第22話「風の精霊王」

 ただの王族の姫ではなく、まさか妖精王と精霊の女王との間に生まれたハイブリッドお姫様だったとは。

 あれから村の中で一番大きい木造の屋敷に案内されたソラは、一流の職人が作ったっぽい木造の椅子に腰掛けてまったりしていた。

 この場にアリアはいない。

 母親──女王を呼んでくるとの事で席を外していて、今この場にいるのはオレだけだ。


 うーん、実に落ち着く雰囲気だ。


 精霊族の王は贅沢を嫌うのか、客間にあるのはどれも一般家庭にありそうなモノばかり。

 メイドの精霊族の女性が運んできたお茶っぽい飲み物に口をつけると、ほろ苦くも深い味わいに頬が緩む。

 茶菓子のクルミみたいなものが入ったクッキーも、口に入れるとサクサクしていて食感が良く実に美味い。

 VRのファンタジーゲームは大抵の料理は見た目だけで無味が多いのだが、このアストラルオンラインは実に手が込んでいる。


 こりゃ色んなところで料理店巡りをするのも楽しそうだなぁ。


 そんな事を考えながら10個目のクッキーに手を伸ばすと、部屋にある唯一の扉がゆっくりと開いた。

 中に入ってきたのはアリアと、彼女を少しだけ大人にしたようなドレスを身に纏う気品のある女性だ。

 アリアのお姉さんだろうか。

 そう思ったソラは、クッキーに伸ばした手を戻して彼女達に向き直る。

 女性はアリアの前に一歩出ると、丈の長いスカートを両手でつまみ上げ優雅に一礼した。


「はじめまして、私は〈風の精霊王〉シルフと申します」


「は、はじめまして、自分は冒険者のソラです。……え、精霊王ということはアリアのお母様?」


「はい、その通りです」


「随分とお若いんですね」


「精霊族と妖精族は昔から見た目があまり変化しない種族ですから」


「ああ、なるほど。ということは……」


「はい、お母様はこう見えても500年以上生きておられるのですよ!」


 アリアが嬉しそうにオレとシルフの会話に割り込んできた。

 その様子にシルフは苦笑して、彼女の頭を軽く撫でると再び此方に向き直る。

 すると今度は娘と一緒に深々と頭を下げてきた。


「ソラ様、この度はスケルトンソルジャーから娘を助けて頂き、心から感謝致します」


「本当にありがとうございます。ソラ様に助けてもらわなければ、わたくしはあの場で死んでいました」


「お、お二人ともお顔を上げてください。オレは冒険者として困ってる人をほっとけなかっただけですから!」


 急に美少女二人に頭を下げられるなんて、あまりにも心臓に悪すぎる。

 椅子から立ち上がり、ソラが右往左往すると、王女と皇女は頭を上げてその様子を見てくすりと笑った。


「可愛らしいお方ですね」


「でもお母様、戦う姿はおとぎ話のルシフェル様みたいにとても強くてかっこいいのですよ!」


「そうね、その髪の色とご尊顔は亡くなられたルシフェル様と瓜二つです」


「あのー、先程もアリアから聞いたんですけど、そのルシフェルっていうのは」


「……もう300年も前になります。この世界を滅ぼさんと現れた魔王シャイターンを倒すためにルシフェル様は、四大天使様を引き連れて〈世界の果て〉に向かわれたのです」


 そしてルシフェル達は戻ってくる事は無かった。

 代わりに五つの光の柱が〈世界の果て〉がある方角から立ち上り、それ以降はこの世界から魔王の気配が消失したらしい。

 つまり状況から推測するに、ルシフェル達は破れて〈魔王〉を封印するという道を選んだのだ。


 何故ならば、オレが出会った美少女の魔王様はとても元気そうだったからな。 


 まったく、少しくらい弱らせてくれてたらもう少し善戦できたかも知れないのに。

 自分のスキルとなった可能性が高い〈ルシフェル〉に胸中で文句を言いながら、ソラはシルフに視線を向けた。


「なるほど、まだこの世界について情報が不足してるから助かりました」


 魔王がいると思われる〈世界の果て〉という場所。

 その魔王に挑み、封印という選択をした〈ルシフェル〉と〈四大天使〉の事。

 不明瞭なこの世界に必要なピースがはめ込められて、ソラは一歩だけ前進した事に微笑を浮かべる。


「あの、ソラ様」


「なんでしょうか?」


 シルフは何やら申し訳なさそうな顔をすると、オレにすがるような顔をして話を切り出した。


「冒険者達は〈魔王〉の討伐という大切な使命があるのは存じております。ですがお願いです、私達に貴女の力を貸していただけないでしょうか」


「……女王様、何かあったんですか」


「はい。実は先日から〈森の結界〉が弱まり、スケルトンソルジャーや他のモンスター達が森に現れるようになったのです」


「ふむ、その原因に心当たりは?」


「それは分かってます。恐らく結界を弱めているのは、森の神殿に封印されている〈翡翠ヒスイの指輪〉です」


「〈翡翠の指輪〉……」


 ユニーククエスト〈四聖の指輪物語〉に関与してそうなアイテム名に、ソラは目を細める。

 シルフはオレの言葉に頷いてみせると、話を続けた。


「〈翡翠の指輪〉は300年前に森の奥地に落ちた物で、強い魔力を秘めています。私達には触れることすらできないので、当時の長……私の母が封印したのです」


「それが森の結界に干渉しているんですか」


「はい、実は先日から急激に〈魔力〉が強くなる気配を感じまして、レベル【10】の兵士を五人派遣したのですが未だに誰一人帰ってきてません」


「それはただ事じゃないですね」


「はい、一刻も早く取り除かなければ、森に住む者達にも危害が及びます」


 ここでユニーク・サブクエスト〈翡翠の指輪の回収〉が発生する。

 再び【YES/NO】の選択肢が出てくるので、それをタッチしてソラは力強く頷いた。


「わかりました、オレに任せてください」


「ソラ様、ありがとうございます!」


「……ッ」


 急に両手を掴まれて、超がつく美少女のシルフの顔が間近に迫りソラは顔を赤くした。


 いかんいかん、相手は人妻ぞ。


 気を紛らわせるために咳払いをすると、ソラはシルフに言った。


「しかしオレは封印している場所が分からないですし、その封印を解く力もありません。それらを任せられる人は……」


「はい、それは全てわたくしが引き受けます!」


「アリア?」


 勢いよく右手を上げて、自分が付いていくと自己主張するアリア。

 しかし〈洞察〉スキルで見る限り彼女のレベルは【10】程度しかない。

 職業は神殿では見当たらなかった特殊枠っぽい〈祭司ドルイド〉で、スキルレベルは相応の【5】だ。

 対してオレの現在のレベルはクエスト開始報酬で【22】まで上がっている。

 話を聞いている限りでは向かう場所はレベル【10】が五人ほどいても壊滅する程の危険地帯。

 一人で彼女を守りながら進むのはかなり不安があった。

 それにオレは昔から敵を殲滅せんめつするのは得意だが、防衛ミッション等は苦手なのだ。


 せめて推奨レベルとかあったら目安になるんだけどなぁ。


 クエストを開始する時にそういうのは一切見当たらなかった。

 ソラはシルフに視線を向けると、一応彼女に誰か助力を求められるか尋ねた。

 しかし、彼女は首を横に振ると実に申し訳なさそうな顔をした。


「申し訳ございません、本来であれば腕利きの者を何名か出したいところなのですが、強い者は昨日よりこの広大な森に点在している同士達の助力に派遣しておりまして……」


「妖精国には救援を求められないんですか?」


「結界の効果は健在ですので、救援を求めたところで森に入ることができないのでダメなのです」


「なるほど……ああ、だからアリアは妖精国から護衛の一人もつけないであんなところにいたのか」


 オレが納得すると、アリアは「森の危機にいても立ってもいられなくて……」と己の軽率な行動が招いた危機に対して反省した。

 うーん、でもまだ謎が残る。

 顎に手をついて少しだけ考えるポーズを取ると、ソラは思い出した。


「そうだ。妖精国の人達は入れないのに、なんでオレはあの時森の中に入れたんだ。それが分かれば、オレの仲間に助けを求められるかも」


「それは私がお答えします。恐らくはその服のおかげですね」


「この服ってどういうこと?」


「ええ、実は昔から“冒険者の始まりの服”は、ユグドラシルの加護で一回だけこの森に立ち入る力を宿しているのです」


「……はい?」


 なんだと、そんな情報は初耳だぞ。

 ソラは改めてステータス画面を開いて、自分の着ている上下同じデザインの素朴な衣服をタッチして詳細を出す。

 そして、そこに記されていた内容に絶句した。


 〈始まりの服〉

 防御力【F−】

 耐久力【F−】

 ユグドラシルの加護を受けた衣服。

 売ると高値で買い取って貰える。



 【注意】 非 売 品 


 

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