第38話「サブイベント」

 場所は代わり、ソラ達がいる森から遠く離れた地では、冒険者達とモンスター達との激しい戦闘が行われていた。


 戦っているのは、シオが所属するアストラルオンライン屈指の実力者が集うクラン〈宵闇よいやみ狩人かりゅうど〉。


 相手は、緑色のウロコを持つ1メートルくらいの巨大な蛇〈リヴァイアサン・アーミー〉だ。


 三人の騎士ナイトに、格闘士ファイター魔術師ウィザード僧侶モンクの六人編成の部隊がそれぞれ森に展開して、狙われている〈風精霊〉を守るためにモンスターの前に立ちはだかる。


接触コンタクトッ!」


「全隊、戦闘開始します!」


 接敵すると同時に、森の中でいくつものスキルによる剣舞が、美しい光の線を描く。

 先制攻撃を受けた大蛇は、ノックバックするだけで大したダメージはない。


 何故ならば、強化スキルをもらっていないレベル15の冒険者が繰り出す攻撃スキル〈ソニックソード〉では、物理ダメージを半減する巨大な蛇のライフを全く削れないからだ。


 6分の1程度削ると逆に〈猛毒ポイズン息吹ブレス〉を食らって冒険者達はライフを3分の1も削り取られる。


「クソ、毒か!?」


「後退しろ!」


 毎秒2のダメージを受ける猛毒に、慌てて後退する冒険者の騎士達。


 僧侶モンクに回復してもらう時間を稼ぐ為に、格闘士の仲間が〈ソニックソード〉で援護に入る。

 その一部始終を見ていた〈宵闇の狩人〉の戦闘隊長の一人、ショートヘアの二十代の女性、マナは即座に敵の能力を見抜いて大きな舌打ちをした。


「チッ! ダメージ量から見て、敵は恐らく物理攻撃を軽減するスキルを持ってるな」


 マナの言葉に、隣に並び立つ黒髪をポニーテールにした白いコートを纏う軽装備の少女、シオが金色の剣を手に頷いた。


「そうなると、魔術師の方がダメージを出せそうね。騎士は盾で防御に専念して、魔術師をメインアタッカーに、一体ずつ確実に仕留める事に専念させましょう」


「「了解!」」


 シオの素早い判断を受けて、全隊が即座に戦術の変更をした。


「……ハ、まさかこんなにも強いモンスターが出てくるなんてね、流石は楽しい楽しいイベント戦じゃないか!」


 忌々しそうに叫ぶマナ。

 シオは全体の様子を見ながら、小さな声で呟いた。


「僧侶職のプレイヤーが一人いれば、毒を食らっても回復可能なのは助かるけど、被弾が増えるとジリ貧かな……」


「そうだな、まぁアイツ等なら大丈夫だろ」


「問題はこれが殲滅戦じゃなくて、防衛戦ってところね」


「攻めるのは得意だけど守るのはみんな苦手だからな……ところで、ウズウズしてるみたいだけど、そろそろ行くのかい?」


「ええ、ちょっとだけ遊んでくるわ」


「りょーかい。後は任せて、ヤバそうな部隊を助けてやってくれ」


「うん、分かった」


 指揮をミアに任せて、シオは〈ソニックターン〉でその場から消える。

 最小限の動き、一切の無駄を省いた洗練された動きで地面を駆け、押されている一部隊の前に姿を現す。


「副隊長!?」


「コイツ等は私が受け持つから、その間に体勢の立て直しと、精霊達の護衛に専念して」


「了解!」


 隊員達が背を向けると、シオは金色の剣〈ライトブレード〉に〈ソードガード〉を纏い、彼等に向かって放たれた五発の〈猛毒ポイズン息吹ブレス〉を全て叩き落とした。


 護衛の邪魔はさせまいと、大蛇の前にシオが立ちはだかる。


「アナタ達の遊び相手は、私よ」


 シオはタイミングを見計らうと、自身に息吹ブレスが放たれると同時に〈ソニックターン〉を使用。

 一瞬にして敵の背後に回ると、少し遅れて大蛇達にダメージ判定が発生した。


 いつ切られたのか。


 余りにも早すぎる動きと斬撃に、リヴァイアサン・アーミー達は困惑する。

 その一方で、一体ずつ切り裂いたダメージ量を見たシオは険しい顔になった。


 なるほど、頭を攻撃しても5分の1程度しか削れないのね……。


 物理ダメージの軽減とは、実に面倒な相手である。


 目を細めたシオは〈猛毒ポイズン息吹ブレス〉を避けて、再度動きを加速。

 残像を残すほどの目にも止まらない速度で〈ソニックソード〉にニ連撃の〈デュアルネイル〉を織り交ぜて、五体の大蛇の周りを捕捉されないように高速で舞う。


 しばらくして、キン、と剣を収める音が響き渡る。


 嵐のような舞によってライフを削り切られたリヴァイアサン・アーミー達は、光の粒子となって消えた。


 ……なんという力技。


 一部始終を横目で見ていた隊員達は、圧倒的技量でゴリ推した副団長の脳筋プレイに口笛を鳴らした。


「うーん、レベル17で一体あたり5〜6回もアタックが要るのかな、中々に厄介な敵だわ」


 動きを止めたそこに、隠れていた大蛇の口から〈猛毒ポイズンミスト〉が広範囲に撒き散らされる。


 流石に、これは回避できない。


 毒を受けたシオは、冷静に霧に混ぜて放たれるブレスを避けると戦線を離脱。

 前線の部隊の一つと合流して、女性の隊員から〈状態異常回復クリアオール〉を受けて全体を見回した。


「……これは不味い、想像以上に敵の猛毒が厄介ね」


「副隊長、今のミストをやられると精霊達の回復に手一杯で、隊員まで手が回りません!」


「マジックポーションの消費量がヤバいです。この勢いだと、手持ちのストックが持たないです!」


「……流石は推奨レベル30。本体がまだ出てこないのに、かなりピンチじゃない」


 見たところ、大蛇達は精霊達が大体数十メートル移動すると湧いてくるようになっている。

 シオはログインした時に確認した、サブイベントに関する細かい説明を思い出して、苦い顔をした。


―――――――――――――――――――――


 【大型レイドバトル・サブイベント】


 嫉妬の蛇の眷属。


 【イベント期限】


 7月23日〜7月31日。


 【開催時刻】


 午前10時00〜午後17時00分。


 【概要】


 大結界が弱まり、精霊の森に封印されている七つの大罪〈嫉妬〉の大災害リヴァイアサンが復活。

 母の復活に呼応して卵から孵化した〈リヴァイアサン・アーミー〉は、弱体した母の為に先兵として、避難する精霊達に襲い掛かる。


 【勝利条件】


 ・制限時間までに精霊の避難を済ませる。


 【敗北条件】


 ・制限時間を越えた時点で、精霊の避難が済んでいない場合。

 ・風の精霊の全滅。


 【注意事項】精霊が死亡した数に応じて〈リヴァイアサン〉が強化されます。


 【勝利報酬】


 風の精霊石

 ・手に持ちMPを100消費する事で〈猛毒〉を3回無効化する守りの風を発動できる。

 ・使用回数2回。

 ・2回使い切ると、割れて使用不可になる。


 【推奨レベル】30


――――――――――――――――――――――


 実に面倒なサブイベントである。


 しかも、ここでの頑張りが後の〈リヴァイアサン〉との戦闘に影響するのが、尚更イヤらしい。


「副隊長、他のクランもかなり苦戦してますよ」


 回復隊のリーダー、僧侶のリエが味方にヒールを発動しながらシオに告げる。


 確かに情報共有している他のクランからも、物理軽減と毒の攻撃の対処法に手こずっているというメッセージが飛んできていた。


「……どこも似たような状況かな」


 このイベントは参加するクランの数で、集落から移動させる精霊の数が決められる。


 今回は30人の精霊に対して三つのクランが参加したので、各クランが護送しているのは10人ずつだ。


「魔法重視のクランぐらいね、この状況で優位に戦えるのは」


「まさかこんな序盤のイベント戦で、物理ダメを軽減してくるモンスターが出てくるなんて誰も想像してなかったと思います」


「だけど嘆いている暇は私達にはないわ。サブミッションが終わったら、いよいよ本命が来るんだから」


 リヴァイアサンは、一日に一回だけ姿を現す。

 最初のレベルは50からスタート。

 精霊の被害でそのレベルは上がり、最大で130まで上昇する。

 だからレイドボスと対等の戦いをするためには、なんとしても精霊達の護送は成功させなければいけない。


 そう思った瞬間だった。


 防衛ラインを抜け、5体の大蛇達が精霊達に真っ直ぐ向かう。


「副隊長!」


「わかってる!」


 不味い、あのままでは何人か殺られる。


 被害を最小限に抑えようと、シオが〈ソニックターン〉で向かおうとすると。


 二つの疾風が、大蛇の横から現れた。


 ──アレは!?


 大蛇が息吹ブレスを放つと、先行する風の一つは精霊達の前で立ちはだかるように止まり、大きな盾を構える。


「悪しき息吹から精霊を守れ〈リインフォース〉ッ!」


 騎士のスキルで強化され巨大化した盾が、大蛇の猛毒を全て防ぐ。

 更に諦めずに突進してくる五体を冷静に見据えると、鎧を纏う少年は盾を構えたままもう一つのスキルを発動させた。


「ここからは一匹たりとも通しません〈挑発〉発動!」


 散り散りになって精霊を襲おうとしていたモンスターの動きが、スキルによって全て少年に向けられる。


「アァァァァァァァァァァッ!」


 一纏めとなって突進してくる大蛇のタックルを、少年は盾で受け止めた。

 しかし相手はレベル20が5体。


 強い衝撃に、押し負ける少年。


 だが弾き飛ばされないように身を極限まで低くすると、歯を食いしばり耐える。

 後ろに大きくずり下がり、数メートルほど押し込まれるが、大蛇の動きはそこで止まった。


「シン、今だ!」


「よく止めてくれた、ロウ!」


 もう一人の少年がマジックポーションを飲み捨てると、周囲に10本目の風の槍を生成して右手を前に翳(かざ)した。


「俺の編み出した我流魔術を喰らえ、ウィンドランス掃射ッ!」


 巧みな操作で放たれた魔術の槍は、全て的確に大蛇の頭に2本ずつ突き刺さる。

 弱点判定によって2倍のダメージを受けたリヴァイアサン・アーミー達は、光の粒子となって消えた。


「よし、なんとか間に合ったな。一旦疲労度を回復させるぞ」


「そうですね、一度休憩しましょう」


 トップクランの冒険者ですら苦戦する大蛇を瞬殺した二人の冒険者の出現に、皆の視線が集まる。

 シオは、その二人を良く知っていた。


 真面目気質の少年のシン。


 いつも爽やかな少年のロウ。


 数時間前に会ったばかりの二人は、シオに気づくと軽く手を振るのであった。

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