第57話「二つの彫像」

 未開拓エリアに踏み込んで、20分ほど経過しただろうか。

 探索しながら進んでいるというのに、序盤と中盤で必ず一部屋に二体はいたリヴァイアサン・ウォーリアと全くエンカウントしなくなった。

 罠とかも、常に洞察スキルで探しているのだが、これといって見つからない。


 ハッキリ言って拍子抜けである。


 あまりにも何も起きないので、警戒しながらソラ達は、好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか、取り留めのない話をしながら歩く。

 すると話の中で、クロが男のオレの姿をシノから見せてもらった事を語ると、アリアが心底羨ましそうな顔をした。


「ほんと、一度でも良いので男性の姿のソラ様を見てみたいです」


 それに対して、ソラは肩をすくめた。


「本当に普通だぞ。見ても何も面白くないし、むしろガッカリすると思う」


 自分で言うのもなんだが、今は美少女だけど元の姿は自他共に認める普通の男子高校生だ。

 身長はシンみたいに高くないし、イケメンのロウと違って、顔立ちは全く印象に残らないくらいに普通である。

 バレンタインだって、毎回二人は帰宅する時に紙袋一杯にもらうのに対して、オレは家に帰って妹から一個もらうくらいだ。


 高校生になると、クラスメートの男子からは、二人の間にオレがいることでバランスが保たれていると言われた。


 何故なら二人だけ並んでいると近づき難い雰囲気があるけど、ソラがいることでそういったものが大幅に軽減されるらしい。

 これをウチのクラスでは〈上條アトモスフィア〉と謎の名称で呼ばれている。


 オレは空気清浄機か!


 胸中でクラスメート達にツッコミを入れると、ソラは首を振って考えるのを止める。

 すると、横に並んで歩いているクロが、

男の自分をこう評した。


「確かに画像で見せてもらったけど、ソラにしてはびっくりするくらい普通だったね」


「ほら、クロだってこう言ってる」


「むぅ、ソラ様の普通なお姿が拝見できるなんて、クロ様が羨ましいのです」


 アリアは、頬を少しだけふくらませる。


 その仕草はとても愛らしく、美少女のお姫様がやるだけあって中々な破壊力だ。


 男の時の画像を見せられるなら、彼女に見せてあげたい。

 しかし、残念ながらそれは無理だ。

 理由は単純なもので、ゲームの世界に現実世界のデータは、一切持ち込むことはできないから。

 オレの元の姿をアリアが見るとしたら、それは魔王を倒して、呪いを解くことができた時だけだ。


「魔王を倒して男に戻れたら、見せてあげるよ」


「約束ですからね!」


 さて、果たしてオレの頼りない記憶力は、この約束を覚えていられるだろうか。

 そう思っていると、クロが顔を寄せる。

 どうしたのだろう、と思っていると、彼女は少しだけ恥ずかしそうに耳元でささやいた。


「わたしは、どっちのソラも好きだよ」


「……ッ!?」


 突然の不意打ちに、油断していたソラは顔が赤くなってしまう。

 クロを見ると、彼女も少しだけ恥ずかしそうに顔を赤くしていた。


「く、クロ、それって……」


 どういう意味?

 ソラは狼狽ろうばいしながら、聞かされた言葉の意味を彼女に求める。

 クロは微笑を浮かべるだけで、答えてくれない。

 その直後イチャイチャするなと言わんばかりに、怒涛のようにリヴァイアサン・ウォーリアが現れるが。

 全て処理しても、悶々とした気持ちが晴れる事はなかった。





◆  ◆  ◆





「ここが、封印の間……」


 三人の眼の前にあるのは、五芒星が描かれた大きな扉。

 触れてみようと手を伸ばすと【ERROR】と表示されて、見えない力場に右手が弾かれる。


「おお、これが封印の力か。触れるのもNGなんだな」


 手の痺れに少しばかり感動していると、アリアが呆れた顔をした。


「ソラ様、この扉は干渉しようとする力に応じて“倍の力”で返してくるので、不用意に触らないでください」


「なんだと?」


 言われて、気がつく。

 確かに微量だけど、ダメージを受けている。

 倍の力で返すということは、もしも〈スキル〉を使用して全力で攻撃したら、オレのHPは簡単に消し飛ぶだろう。

 これが普通のゲームなら、きっとどんなものなのか試していただろうが、流石に無駄に残機を減らすアホな事はしたくないので大人しくアリアの後ろに下がる。


 彼女はソラとクロに向き直ると、深々と頭を下げた。


「ここまでご協力頂き、ありがとうございます。この先にある〈翡翠の指輪〉を回収したら、森の結界は元に戻り、再び平穏が訪れることでしょう」


「いや、オレもアリアとの冒険楽しかったよ」


「わたしも、最初はドジするところ見て大分不安だったけど」


「もう、せっかくビシッと決めてるのに、クロ様は意地悪なのです」


 ムッとするアリア。

 少し間を置くと、オレ達は笑った。


 やっと、ここまで来たのだ。


 リアル時間で換算すると三日間しか経っていないが、ここまで来るのになんだか一週間以上掛かったような気がする。

 精霊王シルフに頼まれて出発してから、沢山の冒険をして此処に至った。


 ギュッと、ソラは拳を握り締める。


 三日前に偶々〈精霊の森〉に踏み込む事ができて、そこで発生したユニーククエスト。

 お姫様を守りながら一人で戦うことが不安で、どうしてもフォローしてくれる仲間が一人欲しくて、親友二人に声を掛けたら手遅れだった事。

 そこで知り合ったばかりのクロを呼んだのは、本当にただの頭数が欲しいという理由だけだ。

 ハッキリ言って、深い理由なんて何も無い。

 彼女がダメならシノかシオに頼んで、森に入れるキー装備である初心者の服を、入手して貰うつもりだった。


 でも、今は違う。


 この世界で、最初に冒険をしたのが彼女で良かった。

 心の底から、そう思える。

 ソラはクロの手を握ると、小さな声で感謝した。


「ありがとう、クロ」


「……うん」


 クロは頷くと、手を強く握り返す。

 その光景を見たアリアは微笑を浮かべて、二人に背を向けた。


「扉の封印を解きます、少しだけ離れて下さい」


 自分に与えられた役目を果たすために、アリアが扉に両手をかざす。


 全身に淡い緑色の光が溢れ出し、それに扉が呼応するように明滅する。


 特別な呪文はいらないのか、しばらくそのままでいると、五芒星が眩い光を放って扉がゆっくりと開き出す。

 扉が完全に開くのを待つと、アリアは真剣な顔で振り返ってこう言った。


「では、参りましょう」


 ソラとクロは、頷いて先導するアリアの後ろについていく。

 すると真っ暗で何も見えなかった部屋の中が、急に明るく照らされる。

 何事かと思うと、天井に何やら光る石が点々と貼り付いていて、それが眩い光を放っているようだ。


 リアルで言うと、アレが照明みたいな役割をしている。


 ただどうやって中に入ってきた者を感知して、作動したのかは不明だが。


 もしかして、古代文明のオーバーテクノロジー的なものだろうか。


 疑問に思いながらも歩くと、三人は台座の上で光り輝く〈翡翠の指輪〉を中心に、左右に設置されている2つの石像の前で足を止める。


 ソレは、若い男女の精巧な彫像だった。

 装備は〈駆け出し冒険者〉の物に酷似している。

 男性は大剣を手にしていて、女性は片手直剣とスモールシールドを手にしている。

 見た感想としては、二人共随分と美形だった。


「これが、わたくしのお父様とお母様の恋仲を助けてくださった“冒険者様”、“ハルト様とアリサ様”です」


「冒険者、ああ以前に言っていたやつか」


 運営が用意したと思われる、二人の冒険者による冒険譚(ぼうけんたん)。

 プレイヤーの立場の者が伝説となっているのは、RPGのシナリオだとよくあるスパイスだ。

 それにしても片割れのハルトというのは、まさかあのアンノウンと関係してるのか、或いはご本人なのか。

 どちらにしても、これで指輪を回収すればクエストは完了だ。


 ソラは、力強い神秘的な光を宿す〈翡翠の指輪〉と向き合う。


 洞察スキルですら、情報を読み取る事のできないシークレットアイテム。

 これを手にして戻り、後はリヴァイアサンを倒して、長かった森のマップともオサラバとなる。

 そう思って、アリアに促されて指輪に歩み寄ろうとすると、


「……ッ」


「クロ!?」


 隣りにいたクロが脱力して、崩れ落ちそうになる。

 ソラは慌てて彼女を受け止めた。

 どうしたのかとクロを見ると、その両目は信じられないモノを見るかのように、大きく見開かれていた。


「うそ、こんな……」


「クロ、どうしたんだ!?」


 尋ねると、少女は瞳から涙を溢れされて、胸の内から振り絞るように言葉をこぼした。


「パパと、ママだ……」


 その言葉に、オレ達は絶句した。

 

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