第31話「白き夢と現の異変」


 気がつけば真っ白な花畑の上に、少年に戻ったオレは立っていた。


 ここは……。


 しかも花だけでなく、空も草も地面も何もかもが白い。


 しゃがんで触れてみないと、判別ができない程に真っ白だった。


 なんで、こんなところに……。


 最後に記憶に残っているのはアップデートが始まるまで2時間、そこから終わるまで4時間の合計6時間も掛かるとの事でベッドに転がったところまで。


 ということは、ここは夢の中だ。


 変な夢だな、と思いながら立っていると。


 真っ白な髪の少女が花畑の上を笑いながら踊っていた。


 服装は髪と同じ真っ白なドレスを身に纏っていて、どこかのお姫様っぽい見た目だ。


 よほど楽しい事があったのだろうか。


 美しい容姿の少女は、心の底から楽しそうに笑っている。


 そしてオレの存在に気がつくと。


 彼女は踊るのを止めて、真っ直ぐに走ってくる。


 避けようかと思ったが、何となく受け止めてあげると彼女は笑ってこちらを見上げた。





「──ソラ様、魔王を倒して“この世界を救済”して下さいね」





 少女はそう言うと、背筋が凍るような不気味な笑顔を浮かべた。





◆  ◆  ◆





 身体が激しく揺さぶられて、蒼空は深い眠りから目を覚ました。


「お兄ちゃん、たた大変よ!」


「んあ?」


 揺さぶったのは妹の詩織か。

 何故か鼻先まで顔を近づけて、何やらただ事ではない様子。


「うーん、起きるからちょっとまって」


 変な夢を見たせいか、少しだけ気だるい。

 なんとか頭を持ち上げて、次に上半身をゆっくり持ち上げると蒼空はその場でボーッとなった。


 ……変な夢だったな。


 性転換して初めての朝。

 自分の身体は白銀の少女に性転換して、もとに戻る様子は全くない。

 魔王を倒すのは最優先目標であり最終目標だが、それにしてもあんな不気味な夢を見るだろうか。


 夢ってその人の潜在意識が現れる事もあるって聞くけど、なにもあんなホラーテイストじゃなくても良いだろ。


 胸中でため息を吐いて、気を取り直す。

 壁に掛けてある時計に視線を向けると、時刻は午前5時30分だった。

 あと2時間くらいしたらアップデートが終わり、アリアとクロと約束した時間になる。


「うーん、後1時間くらい寝ようかな」


「もう、お兄ちゃんそれどころじゃないのよ!」


「うん? そういえばどうかしたのか」


 いけないいけない。

 すっかり妹の事を忘れていた。

 よく見ると普段は両親やオレには絶対に着替えて部屋から出てくる彼女が、今日はウサギのパジャマ姿で目の前にいる。


 着替える事を忘れる程の何かがあったのか。


 オレが尋ねると詩織は強く頷いて、外を見るようにカーテンで閉じられた窓を指差す。


 外に一体何があるのだろう。


 疑問に思ったオレはベッドから立ち上がり、窓に近寄るとカーテンを開く。

 するとそこには、いつもの見慣れた神里市の街の風景ではなく。


 ──街の歩道や車道に見たことのない木が生えているという、実に理解不能な光景が広がっていた。


「……はい?」


 思わず変な声が出てしまった。

 見たところ、どこも住居は無事っぽい。

 木はコンクリートの地面を突き破って生えたわけではなく、まるでコンクリートの上から根ざしたかのように見受けられる。


 とりあえず試してみるか。


 幻覚を見ている事を考慮して、カーテンを一度閉めて、もう一回開いてみる。

 しかし街に木が生えているという、信じ難い風景は全く変わらない。

 何だか嫌な予感がして、蒼空は家の近くにある巨大な大木を注意深く観察してみる。

 すると普通の樹木と違うことに気がついた。


 淡い光の粒子を纏う木。


 これは見たことがある。

 そうだ、確かアストラルオンラインの。


「これ、精霊の森に生えてる木っぽいよな」


「ぽいじゃなくて、精霊の木よ!」


「ということは、ここは精霊の森?」


「ゔゔぅ、やっぱりそうなのかな」


「ふむ……となるとワンチャン念願のお姫様を探せるぞ」


「そっか、これなら探せる……ってゲームの中で会わないといけないのに例えリアルで会ってもしょうがないでしょッ!」


「ぐふぉ!?」


 鋭く重たいツッコミの裏拳が腹に命中して、宙を浮いたオレはそのままベッドの上に横たわる。


 ……相変わらず良い拳だ。


 とっさに打点をずらさなければ、クリティカルヒットして気絶していたかも知れない。

 流石は武器なしの格闘VRゲームで詩乃と勝敗が五分の天才バケモノだ。

 兄妹ケンカして勝てる気がしないぜ。


「さて、冗談はこのくらいにしていよいよマジでヤバくなって来たな」


「なんでアストラルオンラインにある森が現実世界に出てきたんだろ」


「うーん、森か。……もしかしたらだけどプレイヤー達で共有しているクエストの進行に関係があるとか?」


「それって今の問題を言うのなら、私達が姫様を見つけられないからだよね」


「この状況で考えられるのはそれくらいか」


「もしかして姫様を見つけてクエストをクリアしないと、これって悪化するのかな?」


「こればっかりは分からないなぁ」


 見たところ森が生えたくらいで、モンスターとかが現実化している様子はない。

 あくまでマップを再現しているだけなのか。

 それともこれはほんの序の口で、ここからとんでもない変化をするのか。


 うむ、分からん。


 余りにも情報が無さすぎる。

 詩織もオレもわりと冷静だが、昨日の性転換騒ぎがなければここまで落ち着いていられなかっただろう。

 というか、ここまでアストラルオンラインが現実化しているというのであればもしかして。


「ステータスオープン」


「お兄ちゃん、まさか!?」


「……うーん、こっちはダメっぽい」


 一応試してみたが反応はない。

 こういう時の定番ネタだが、どうやらステータス画面を開くことはできないようだ。

 安心したような、残念なような複雑な気持ちである。

 ただ少なくともこれで、モンスターとかが街に出るような事態じゃないことは分かった。

 とりあえず現実的な話をしよう。


「オレ達が見ているのが幻覚って仮定した場合、これって脳外科なのかな、眼科なのかな?」


「う、うーん。目というよりは脳外科……ってその前にお兄ちゃんは自分の身体の事を診てもらわないといけないでしょ!」


「ああ、そういえばそんな話もありましたなぁ」


「まったく抜けてるんだから……ほら、丁度わたしのクランの人から返事が……ッ!?」


「うん、どうした詩織」


 スマートフォンの液晶画面を覗いた詩織が、そのまま固まってしまう。

 ただ事ではない様子だ。

 疑問に思ったオレが、失礼を承知で横から覗き見ると。


『性転換は呪いですね。病院の管轄ではないので一度〈守護機関ガーディアン〉の施設を訪ねた方が良いと思います』


 ……は?


 性転換が呪い?


 これは一体どういうことだ。

 およそ医者から届くメッセージとは思えない内容だ。

 もしかしてアストラルオンライン、略してアスオンジョークというヤツだろうか。

 というか〈守護機関ガーディアン〉なんて聞いたことがないのだが、この人は一体何を言ってるんだ。


「一応聞くけど詩織、おまえ魔王の呪いの事を言ったのか」


「ううん、私そんな事一言も口にしてない。ただお兄ちゃんの性別が変わった事について相談しただけよ」


「いや、その相談の仕方も中々にアレだけど、それならこの人は一体どういうつもりでこんなメッセージを送ってきたんだ。ていうか冗談にしてもこれは……」


 不意に一階から呼び出しのチャイムが鳴り響く。


 なんだか、とても嫌な予感がした。


 蒼空はベッドから立ち上がると自室から飛び出して、一気に一階まで駆け下りる。

 そして固定電話の壁に備え付けてあるインターホンのモニターで外を見ると、そこには白いワンピースを着た不気味な少女が二人立っていた。

 一人はロングヘアで、もう一人はセミロングヘアだ。

 身長は160くらい。

 年齢は10代前半に見える。


「どちら様ですか?」


 警戒した蒼空が緊張した面持ちで尋ねると。


 彼女達は、口を揃えてこう言った。



『はじめまして、上條蒼空様ですね。私達は〈守護機関ガーディアン〉から派遣されてきました〈使者〉です。本日は蒼空様と妹の詩織様に、冒険者のライセンスカードをお持ちいたしました』


 

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