第45話「アンノウン」


 隠れんぼで消えた、子供の捜索だと?


 クエスト内容にソラは、頬を引きらせる。

 ギオルから話を聞くところによると、どうやら隠れんぼをして遊んでいた子供が、一人だけ見つからないらしい。

 既に拠点内は、全て隈なく捜索済。


 となると、自然と可能性が一番高いのは外になる。


 どうやって見張りに見つからないで外に出たのかは謎だが、現状はそれ以外に考えられない。


 当然ながら外は、今はモンスターが凶暴化していたりと危険な状況だ。


 万が一にも歩いている所をモンスターに襲われたら、間違いなく小さな子供の命は無い。

 この拠点からも捜索隊は一応出してはいるが、オレにもその子供を探してほしいというのがクエストの内容だ。


 仕方のない事なのだが、こういうクエストを見ると、保護者である大人達は一体何をやっていたのか。

 つい、そう思ってしまう。


 まぁ、現実だと大抵はちゃんと見ていないから、こうなるんだよなぁ……。


 と、心の中でうんざりするソラ。


 まぁ、作られたクエスト内容に対して、愚痴を思ってもしょうがない話である。


 ここにいる精霊達は何も悪くない。


 彼等がどう頑張ったところで、シナリオの強制力によって、子供が拠点の外に出るのは防げないのだから。

 Yes/Noの選択肢すら出ないクエストを自動で受けると、少女がいると思われる四ヵ所のチェックが入った2つ目のマップをギオルから手渡される。


 時間制限で結果が変わる事も考慮して、迅速に動くためにも、先ずは執務室から出た。





◆  ◆  ◆





 長年の直感でソラは、チェックされたポイントの二つを選ぶと、最短距離で目指して走る。

 かれこれ捜索を始めて、一時間が経過した。


 最初の場所は空振りで、今は二番目に選んだチェックポイントに向かってる途中だ。


 モンスターとのエンカウントは、先程一回だけしたが、相手はリヴァイアサン・アーミーが20体だけ。


 ……2分も掛からなかったなぁ。


 しみじみと、思うソラ。

 本来ならば苦戦する所なのだろうが、付与スキルによって彼らを一撃で倒せるオレからして見たら、例え100体集まろうが敵ではない。

 むしろ経験値とエルを、敵が大量に運んできてくれるボーナスタイムだ。


 ソラは手の中で空になった二本目のマジックポーションが、光の粒子になって消えると、3本目のマジックポーションを取り出す。

 小さな口に中身を傾けて、飲みながら走るオレは、


「うーん、不味いな」


 と、眉間にシワを寄せて呟いた。

 それには、二つの意味が込められている。

 MPを50回復するポーションの甘ったるい味もさることながら、日は段々落ちてきていて、後一時間くらいで夜がやってくるだろう。


 周囲からは、モンスターっぽい鳴き声が聞こえる。


 とてもじゃないけど、外は子供が一人で生きられるような環境ではない。


 それが夜なら尚更だ。

 しかも、夜は昼間よりもモンスター達が活発に活動するようになる。


 最悪な事態が起きないように、ソラは胸の内で祈りながら、最短で真っ直ぐ突き進む。


 しばらくすると、感知スキルの10メートル以内にNPCの反応を見つけた。


 おいおい、2回目でアタリとか今日一番ついているんじゃないか?


 最悪4つ全部回る事になるのも覚悟していたので、内心飛び跳ねたくなるくらいに嬉しい。

 神様に感謝しながら、ソラは目的地に到着する。


 するとそこは花畑で、中心には一人の少女がちょこんと座っていた。


 緑色のワンピースを身に纏い、翡翠色の髪の見た目小学校低学年くらいの少女は、此方に気づくと笑顔を浮かべる。


「あ、ソラ様だ!」


 立ち上がり、駆け寄ってくる少女。

 HPは、見たところ1ミリも削れていない。

 念の為に〈洞察〉のスキルで確認してみると、付与されてる状態異常は一つもなかった。

 あらゆる角度から見ても、彼女は無事だ。


 その元気な姿に、ホッと胸を撫で下ろすと、ソラは走ってきた彼女を受け止める。


「もう、こんな危ないところまで出歩いたらダメだろ」


「ごめんなさい、敷地内で隠れてたんだけど、気がついたらここにいたの」


 あー、やっぱりクエストの為に、強制転移させられたのか。


 それならさぞ怖かっただろう。


 そう思ったソラは、彼女を安心させる為にニッコリと笑顔を浮かべた。


「でもよくモンスターに襲われなかったな。オレはここに来る途中、一回だけモンスターに襲われたぞ」


「うーんとね、わたしもモンスターに襲われたけど、あのとても強い騎士様が助けてくれたの」


「強い騎士様……?」


 少女の指差した方角に視線を向けると、そこには一人の身長180センチ程の騎士が佇んでいた。

 装飾が施された、レアリティの高そうな黒い鎧。

 背にしているのは、恐らく大剣か。

 顔立ちは兜を被っていて分からないが、鎧の形状からして男性だろう。


 見て、ソラは全身に鳥肌が立った。


 黄色いカーソル。


 プレイヤーでも、NPCでも、モンスターでもない。

 オマケに、自分の感知スキルに全く反応のないフル装備の騎士は、此方を見るとゆっくり歩み寄る。


 ソラの洞察スキルは、正体不明の人物の名前とレベルと職業を教えてくれた。


 【UNK】ハルト

 【レベル】156

 【職業】暗黒騎士ダークナイト


 ひゃ、156ッ!!?


 現時点で〈リヴァイアサン〉よりも圧倒的に強いではないか。

 こんな化け物が、なんでこんな序盤に等しい場所にいるんだ。

 しかもUNKは、UNKNOWNの略語だ。


 意味は英語で、未知の、知られていないという意味。


 まさかの、第四の存在の出現。

 敵意は全く無いが、近づいてくる騎士の内に秘める強さに、気圧されたソラは思わず腰に下げている〈白銀の剣〉の柄を握っていた。


 そして、騎士はオレの眼の前で止まる。

 緊張した面持ちのソラに対して、騎士はじっと見つめると、


『……ク……、ノ?』


 誰かの名前を呟いて、次に首を大きく横に振った。


『いや、よく似ているが違うな。オレはハルト、ヘルヘイムの暗黒騎士団に所属している団長だ。白銀の少女よ、君の名前は?』


「オレは、冒険者ソラだ」


『冒険者、ソラ……そうか。君がユグドラシルに選ばれし……』


 さっきから、この騎士は何を口にしているのだろう。

 意味が全く分からなくて首を傾げると、不意に騎士はオレの頭を撫でて、どこか泣きそうな声でこう言った。


『ああ、それにしても良く似ている。あの子は、元気にしているだろうか……』


「あの子って、誰の事だ?」


『……娘がいたんだ、君と同い年くらいの。もう半年以上も会えていないから、心配でしょうがない』


「心配なら、帰ってあげたら良いじゃないですか」


「ところが、帰り方がわからなくてね。オマケに妻とも逸れてしまった。帰る道を探すためにも、先ずは妻を探さないと」


「そうなんですか、大変なんですね……」


 そういう設定のキャラなのだろうか。


 いや、NPCにしては言葉に込められている感情が、余りにも生々し過ぎる。


 分かりやすく言うならば、この世界の住人というよりは、オレと同じプレイヤーっぽい雰囲気がするのだ。


 しかし、レベル156のプレイヤーなんて、一昨日に発売したゲームで到達するなんて絶対に不可能だ。


 それこそ、半年か1年前くらいから始めない限りは。


 この人は一体……。


 困惑するソラを見て、騎士は名残惜しそうに手を離すと背を向けた。


『すまない、君に話しても関係のない事だな。この子がほっとけなくて側で守ってあげていたけど、君が一緒ならもう大丈夫だろう』


 そう言って、騎士は歩き出す。

 普通ならば、敵かも知れない正体不明の強者が去ることは喜ぶべき事だ。

 しかし、その背中を見たソラは思わず声をかけた。


「ハルトさん!」


 騎士は足を止めると、此方を振り返る。

 ソラは、どこか寂しそうな雰囲気を纏う彼が放っておけなくて、こう言った。


「……奥さんと娘さんに、いつか会えると良いですね」


『……ありがとう』


 騎士は礼を言うと、その場から歩き去る。

 何故だろう、チクリと胸が痛む。

 ソラは、彼が去った方角をしばらく眺めていると、精霊の少女の肩を強く引き寄せた。


「ソラ様?」


「……みんなが心配してるから、帰ろうか」


「うん!」


 あの騎士から、何らかの加護でも貰ったのだろうか。


 それからオレと少女は、モンスターとは一度も会うことなく、拠点に帰り着くことができた。

 

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