何度も聞いていた【キィン】ではなく【ギィン】という重たい音。


「なんだ、今のは……ッ!?」


 ポロッと落ちた虹色に輝く鉱石を拾ったソラは、そのアイテム名を見て絶句する。


「な、ななな…………」


 手にしているのは〈ただの石〉や〈鉄の鉱石〉〈良質な鉄の鉱石〉ではない。

 ましてや更にランクの高い〈鋼の鉱石〉シリーズでもない。


 これは〈魔鉄(まてつ)鉱石〉。

 確かオレの頼りない記憶では、50個集めて鍛冶屋に持っていくことで〈魔鉄〉に変換できる、鋼シリーズ以上の超が付く程のレアな鉱石だったはず。


 ここで採掘できるのは知っているが、実はこの鉱石、今までに挑戦したプレイヤーの全てを合計しても1万回に1回という激渋げきしぶなドロップ率。


 ウソだろ。

 

 コレって、こんな簡単に出てくるもんじゃないだろ。


 額にびっしり汗を浮かべて、ソラは手に持つ虹色の鉱石をガン見した。

 〈魔鉄〉は武器や防具を作成する際に使われるアイテム。

 作成する時に使用する事で、武器にアビリティを一つだけ追加が出来る。


 この特殊な素材を使っている武器で、オレが知っているのは二つだけで、一つはパートナーのクロが持っている〈黎明れいめいの剣〉だ。

 アレには、クリティカル発生時に威力が上がるアビリティ〈致命の一撃〉が追加されている。


 残るもう一つは、耐久力を5秒毎に回復する〈自己修復〉というのを追加された槍。

 此方は、NPCのショップで見かけた。


 しかし、このアビリティが追加された槍、お一つで1000万エルという目玉が飛び出そうな程の超高額品。

 武器のカテゴリーが使い手が少ない槍という事もあり、未だに店のショーケースの中で飾られている。


 購入するのは、極めて難しいだろう。


 現実に、ソラは意識を戻す。


 この鉱石は、現状で最高峰と言っても良いくらいに希少なアイテムだ。

 幸運のバフがあるからといって、こんな簡単に出てこられたら、先程の高級喫茶店にトップ層のプレイヤー達が殺到するのは間違いない。


 まさか、偶然だよな……。


 試しにもう一回、全力で壁の光るポイントをツルハシで叩く。

 次に出たのは〈良質な鉄の鉱石〉。


 更にもう一回、壁を叩く。


 すると先程と同じ音がして、再び〈魔鉄鉱石〉がドロップした。


「これが、幸運効果か……ッ」


 感激に震えるソラ。

 もしも〈魔鉄〉を入手できるのなら、キリエに頼もうと思っている経験値カンスト済の〈白銀の剣〉の打ち直しの時に、追加素材として使える。

 そうなれば、オレの大切な半身である剣は、更に強くなることができるだろう。


「おい、シン、ロウ……」


 この事を親友に伝えようとしたら、近くで採掘しているシンとロウも〈魔鉄鉱石〉を入手したのか、驚いた顔をして此方を恐る恐る見た。


「これって……」


「二人共、後20分しかありません。全力で採掘しましょう」


「スケルトン出てきたら、交代で処理な!」


「「了解ッ!」」


 三人はツルハシを握り締めると、ダンジョンの壁と向き合った。





◆  ◆  ◆





 しばらくすると同じクエストを受けて、エルを稼ぎにツルハシを手に、地下のダンジョンに中堅レベルの学生プレイヤー達がやってきた。


 レベルは最近30になったばかり、初めてのスケルトンタイプがいるとの事で、内心ドキドキしている。


「すげぇな、ダンジョンってこんなにも怖いもんだっけ」


「なんだ、ビビってんのか」


「ああ? そんなわけないだろ、これでも結構なVRMMORPGクリアしてんだぞ」


「おい、くだらないケンカすんなよ」


 彼等は、やいのやいの言いながら、マップの採掘状況を見ながら奥に進む。

 途中何度かスケルトンとの戦闘があったが、三人が連携する事で問題なく対処できた。

 その後は、あそこの立ち回りはどうだのこうだのと、小さな言い合いが始まる。

 するとしばらくして、彼らは一心不乱に採掘する同じ年代の三人のプレイヤーを見かけた。


 三人は無言で、ただひたすらダンジョンの壁の光を、ツルハシで叩きまくっている。

 

 良い穴場なんですか、と一人が尋ねようとした。


 しかしそこで、現れるスケルトンタイプのモンスターを、黒いコートのフードを被った小さな少女が一撃で瞬殺しては、無言で採掘に戻る。

 次に現れたスケルトンは、黒髪の少年の目にも止まらない槍の一振りで、砕け散った。

 その次に立て続けにスケルトンが現れるが、茶髪のイケメン少年が交代して対応。

 スケルトンを倒して、報告もしないで採掘作業に戻る。


 いくらレベルが高くても、相手はレベル30のモンスター。

 あんな一撃で、倒せるような敵ではない。


 秘密はスキルを放つ際に、異常な輝きを放つ武器にあるとは思うが、あんな現象を彼らは見たことがなかった。


「お、おい、違うとこ行こうぜ」


「あ、ああ、そうだな」


 その機械的で異常な作業風景に、圧倒されてしまった彼等は、声を掛けられなくなって回れ右を選択。


 触らぬ神に祟りなし。


 今日のところは、見なかった事にしよう。


 普段は一致することのない彼らの心が、一つになった瞬間であった。


 

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