第58話「少女の涙と襲撃者」

 クロの両親。


 この2つの石像が?


 とんでもない言葉を聞いて、ソラは石像とクロを交互に見た。

 確かに言われて見ると、母親の石像の優しそうな顔立ちは、どこかクロと似てる気がする。

 しかし洞察スキルが教えてくれるのは、風精霊の職人によって、精巧に再現された二人の冒険者の姿という情報だけ。

 当然だが、誰の両親かなんて個人的な情報が出てくるわけがない。

 ただ、この状況で分かるのは。


 アリアの両親の恋仲を助けたのは、大昔に現れた二人の冒険者であること。


 その二人の冒険者は、シノから亡くなったと聞かされたクロの両親であること。


 つまりそこから導き出せる、大昔に現れた冒険者は、オレ達と同じプレイヤーという事になる。

 そして過去に〈アストラルオンライン〉をプレイした人達は限られていた。


 そう、“クローズドベータテスト”だ。


 思考を巡らせたソラは、そこまで考えたことで一つの結論にたどり着いてしまう。

 とても、嫌な予感がした。


 クローズドベータテスト。


 シノから亡くなったと聞かされた、クロの両親の石像がある事。


 この二つを結び付ける都市伝説を、自分はつい最近調べたばかりではないか。

 つまり、彼女の両親は。


「クロ、もしかして両親はアストラルオンラインのベータテストを……」


 尋ねると、クロは小さく頷いて肯定する。


「……そら、わたしのはなし、ちゃんときいてくれる……?」


「うん、ちゃんと聞くよ」


「うそつきだって、いわない?」


「ああ、言わないとも」


 真っ直ぐに、彼女の瞳を見つめる。

 力強い言葉を受け取ると、クロは涙を流しながら、両親の事を語った。


 アストラルオンラインの抽選に当たり、喜んでプレイしていた両親。


 それがある日、突然自分の眼の前で二人が光になって消えた。


 事実を話しても、シノ以外の大人達から、自分を置いていなくなったんだと言われ。


 学校の同級生達からも、嘘つきだと言われ、誰にも信じてもらえなかった事。


 悲しくて、辛くて、でも大好きだった両親はどこにもいなくて。


「……わたし、どうしたらいいのか、わからなくて……ッ」


 だからシノに誘われるままに、彼女はアストラルオンラインを始めた。

 せめて、両親に何があったのか知りたくて。

 それを聞いたソラは沈痛な顔をして、すがるような目を向ける彼女を抱きしめる。

 クロは、震える手でオレの服を強く掴み、嗚咽おえつをもらした。


「辛かったな、クロ」


「そらは……しんじて、くれる……?」


「信じるよ。信じるに決まってるだろ。だってクロはオレの妹弟子で、大切なパートナーなんだから」


「……そらぁ……ッ」


 そこで溢れる思いを抑えられなくなった少女は、声を上げて泣いた。


「……っ」


 想像を絶する彼女の不幸に、言葉にならなかった。

 やはりアストラルオンラインのベータテストで、行方不明者が多数出ている噂は真実だったのだ。

 ゲームをしていたら消えた。

 自分達の置かれている状況から推測するに、理由は一つしかない。


 クロの両親は恐らく、プレイ中に〈天命残数〉が0になったのだろう。


 あくまで予想に過ぎないが、彼女の両親の身に起きたのは、それしか考えられない。

 ベータテストでは、アストラルオンラインが表立って影響を与えている様子は無かった。

 しかしソラ達が知らないだけで、あの時からこのゲームは、現実に影響を与えていた。

 その一つがベータテストの終了間際に続出した、“高レベルプレイヤーの失踪”。


「クロ様……」


 翡翠色の髪の少女も、なんて声を掛けたら良いのか分からず、言葉に詰まらせる。

 彼女は仲間として、どうにかしてクロの力になりたい、そんな顔をしていた。

 しかし両親が健在であるオレ達の言葉が、果たして慰めになるだろうか。

 それを思うと、何も言えなくなる。


「クロ……」


 だからソラは、少しでも力になりたくて、泣いてる彼女を胸に抱きしめた。


 ……二人共、娘が泣いてるぞ。


 彫像を見上げて、胸中で呟くソラ。

 そのまま眺めていると、ふと思った。

 父親の名前は、ハルト。

 昨日出会った黒騎士の名前も、ハルト。

 全身鎧で顔はわからなかったが、よく見ると、身長とか大剣とか一致する部分がある。

 それに、あの黒騎士は言っていた。


 ──娘がいたんだ、君と同い年くらいの。もう半年以上も会えていないから、心配でしょうがない。


 ──帰り方がわからなくてね。オマケに妻とも逸れてしまった。帰る道を探すためにも、先ずは妻を探さないと。


 おい、まさか……。


 頭の中に浮かび上がった一つの仮説が、もしも合っているとしたら、もしかしたら黒騎士の正体は。


 いや、こんな期待させるような事を言って、彼女に希望をもたせるのはどうなのだろう。

 もしも間違っていたら、余計にクロを傷つけるのではないか。

 少しだけ逡巡しゅんじゅんすると、ソラは覚悟を決めた。


「クロ、実はオレ」





 ──その瞬間だった。





 背後から凄まじい殺気を感じて、全身に鳥肌が立った。


 長年の直感が、全力で危険を知らせる。

 声で教える時間はないし、今の状態のクロでは、まともに動くことはできない。

 彼女を支えながら振り向き、漆黒の大剣が真上から飛来してくるのを確認する。

 頭で考えるよりも早く、腰に下げている鞘から〈白銀の剣〉を抜いて〈ソードガードⅡ〉を発動。

 頭上から迫る一撃を、真っ向から受け止めた。


「く……ッ!?」


『ほう、これを止めるか』


 あと一秒遅れていたら、真っ二つにされていた。


 凄まじい力に膝が折れて、床につきそうになる。 


 交差する刃を間に挟んで、全身フル装備の漆黒の騎士と視線が交差した。

 自分ごとクロを切り裂こうとしたのは、昨日捜索クエストで出会ったアンノウンのキャラクター〈暗黒騎士〉ハルトだ。


「あ、貴方は……ッ」


 驚くと同時に、ソラは舌打ちをする。


 相手は、レベル156。

 オマケに洞察スキルが教えてくれる武器の強さは、攻撃力【A+】とオレの剣よりも圧倒的に上のスペックだ。


 〈ソードガードⅡ〉で防御しているとはいえ、このまま受け続ければ、愛剣とクロごと斬り殺されるのは必至。

 ならば、この場で自分が取れる最善の策は、一つしかない。


「アリア、クロを頼む!」


「わかりました!」


 オレの求めに応じて、アリアが即座に動く。

 悲しみと突然の奇襲に固まってしまっている少女を、お姫様が素早い動きでオレの腕から受け取って離脱。

 フリーになった両手で柄をしっかり握ると、ソラは巧みな剣さばきで漆黒の刃を、地面に受け流した。

 そのままグルっと回り、二連撃の攻撃スキル〈デュアルネイルⅡ〉を発動。

 緑色の閃光を放つ刃を手に、暗黒騎士に切り掛かる。


 だが暗黒騎士は重装備だというのに、素早いバックステップで回避、距離を取ると大剣を構えて笑った。


『ハッ、流石はジェネラルの攻撃に合わせて、スキルで弾く強者だな。俺の剣を技術で受け流すだけじゃなく、そこから反撃までしてくるとは予想以上だ』


 ジェネラルとの戦いを知っているということは、この人はあの時どこかでオレ達の戦いを見ていたのか。

 剣を構えて、警戒するソラ。

 暗黒騎士は人差し指を立てて見せて、楽しそうに言った。


『封印の扉を開けてくれた礼に、俺の目的を教えてあげよう。俺はヘルヘイムの女王の命により、この地の〈翡翠の指輪〉の回収に来たんだ』


「へ、ヘルヘイム!? なぜ冥国の女王が指輪を求めるのです!」


 アリアが驚いて口を挟むと、彼は首を横に振った。


『それは教えられないな、無知なる精霊の姫よ』


「……ッ」


「アリア、下がって防御に専念してくれ」


 食い下がろうとする彼女を手で制すると、ソラは一歩前に出た。


「……ハルトさん、それがオレ達に刃を向ける理由ですか?」


『ああ、そうだ。一番厄介な方から片付けたかったが、やはり人生とはままならぬものだな!』


 叫び、大剣を構える黒騎士。

 肌を突き刺すような鋭い威圧感に、ソラは思わず息を呑んだ。


『譲ってはくれないのだろう? ならオマエ等は邪魔だ、ここで全員殺して指輪は回収させてもらう』


 先に奇襲してきて、交渉もクソもないだろ。

 今の彼からは、花畑で出会った優しそうな雰囲気は、微塵も感じられない。

 好戦的な黒騎士の姿を見て、ソラは自分の目を疑いたくなった。

 しかし、洞察スキルで得られる情報は、彼が先日出会った〈アンノウン〉ハルトである事を証明するものばかり。


 でも、もしもオレの予想が当たっているのなら……。


 向けられる殺気を真っ向から受けて、ソラは一つだけ彼に尋ねた。


「もしかして、貴方はベータテストのプレイヤーですか?」


『……そんな事を聞いてどうする』


「オレの質問に対して、その返し方をするって事は、貴方はこの世界の住人じゃないんですね」


『……ああ、そうだとも! 俺はこのクソッタレな世界に閉じ込められて、たった一人の娘を現実に置き去りにして、唯一の心の支えであった妻とも逸れてしまった愚かな男だ!』


 黒騎士は自身に対して怒り狂い、手にした大剣を地面に叩きつける。

 ソラは全く動じず、激高げっこうする彼を見据えた。


「娘さんの名前は、何ていうんですか」


『キミに言って何になる!』


「オレは、もしかしたら貴方の娘さんを知っています」


『な……』


 言葉を詰まらせる黒騎士。

 更にオレは、畳み掛けるように彼に告げた。


「もしも、娘さんがこのゲームをプレイしているって聞いたら、貴方はどうしますか?」


『ハハハ、それはないな! あの子は戦う事が苦手な子だ。こんなゲームをするわけがない!』


 ソラは、ちらりとクロに視線を向ける。

 シノに鍛えられたとはいえ、彼女のプレイヤースキルは高い方だ。

 それが両親の手掛かりを探す為に、死物狂いで身につけたモノだとしたら、実に健気な事である。 


「……ハルトさん。もしも、この子が貴方の娘だと言ったら?」


『………………ッ!?』


 黒騎士の視線が、クロに向けられる。


 緊張して見守っていると、しばらく彼はクロを疑うような目で見た後に、小さな声で呟いた。


『まさか、黎乃くろの……?』


「パパ、なの……?」


 交差する視線。

 信じられないと言わんばかりに目を見開いた黒騎士は、全身から放っていた戦意を消した。

 実の娘だ。

 ちゃんと見れば、言葉で語らなくとも彼女が何者なのかは理解できるはず。

 長年求めていた娘に出会えたハルトは、剣を手放して駆け出そうとする。


 すると鎧の表面に突然、深紅のラインが走った。


『しま、おまえら、逃げ───グゥ、ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?』


「パパッ!」


「なんだ!?」


 目の色が、黒色から赤色に変わる。

 穏やかな雰囲気は一変して、ハルトから凄まじい殺意が此方に向けられた。


 まさか、あの鎧に洗脳効果が。


 洞察スキルで見ると、ソラは顔をしかめた。

 〈カース・オブ・ブラックナイト〉

 【ランク】A

 【効果】目的を忘れた装備者は、王の命令を果たすか、HPが50%以下になるまで〈狂化〉状態になる。 

 グルルル、と獰猛どうもうな獣のようなうなり声を上げて、理性を失ったハルトは大剣を手にした。

 これはどう見ても、クロの言葉は聞こえないだろう。


 ……相手は“レベル156”。


 間違いなく、現環境で最強の相手だ。

 クロとアリアの二人を背にして、殺意を振りまく黒騎士の前に立ちはだかると、ソラは彼女にこう言った。



「そこで待ってろ。今からオレが、オマエの親父を助けてやる」



 覚悟を決めると、ソラは〈白銀の剣〉を抜いて、襲い掛かる黒騎士と衝突した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る