第43話「討伐失敗」
「………あ、お兄ちゃん、オカエリ」
あれから桐江と分かれて、コンビニで頼まれていた物を購入して家に帰ると、そこにはシロを抱き締め、お通夜ムードの妹の姿があった。
「し、詩織さん?」
リビングのソファーに腰掛け、俯いたままの彼女は全く反応しない。
寝ているところを捕まったのか、詩織の腕の中にいるシロが、実に迷惑そうな顔をしている。
そんなただ事ではない様子に、オレは何があったのか大体察した。
時刻は16時頃。
昼時というよりは、夕食の時間帯。
恐らく詩織達は、精霊達を避難させた後に出現したレイドボス〈リヴァイアサン〉との戦いに負けたのだろう。
スマートフォンを操作して、ホームページにアクセス。
イベント状況をタッチして見てみると、精霊達の護送には成功していた。
しかも3つのクランによる護衛は、被害も0という100点満点の働きっぷり。
ということは、リヴァイアサンのレベルは、50から上がることは無かったのだ。
それに対して、別のページの〈リヴァイアサン〉の状況は、今日の日付の所に【討伐失敗】の4文字が分かりやすく表示されている。
精神的に疲れてはいただろうが、疲労だけで負ける程に詩織達は脆くはない。
では、後に出現したレベル50の〈リヴァイアサン〉に、何故アストラルオンラインの3つの最大戦力のクランが全滅したのか。
落ち込んでいる彼女に聞いてみると、理由はなんとも単純なものであった。
「猛毒にね、みんな削り殺されたの……」
およそ全長10メートルの四足歩行の魔竜王種〈リヴァイアサン〉。
詩織達が戦いながら調べた情報によると、第一段階での主な攻撃方法は、以下の四つ。
前方に突進する〈タックル〉。
前足の鋭い爪による前方向による範囲物理攻撃〈ワイドクロー〉。
囲むと巨体に似合わぬ跳躍をして、地面に着地した際に発生させる衝撃波で、冒険者達に一時的なスタンを付与する〈スタンプショック〉。
子と同じく、巨大な口から放つ猛毒の息吹〈ポイズン・ブレス〉。
どれも威力は、防御した騎士達のHPを半分ほど削る程であり、直撃したら大抵は即死。
そんな生と死の境界線で戦いながら、3つある体力ゲージを1本削り切った詩織達。
すると地中から見たことのない片手用直剣を手にした、人と爬虫類を合体させたような四メートルのモンスター〈リヴァイアサン・ジェネラル〉がニ体も湧いて来たらしい。
しかもそれだけじゃなく〈リヴァイアサン〉は、巨大な口から超広範囲に、威力の無い二発の猛毒の霧〈ヴェノム・ミスト〉を放ってきた。
そこで新しく発見したことは、一度毒状態になっている状態で〈リヴァイアサン〉から更に毒を受けると“毒のレベルが2”になり、僧侶の状態異常回復スキル〈クリアオール〉を一回使うだけでは解毒が不可能となる事。
しかも一秒に受けるダメージは2から5に増えて、解毒が遅れた場合はレベル20のHP400でも、80秒で削り殺されるほど。
最終的にレイドボスとの戦いは、状態異常の解除と、受けるダメージの回復の管理が両立できなくて、3つのクランはあっさりと崩壊した。
……うーむ、聞いているだけでギミックてんこ盛りで、頭が痛くなりそうだ。
詩織は身体を左右に揺らしながら、呪詛のように呟いた。
「物理攻撃は半減されてマトモなダメージ入らないから魔法部隊を編成して、騎士部隊の盾で爪とかブレスとか受けてたんだけど、一本目削り切って毒の霧を食らった以降はもうメチャクチャだったわ……」
「初見のレイドボスを相手にトリガー技を使わせたんだから、オレからしてみたら良くやった方だと思うけどな」
トリガー技とは、ゲーム等で良くあるモンスターのHPを、一定のラインまで削る事で発動する特殊な技の事だ。
〈リヴァイアサン〉のHPは三本。
一本削ってトリガー技が来たという事は、次の一本を削ると再び広範囲ミストか、別の大技が来ることは間違いない。
こういったレイドボスは基本的に、初見での討伐は余程相手が同じ行動を繰り返すタイプでない限りは、一発でクリアする事は不可能だ。
しかも今回は、回避できない広範囲デバフに、二体の武器を持った未知のモンスターまで同時に相手にしている。
こちらに不利な要素しかない状況で、勝つためには余りにも手札が足りない。
何事にも、どうしようもない事はある。
それは、彼女も十分に理解しているはずなのだが。
蒼空は、テーブルの上にコンビニで買い込んだ物を置くと、落ち込んだ詩織の頭を撫でてやる。
すると彼女は、深いため息を吐いて虚ろな目をした。
「悔しいよぉ、一本削ったら回避不可能の猛毒を撒き散らすなんて卑怯だわ」
「うーん、何らかの攻撃で
「真司君と志郎君は、次はミストを阻止できるかやって見るって言ってたかな」
実にあの二人らしい。
聞いている様子ならば、次はもっと早いペースでリヴァイアサンのライフを削り、二本目も削りきれるかも知れない。
と、そこで蒼空は、ふと思い出す。
「そういえば師匠達は?」
「私達の代わりに、二足歩行の対応に追われてて大変そうだったわ」
「ああ、初見モンスターを二体は大変だろうなぁ」
ボス戦で雑魚が湧いてくるならまだしも、中ボスっぽい敵が湧いてくるのは面倒すぎる。
しかも武器を持ったモンスターなんて、この世界で初めて相手にしたのではないか。
「反省会のときに聞いたんだけど、二足歩行は私達と同じように攻撃スキル使ってくるみたい。〈ソニックソード〉と〈デュアルネイル〉は確認したって言ってたわ」
「へぇ、モンスターもオレ達と同じスキルを使えるのか」
という事は、今後は槍だとか刀とか使ってくるモンスターも出てくるという事になる。
これは今後武器を持った敵が出てくると要注意だな、と蒼空が思っていると。
ティロリン、と詩織のスマートフォンから軽快な着信音がする。
詩織がチラリとスマートフォンを手にすると、彼女は大きく目を見開いた。
「え、ウソでしょ!?」
ただ事ではない様子の妹。
蒼空がどうしたのか尋ねると、詩織は震える手で此方を見上げた。
「私達と協力してた3つ目のクラン〈ナイトオブクラウン〉が解散したって仲間から情報が……」
「解散? なんでまたそんな事に」
「分からない。負けた後の反省会に団長のアルザさん来てたけど、次は絶対にボスを倒すって張り切ってたのに」
「それなのに解散したって事は、これは団員達と何かあったな」
「団員の人達から、テレビを見てみろって来てる。なんだろ……」
リモコンを手にして、テレビの電源を付けて見る。
するとそこには、件の白い髪の少女が教卓に立っていた。
ぱっと見は、今朝方やってきた白い少女達と同じに見える。
しかし蒼空は、何故か彼女に対して既視感を感じた。
ずっと前から知っているような。
どこかで会ったような。
そんな懐かしくも、不思議な感覚に戸惑う蒼空。
『神様、先程の話は本当なんでしょうか?』
司会と思われる女性が、日本語で問いかける。
神様と呼ばれた白髪の少女は、真剣な眼差しで女性に答えた。
『はい、全て事実です。アストラルオンラインの〈天命残数〉は、ただの残機ではありません。その回数分ゲームの中で死亡すると“現実の世界でもプレイヤーは死にます”』
「「ッ!?」」
最も謎とされていた、蒼空ですら推測でしか語れない部分を、少女はハッキリとテレビの前で断言した。
会場が、大きくざわつく。
左下に表示されているSNSのコメントも、大騒ぎになっている。
リアルは大変だが所詮はゲーム、そう思っていた人達が、完全に面食らっているようだった。
自称神様を名乗る少女は祈るように胸の前で両手を合わせると、まるでオレに視線を合わせるように此方を見た。
『ですが逃げることは許されません。もしも選ばれし者の中で戦うことを拒否すれば、その方には天罰が下されるでしょう』
『神様、その天罰というのは……』
女性が尋ねると、彼女は満面の笑顔でこう言った。
『ええ、もちろん。拒否した方は世界に対する反逆罪として、現実で死亡する事になります』
オレは生まれて始めて、笑顔を浮かべる女の子の事を、心の底から怖いと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます