第66話「リヴァイアサン」


 3日目の精霊達の護送で、出現したリヴァイアサン・ジェネラルを抑えきり、守り抜く事に成功した攻略組。


 全員が文字通り身体をはって、精霊達に迫るジェネラルの猛攻を止めたのは、後世に語られる程の光景である。

 やり遂げた後は、全員疲れて動けなくなったが、その顔は達成感に満たされていた。


 これで〈リヴァイアサン〉のレベルは上がる事なく【60】のままとなる。

 そしてしばらくして、世界から通達された、二人の冒険者による大結界の復活。

 結界が冒険者達にもたらした効果は解毒効果のある〈アンチドートの秘薬〉以上に有益なものだった。


 それは〈リヴァイアサン〉全種類に対する物理防御半減スキルの無効化。


 二人の冒険者の活躍によって、〈リヴァイアサン〉戦における最も厄介な二つの能力を、封印する事ができた。

 士気はかつてない程に高まり、みんなが討伐意欲に心を一つにして燃え上がらせる。

 感化された一般のトップ層のプレイヤー達も、何十人か戦いに志願して、正に決戦に相応しい大部隊が編成された。


 これでボスを倒す事は、十分に可能だろうと、トッププレイヤー達の誰もが思っていた。


 現に序盤から中盤まで、冒険者達は誰一人欠ける事なく戦う事ができた。


 3本あったHPゲージの1本目は、パターン化された騎士達のTシフトと、アタッカーの冒険者達によって難なく削り切り。


 2本目は、四体のリヴァイアサン・ジェネラルを〈ヘルアンドヘブン〉の副団長グレンと、攻撃隊長マリアが率いる大隊。


 〈宵闇の狩人〉の副団長ミアと攻撃隊長マナが率いる大隊が引き受けた。


 本体に挑むのは、三つの騎士隊を率いるシノと、彼女からアタッカーとして抜擢ばってきされたシオ、シン、ロウの小隊と、他に四人編成の攻撃隊が2組。


 ヴェノムミストで全部隊が【レベル2】の毒状態にされるが、騎士隊で攻撃をいなしながら全員〈アンチドートの秘薬〉で回復する事に成功。

 僧侶の回復スキルを貰いながら、誰一人としてHPが半分まで減ることはなかった。


 その中でも特に、シノ、シン、ロウの三人が発見した、敵の攻撃パターンの解析が完了したのが大きいと言える。


 尻尾が上に立ったら、前方にタックル。


 尻尾が最初に左に振られたら、前足による鋭い爪の薙ぎ払い。


 尻尾が最初に右に振られたら、直線上に向かって猛毒の息吹。


 囲むと尻尾が小刻みに振動して、大ジャンプからのスタンプ攻撃と、そこから広範囲の衝撃波の攻撃が来るので、立ち回りには十分に気をつけるように伝達された。


 これらをたった2回の戦いで発見した三人によって、2本目も毒霧を乗り越えた後は苦労なく削り切る事に成功。

 残るは、最後の1本。

 2本目のスタートと同じように、再び広範囲に毒霧をらした敵に対応して、全員は〈アンチドートの秘薬〉で直ぐに回復。

 霧があけたら直ぐに攻撃を開始すると、シノ達が構えた時の事だ。


 そこに姿を現したのは、彼等が見知った巨大な大蛇ではなかった。

 巨大な二枚の対となった翼を広げ、更に一回り大きくなった大蛇の母。



 真の名を──〈ヴェノム・クイーン・リヴァイアサン〉



 それが冒険者達に立ち塞がる、大災害の本当の姿だった。


 一瞬だけ、呆然となった冒険者達。


 すると、二枚の翼が光る。


 次に口からチリチリと雷みたいなのが見えると、危険を察知したシノとロウが全員に叫んだ。


「全隊、奴の直線上から逃げろッ!」


「騎士隊は、ファランクスで間に合わない人を保護してくださいッ!」


 熟練のVRプレイヤー達は、二人の言葉の意味を理解して、直ぐに回避行動とスキルの使用に移る。

 しかしプレイヤー達が回避行動を取るのと同時に、目を焼くような凄まじい巨大な閃光が大地を引き裂いた。

 避けたはずの冒険者達が、何人か余波を食らっただけでHPが消し飛んで死亡する。

 受けるダメージを一回だけ半減する騎士のスキル〈ファランクス〉を受けたプレイヤーは、残りミリで生き残った。

 〈リヴァイアサン〉の破壊の息吹は精霊村の壁に衝突して亀裂を入れると、地面は抉れて、直線にあった森の木々は跡形もなく消し飛んでいた。

 その凄まじい威力に、誰もが絶句する。


「な、なんて火力だ……」


「かすっただけで、HPフルのレベル20が消し飛んだぞ!?」


 しかも敵の行動は、それだけで終わらない。

 〈リヴァイアサン〉が天に向かって咆哮ほうこうすると、先程分隊が倒した〈ジェネラル〉が再度、四体リポップした。


 真なる姿を開放した本体の女王と、四体の中ボスクラスの将軍達。

 戦局的に言うのならば、敵の数は振り出しに戻っただけ。ブレスの被害を考慮したとしても、冒険者達は戦えないわけではない。

 しかし、およそ100人近い冒険者達は、そのほとんどが先程〈リヴァイアサン〉が見せた一発のブレス攻撃によって戦意を大きく低下させていた。

 その様子を見て、黒髪の長身の魔術師ことシンは、全隊の士気の低下に眉をひそめる。


「……不味いな、勢いをかなり削がれちまったぞ」


 シンの言葉に頷き、隣にいる茶髪のさわやかなイケメン騎士、ロウは頷いた。


「ブレス自体もかなり脅威ですが、今の一撃で形勢がかなり不利になりました。あの一本を削り切るのは、容易じゃなさそうですね」


 ロウの言葉に、シオとシノの二人は顔を見合わせた。


「シノさん、私は継戦を提案します」


「ああ、私も同感だ。まだ敵のHPは残りフルで1本。攻撃モーションの確認を含め、ここでブレス以外の情報を持ち帰らないと、明日の勝利を確定する事はできないだろう」


 このレイドバトルの指揮官である二人の判断に、シンとロウは深く頷いた。


「分かった、死ぬまで付き合うとしよう!」


「分かりました、ボクもとことん付き合いましょう。……先程の攻撃を見たところ、ブレスを放つ前に翼が光るみたいです。全隊に敵の翼に対して、常に注意を払うように伝えて下さい」


「ありがとう、ロウ君」


 ロウのアドバイスを含めて、シオは直ぐにメッセージを作成すると、レイド専用の参加者全員に一括送信する。

 ここまで〈リヴァイアサン〉を追い詰めることができたのだ。

 殆どの冒険者達から『了解』の返事が帰ってきた。

 シオは純白の剣を構え、シノはグレン達に再度ジェネラルを任せる指示を出すと、小盾と漆黒の片手用直剣を手に前に出る。

 戦うか逃げるか迷っていた冒険者達は、このレイドバトルにおける指揮官二人が戦う姿勢を取った事で、少しだけだが勢いを取り戻す。


 そんな彼等に大災害〈ヴェノム・クイーン・リヴァイアサン〉は、容赦なく翼を光らせた。


「れ、連発できるのか!?」


 体勢を立て直したばかりの冒険者達に、大災害は雷光を口からほとばしらせると、少しの溜めを挟んだ後に口を大きく開く。

 脳裏に浮かんだのは、先程の大地を切り裂くほどの一撃。

 反応の遅れた者達が複数いて、このままだと部隊の半分を持っていかれるのは間違いない。


 そうなれば、敗北は確定的だ。


「騎士達、ここは絶対に死守です! ファランクスを使用していない人は、ボクに続いて下さい!」


「ロウ!?」


「ロウ君!」


 驚くシンとシオに頷き返すと、彼は走って前に出る。

 ロウの求めに応じて、盾を手にした高レベルの騎士達が横に並び、それぞれが手にしている大きな盾を構えた。

 使用するのは盾を強化する〈リインフォース〉とダメージを一度だけ半減する〈ファランクス〉。

 果たして、敵の必殺技とも呼べるあの光線は半減させたとして、真正面から受けて耐えられる威力なのか。

 一か八かの賭けだが、やらないよりはマシである。

 ロウを中心にして、展開した騎士達の盾による防壁。

 リヴァイアサンの口から吐き出された、純粋な破壊の力を宿した光が、真っ向から彼等に叩きつけられる。


「う、ぐぅ……ッ!」


 光を受ける盾の耐久値と、遮断しきれないダメージが、盾を構えるロウ達のHPを恐ろしい勢いで削っていく。

 見たところ、このままでは10秒ほどで全員消し飛ばされる。


 ロウを含めた騎士隊の誰もが、そう思った時だった。


 身体が謎の青色の光に包まれると、HPの減る速度が急激に低下。

 更に右上の自分たちの【HP】の下に、見たことがない【盾マーク】が出現する。


 それは〈防御力上昇Ⅱ〉という、ロウ達が見たことがない強化スキルだった。


 しかも五つある付与スキルの枠を全て同一のスキルが埋め尽くし、信じられないことにそれは、この場にいる騎士隊の全員に施されていた。

 ハッと我に返った僧侶で編成された回復隊の人達は、騎士隊にスキルを使用して、一気にHPを全回復させる。

 リヴァイアサンの放った破壊の光が消えると、ロウ達は何で自分達が生き残ったのか分からなくて困惑した。


「一体何が……」


 すると、何やら騒がしい後方から二つの影が飛び出してきた。


「よーし、間に合ったぁ!」


「お目々がぐるぐるするのですぅ」


「ありがとう、ワンちゃん」


 ロウ達の眼の前で止まり、姿を現したのは、二匹の狼型モンスターの背に乗った二人の冒険者と、一人のNPCだった。

 到着すると同時に、役目を終えた狼は光の粒子になって消える。

 自分達をここまで運んでくれた仲間を見送った後に三人は並んで立つと、その内の一人である“白銀の髪の少年”が右手を天にかざした。


 彼が選択するのは〈風属性付与Ⅱ〉が一つ〈攻撃力上昇Ⅱ〉が二つ〈防御力上昇Ⅱ〉が二つの、合計五つの付与スキル。

 サポートシステムの〈ルシフェル〉の力も借りて、感知スキルで把握できるこのフィールドにいる全プレイヤーに発動する。


 これぞ正に、MP無限だからこそ可能となった、彼にしかできないチートプレイヤーの御業。


 100人近い冒険者達に、付与スキルを与えるというあり得ない現象に、誰もが目を白黒させる。

 そして一部の者達は、そんな非常識な事をやるプレイヤーなんて一人しか知らない。


 規格外の〈付与魔術師〉のスキル。


 白銀の髪。


 まさかアレは………。


 〈リヴァイアサン〉や冒険者。

 全ての視線を集めるその人物の顔を見て、妹であるシオは泣きそうな顔で呟いた。


「お兄ちゃん……」


 彼女の声に応じて、白銀の少年は笑ってみせる。



「シオ、待たせたな」



 世界最強の〈付与魔術師〉は白銀の剣を抜くと、己が真に戦うべき〈大災害〉と対峙した。


 

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