第32話「白き使者」
何だか見覚えがあるような気がする少女の口から出たのは、全く聞いたことのない単語だった。
守護機関(ガーディアン)の使者。
冒険者のライセンスカード。
一体なんだそれは。
いきなり現れたくせにこちらが理解できない言葉を口にして、それでハイそうですかと不審な人間に不用心に扉を開けるものか。
宗教の勧誘をする奴らも大概だと思うが、あちらの方がもっとマシな誘い方をすると思う。
見た目が子供だからなのか知らないけど、完全に舐められているような気がした。
バカにするのも大概にしろよ。
少しばかりムカついた蒼空は、冷めた顔をすると彼女達に手短に告げた。
「あー、すみませんけどウチは宗教のお誘いはお断りしてますのでお帰り下さい」
そう言って、向こうの返事を待たずにインターホンの映像を切る。
こういう場合はまたインターホンを鳴らしてくると思われるので、操作して電源をオフにした。
これで次から鳴る事は無い。
さて、彼女達は次はどう来るのかな。
ドアを叩いてきたら警察に電話しよう。
そう思いながら待機していると。
オレの背中にピッタリ張り付いて先程から様子を伺っていた詩織は、少し怯えた様子で言った。
「なに……今の人達」
ああ、そういえば詩織はオレと同じでホラーとか苦手だったような気がする。
相手は得体の知れない少女達だ。
詩織が怯えるのも無理はない。
「うーん、これで帰ってくれると楽なんだけどな。そうじゃなかったら詩織、いざという時はオレが責任持つから実力行使たのむ」
「うえぇ、あんな得体の知れない人達を素手で殴るなんて怖すぎてムリだよぉ」
「大丈夫大丈夫、今は朝だし相手は物理無効のゴーストじゃないから。詩織様の師匠直伝の鉄拳なら余裕で撃退できるって」
「じゃあお兄ちゃんはそこのお父さんの護身用の木刀で戦ってよ」
「おい、オレはVRでは確かに強いけどリアルではクソザコだぞ」
「嘘つかないでよ、剣道部にスカウトされてるの知ってるんだから!」
「ちょ、おまえそれをどこで」
そこまで口にすると、鍵をかけている筈の扉から“ガチャリ”という音がする。
視線を向けると、横を向いていた鍵がゆっくりと縦に動くのが見えた。
ウソだろ?
背筋がゾクッとする。
身の危険を感じた蒼空は額にびっしり汗を浮かべ、詩織を背に隠してとっさに木刀を右手に掴んだ。
ズシリと手に確かな重さを感じて、果たしてこの少女の身体で今までVRゲームで培ってきたスキルを再現できるか疑問に思う。
いや、できるできないではない。
やるしかない。
詩織は恐怖で硬直している。
動けるのはオレしかいないのだ。
そんな不安を抱く中で、扉がゆっくりと開かれる。
そこでオレは耐えられなくなった。
恐怖に突き動かされた蒼空は、白い少女達の姿が見えた瞬間に木刀を手に駆け出した。
再現するスキルは〈スカイファンタジー〉で嫌になるほど使用してきた移動スキル〈ダッシュ〉からの上段切りのスキル〈アークブレード〉。
身を低くして己を一つの弾丸として地面を走り、背負った木刀を渾身の力で振り下ろす。
速度は遅いが精密に再現されたソレは、普通の人間ならば打撲では済まないレベルの一撃だった。
しかし、白い少女は鼻先に迫るソレを見て笑うと。
「お見事です。その呪いを受けた身でこれほどの鋭い剣技をお見せして下さるとは思いませんでした。ですが」
少女は表情を全く変えずに木刀を容易く受け止めると、その細身からは想像もできない力であっさり木刀を奪い取る。
姿勢が崩れたオレの手を掴んで関節を決め、そのまま玄関の硬いコンクリートの上に組み伏せた。
「ぐ、がはッ!?」
「お兄ちゃん!」
「詩織様、そこから動かないで下さい。“治療できます”が、一瞬でも蒼空様の腕をへし折るような真似は私もしたくありません」
蒼空を助けようと詩織が動こうとすると、もう一人の白い少女が前に立ちはだかる。
口調は淡々としているが、コイツは下手なことをしたら本気で腕を折る気だ。
それだけの圧を、蒼空は肌に感じた。
「う……っ」
流石にこれでは詩織も動けない。
オレも白い少女の細腕からは想像もできない程の力でガッチリ押さえつけられてる上に、右腕の関節を決められているので全く抵抗できなかった。
いやはや、これはまいった。
正直に言って勝てるとは思っていなかったが、まさかこんなにもあっさり負けるとは。
どうしたものかと困っていると、オレを容赦なく押さえつけている白い少女はこう言った。
「私達は〈守護機関(ガーディアン)〉からの要請と、ライセンスカードの受け渡し、それについての説明をしに来ただけです。話を聞いてくださるのであれば、これ以上の手荒な真似は一切致しません」
「手荒ねぇ……一応言っておくけどおまえ達がやってる事は住居不法侵入と暴行罪だからな? オレは正当防衛だけどおまえ達は……」
「ああ、それなら大丈夫です。私達は国から認められた法律に縛られない存在なので」
「メン・イン・ブラックかよ!」
「お兄ちゃん、この人達は白いからメン・イン・ホワイトよ」
「どちらにしてもマトモな組織じゃないのは分かった。テレビ局に教えてやったら大喜びかもな!」
詩織と変な漫才のようなやり取りをした後にオレがそう言うと、彼女は口元に微笑を浮かべた。
「ふふ、半年前くらいから存在していましたよ。蒼空様達は知らなかっただけです。それと警察や報道機関に私達の事を言ったとしても、誰も動いてはくれせん」
「都市伝説と似たような存在の組織なら、そうだろうな。でも半年前って丁度アストラルオンラインのベータテストが終わった時期だぞ。おまえら、あのゲームと何か関係があるのか?」
「よくご存知ですね。流石は蒼空様です」
「ゲームを始める前に掲示板とかで情報収集するのは当たり前だろ。それで都市伝説も少しだけ調べたんだ。このゲーム、ベータテストでやたら“行方不明者”が出てるみたいじゃないか」
「都市伝説を鵜呑(うの)みにされるなんて、蒼空様は可愛らしいところがあるんですね」
実に白々しい返答だ。
しかし、いい加減この姿勢も辛くなって来た。
夏場とはいえ玄関の床は冷たい。
このままでいるとお腹を壊しそうだし、後2時間後くらいにはクロとアリアと合流しないといけない。
蒼空は観念すると詩織を一瞥(いちべつ)した後にこう言った。
「わかったよ。とりあえず話は聞いてやるから離せ」
「ありがとうございます。もしも腕を折るような事になったら、上に怒られるところでした」
そう言って白い少女はオレの上から退く。
蒼空はすぐに起き上がる事はしないで、その場で思考に耽(ふけ)る。
上に怒られる、か。
白い服に白い髪。
細い腕からは想像もできないほどの力。
たぶん、こいつらは人間ではない。
使者とは〈天使〉の事を指す言葉でもある。
彼女達が〈天使〉みたいな存在だと仮定すると、その上司ってことは、上は〈大天使〉かそれとも〈神様〉なのか。
どちらにしても、およそマトモには到底思えない。
彼女は遠慮なく家に上がると、手にした木刀をまるでそこにあったのを知っていたのかのように元の位置に戻した。
こいつらもしかして家の中を全部把握してんのか?
謎が深まる一方で、とりあえず話を聞く前に蒼空は彼女に一つだけ質問をする事にした。
「ところで、鍵掛けてたのどうやって開けたんだ? ウチのセキュリティって結構親父が力を入れててな、特に玄関は“カード”がないと開かないようになってるんだよ」
「残念ですが、それは企業の機密に抵触しますのでお答えすることはできません」
ただでさえ不気味で胡散臭いヤツ等が、更に胡散臭くなった。
先程の腕を折っても治せる発言といい、まさかこいつ等魔法を使えたりしないだろうな。
「はぁ、とりあえずおまえらリビングのソファーに座れよ。客人じゃないから茶はだしてやらないけど、棒立ちじゃ話はできないからな」
「お気遣い感謝致します」
蒼空は立ち上がり服についた埃払うと、増える厄介事に深いため息を吐いた。
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