第44話「お使いクエスト開始」
つまるところ、あの世界で屈指のクランの一つ〈ナイトオブクラウン〉は、構成メンバーの八割程が一般プレイヤーだったから、今回のテレビの件で崩壊したらしい。
宵闇にもそこそこ離脱者は出たが、それは〈ナイトオブクラウン〉に残ったプレイヤー達が合流する事で解決した。
クランの最大人数は60人。
それに対して、宵闇の現在のメンバーは35人と大分空きがある。
レイドボスに挑むとして、五人編成ならば七組まで作れる人数か。
一応、詩乃の〈ヘルアンドヘブン〉は大丈夫だったのかチャットで尋ねてみると、彼女のクランはプロゲーマー達が集まって結成されたものだから、そもそも退路のない冒険者ばかりだと言われた。
色々あったが、イベントに参加した2つの巨大クランがいれば、まだ戦えるだろう。
それよりも今回のリヴァイアサン戦の敗北で、詩織達は一回死んで〈天命残数〉はオレと同じ残り119となった。
詩織は大丈夫だと言っていたが、この【1】減るという現象が、オレにはとてつもなく重たく感じてしまう。
これから先、どれだけ死ぬ事になるのか。
想像もつかない事が、とても恐ろしい。
減ってしまった〈天命残数〉は、今のところ回復する手段はないのだから。
となれば一般の縛りのないプレイヤー達が、リスクしかない最前線の攻略クランから抜けてしまうのも、仕方のない事だった。
誰だって命は惜しい。
このゲームで死にまくっている人達は、今回の発表でこのゲーム自体をプレイする事を辞めてしまうだろう。
それは人としての正常な反応だと、蒼空は思った。
自分も彼等の立場だったら、同じことをするに決まっている。
或いは、あの自称神様の狙いはこれだったのかも知れない。
この件を切っ掛けにして、アストラルオンラインの真のトッププレイヤーと呼べる者達は〈宵闇の狩人〉と〈ヘルアンドヘブン〉の2つに集結する事になったのだから。
……それにしても、あの神様とやらは一体何者なのか。
声を聞いても自分は未だに彼女の存在に疑いを持っていることから、もしかしたらアストラルオンラインをプレイしている人間には、洗脳が通じないのかも知れない。
ログインする前に見た掲示板では、白髪少女の神様を崇める変態(ロリコン)が多すぎて判別できないのが難点なところだ。
今回の件をまとめて記事にしたリンネの読者コメントも、概ね掲示板と似たような感じで、全く持って参考にはならなかった。
知っていたけど、変態多すぎないか?
とりあえず、胡散臭い自称神様に対する他のプレイヤー達の認識は、現状は保留にするしかない。
詩乃も本能的にアレはヤバイ存在だと思っているらしく、万が一接触する機会があったら気をつけろとメッセージを貰っている。
まぁ、具体的にどう気をつけたら良いのか、分からないのが難点なのだが。
果たして、隠れるだけでやり過ごせるような相手なのだろうか。
テレビで見た限りでは、今朝方に出会った二人の女の子の方が百倍マトモな気がする。
ともあれ、現実で何が起きようがオレ──上條蒼空がやるべき事は何一つ変わることはない。
アストラルオンラインを攻略する、これだけは例え世界が変わっても不変の役割なのだから。
というわけで、少しだけ仮眠を取ってからログインした冒険者ソラは、目を覚ますと思わずドキッとした。
何故ならば、目と鼻の先にはスッケスケのネグリジェ姿のアリアがいたからだ。
oh……大人っすね、姫様。
ちなみにこの世界ではNPCで良からぬ事ができないように、〈セクシャルディフェンス〉によって基本的にはお触りは出来ないようになっている。
オレもシオに言われて、フレンド以外は拒絶するように設定しているのだが……。
あれ、そういえばオレ、何でフレンド設定がないNPCのアリアに触れるんだろう?
ふと思った疑問に対する確認のため、ほっぺたをツンツンと右手の人差し指で押してみる。
普通ならば、こういった行動はシステムによって途中で止められるのだが、ソラの指は何にも阻まれることなく、アリアの頬に触れてしまう。
ぷにぷにと、柔らかい感触が指に伝わる。
ふむ、どうやら防犯システムは機能していないようだ。
もしかして好感度とかが関係したりするのか。
疑問に思うが、推測の域をでない話だ。
流石にこれ以上のお触りをする気はないので、そっと離脱するソラ。
すると、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ているアリアは、
「むにゃ……ソラ様、そんなところいけません」
と、クロが聞いていたら、何やら誤解されそうなことを呟く。
そんなところとは一体……。
ツッコミを入れたところで本人は寝ているので、ソラはぐっと我慢する。
NPCが寝るというのも不思議な話ではあるが、夢を見るというのはどういう理屈なんだろう。
推測するのならば、彼女が体験したメモリーを夢という形で見ているのか。
でもそんなプレイヤーに一切関係ないムダなものを、NPCに実装する意味とは。
リアル感を出すため?
……いや、そもそも普通のゲームじゃないんだから、この推測にも意味はない。
ソラは自分の頬を両手で軽く叩くと、スイッチを入れ替える。
「よし、先ずはお使いクエストを全部片付けて、神殿のメインクエストまでさっさと進もう!」
◆ ◆ ◆
ギオルの執務室で尋ねると、第二のクエストは、指輪の力で凶暴化したモンスターの討伐だった。
提出するのは〈変異した爪〉を一つだけ。
下にスクロールしても、追加報酬は何も載っていない。
今回はどうやら複数提出しても、レアなアイテムを入手できないようだ。
とても残念な事である。
そういうわけで出発する前に、ソラは一応誰か手を貸してくれる者はいないのか聞いてみた。
しかし、ギオルには拠点の警備の為に部隊は動かせないと、あっさり断られてしまった。
となると、オレ一人で向かうことになるのだが、果たして土地勘のない者が一人で帰ってこられるのか。
アリアを起こそうかと思うと、申し訳無さそうな顔をしたギオルが、一枚の紙を渡してくる。
受け取り、開いてみるとそれはクエストを行うべき場所と、この拠点の位置がマーキングされているマップだった。
「クエストを完了すると消滅しますが、どうかこれを役立てて下さい」
なるほど、アリアが動けない時の救済措置か。
どちらにしても、これは有り難い。
礼を言うと、早速オレは拠点の外に出て、マップに表示されている目的地の方角に向かって歩く。
30分ほど、歩いただろうか。
そこそこ拠点から離れた所までくると、マップに表示されている場所には、一体のフォレストベアがいた。
こころなしか、昨日見た個体よりも一回りほど大きく見える。
しかも凶暴化しているせいか、フォレストベアは唸り声を上げながら、辺り構わず攻撃していた。
名前を見ると、そこには〈バーサーカー・フォレストベア〉と表記されている。
しかもレベルは30。
リヴァイアサン・アーミーよりも強いのではなかろうか。
「……先手必勝、一気に決める」
眦を吊り上げて、白銀に輝く剣を抜く。
ソラは剣に〈火属性付与Ⅱ〉と〈攻撃力上昇付与〉を四つ重ねがけする。
MPは軽減スキルと指輪の効果で、175の消費まで抑えられて85残った。
更に装備している防衣の効果を使用する為に、フードを頭に被ったソラは、目深まで隠す。
すると隠密度は、50%まで上昇。
そこから木の影を利用して、60%まで引き上げると、息を殺して荒ぶる森熊の背後から接近。
眼の前の木をズタズタに引き裂くフォレストベアは、破壊することに夢中で、こちらには気づいていない。
すんなりと、間合いに入る。
その瞬間、オレの取得している中で、最も手数の多い四連撃スキル〈クアッドスラッシュ〉を発動。
振り向く間も与えずに右袈裟、左袈裟、横一文字切りの金色の軌跡を描く。
バックアタックボーナスでブーストしたダメージは、一瞬にしてフォレストベアのライフを残り二割まで減少。
そして最後に剣を上段に構えると、ソラは光り輝く刃を振り下ろして、巨大な熊の身体を一刀両断。
残った二割のライフを、削り切った。
光の粒子となって、フォレストベアは反撃する時間すら与えられずに消える。
感知スキルで、他のモンスターが来ないか確認すると、ソラは小さく頷いた。
「よし、ソロ討伐成功!」
ドロップしたのは〈バーサーカー・フォレストベアの爪〉だけ。
残念ながら、他には何もないもよう。
仕方ないのでマップを頼りに拠点まで速やかに戻ると、証拠品として〈爪〉をギオルに提出した。
クエストの完了と同時に、もらったマップが消失して経験値がそこそこ入って、フォレストベアを倒したのと合わさりレベルが26から27に上がった。
流石はレベル30、経験値美味し。
少しだけほっこりすると、ギオルは爪を眺めながらガクガクと震えていた。
「まさか〈バーサーカー・フォレストベア〉を一人で倒すなんて、うちのレベル16の兵士が10人掛かりでも多数の被害を出してやっとってレベルですよ?」
それにオレは、得意気に言った。
「ふふふ、
「高位の付与魔術師だったんですか、これは実に心強い!」
そんなやり取りをした後に、ソラは次のクエストを受ける。
──内容は、隠れんぼで消えた精霊の子供の捜索だった。
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