第12話「少女の接客業」
「お買い上げ、ありがとうございました」
購入が完了したチャリーンという音を聞き、ソラはぎこちない笑顔で頭を下げる。
今購入されたのは、Dランクの片手剣〈スチールソード〉。
鋼で作られた剣で、攻撃力【D+】耐久力【E+】と高水準のものである。
当然ながらお値段は、一本で10万エルだ。
自分の現在の所持金が6950エルだからスライム狩りで稼ぐとした場合、今日と明日寝る間も惜しんで頑張ってようやく一本買えるかといったところ。
もしかしたら、次の国にはもっと稼ぎの良い狩場があるのかも知れない。
高い買い物をあっさりしていく上級プレイヤーに感心しながら、ソラは背中を見送った後店のレジで呆然と突っ立っていた。
会計は基本的にはシステムでのやり取りなので、ソラがやることは一切ない。
ただレジに立って来店してきた人に「いらっしゃいませ」と、買い物を済ませた人に「ありがとうございました」と言うだけだ。
店番というのは初めての経験であるが、これならば自分にも問題なくできる。
え、
そんなの接客したことのないゲーマーがマトモにできるわけないだろ。
もう何人もの買い物をしたプレイヤーに綺麗な笑顔をしてみようと試みたが、未だに自然にできない。
先程はシンとロウにも「壊れた玩具みたい」という辛辣な評価を貰い、ムッとしたソラは所持アイテムのスライムゼリーを2個を取り出して彼等の顔面に叩きつけてやった。
すると80パーセントほどあったフロアの清潔度が、床に散らばったスライムの残骸によって10パーセントほど下がった。
その行いを反省はしても、後悔はしていない。
だってムカついたのだから。
ソラは視線を店内に向ける。
キリエが奥の工房に閉じこもってから、既に1時間が経過した。
店内には来店した何人かのプレイヤーが武器を吟味していて、お値段を見ると「うーん」と唸(うな)りだす。
装備を見たところ初心者ではない。
昨日の夜中あたりに始めた中級プレイヤーってところか。
先程の上級者のプレイヤーから聞いたのだが、この店はかなり評判が高いことで有名らしい。
だから初見で訪れる中級以上のプレイヤー達は、大抵ああいう風に性能に惹かれた後にお値段に叩きのめされるとの事。
まぁ、高いよね。
性能は間違いないのだが、昨日リリースされたばかりでこの店の商品を即買できるのは、休憩もそこそこに潜っている廃人のトッププレイヤー達だけだ。
それだけ良質で高い物を取り扱っていると、盗みとかが怖いところだけどその心配はいらない。
手にした武器や防具は、防犯システムによってキチンと精算しないと店の外に持ち出せない仕組みになっている。
もしも店の外に持ち出そうとすれば、防犯の壁に阻まれて出ることはできない。
サポートシステムからそう教えてもらったオレは安心した。
盗まれる心配がないのは、気を張る必要がないから有り難い。
と思っていると、また新しいお客様が来店してくる。
「いらっしゃいませ」
今度は自然な笑顔で挨拶できた。
我ながら、良い笑顔だったのではないか。
そんな感想を一人抱くソラ。
すると相手の少年は顔を真っ赤にして「て、天使?」と何やらオレに空想の存在を当てはめた感想をもらす。
彼はそこから一歩も動けなくなり、ソラを凝視して固まってしまった。
まさかとは思うが、笑顔にビビってしまったのか。
少年に対して、これ以上の刺激をしないようにソラは恐る恐る尋ねた。
「どうかされましたか?」
「で、出直してきます!」
すると少年は、回れ右をして店から逃げるように出てしまった。
……解せぬ
逃げる程に酷い笑顔だったのだろうか。
ソラが
よし、テメェ等の顔覚えておくからな。
ピキピキと、こめかみに青筋を浮かべるソラ。
それからしばらく立っていると、店の外から此方を伺う人達をチラホラ見かける。
しかし彼等が中に入ってくる事は無い。
ずっとこんな調子である。
少しだけ退屈になったソラは、重たい気分を払うために軽く手足を伸ばした。
「ふぅ……」
溜め息を一つだけ吐くと、今は掃除をしている親友の二人を眺める。
彼等は現在、自分が叩きつけた事で床に散らばったスライムの残骸と格闘していた。
「二人とも頑張ってるな」
「どこぞの誰かさんがスライムを撒き散らしてくれたからな」
「スライムって中々取れないんですね……」
「ハッハッハ、これも試練だよ。ほらちゃんと経験値入ってるだろ」
武器を選び終えたシンとロウはキリエに少しでも恩返しをするために、彼女の許可を得て店の箒と雑巾を手に一生懸命掃除している。
最終目標は今いるフロアの清潔度が70パーセントなのを、最大値の100パーセントまで上げる事。
ちなみにサポートシステムいわく、このゲームは色んな行動で経験値を獲得できるらしい。
例えばキリエ達みたいな鍛冶職人は武器を作ることで経験値を獲得できるし、店の掃除という行いも経験値を獲得できる要素の一つだ。
経験値の量は見たところ、スライムを倒すことに比べれば多い上に1パーセントずつ上げる度に貰えるので戦闘が苦手な人にはオススメか。
「でもオレがやるには効率悪いし資金とかアイテムとか手に入らないし、モンスター狩ったほうが楽しいかな」
「その意見には全面的に同意だ」
「ボクとシンが掃除してるのも、彼女からタダで武器をもらうのが心苦しいからですね」
そう言って、二人は選択した装備に片手で軽く触れる。
シンが選んだのは【Eランク】の槍〈アイアンランス〉だ。
攻撃力は【D−】と高く、耐久力も【E−】と悪くない。
実家では父親が槍術の師範をしており、シンは跡を継ぐ兄と共に小さい頃から訓練していた。
確かその実力は全国クラスだったはず。
「まぁ、シンと言ったら槍だよな」
「やっぱりどんな武器を持っても、手に一番馴染むのはコイツだからな」
シンは苦笑すると、ロウの背負っている物に視線を向ける。
騎士の職業である彼が選んだのは、攻撃力を上げる武器ではなく防御の要となる盾だ。
【Eランク】〈アイアンシールド〉。
装飾や彫刻などは一切ないシンプルな盾だが、キリエの作品ということもありその防御力は【E−】で耐久力は【D−】とかなり高い。
サポートシステムいわく、盾のダメージは上手く受ければ防御力以上の効果を発揮できるとの事で、計算的には受けたダメージ−防御力=耐久力のダメージ的な感じらしい。
ロウは嬉しそうにはにかむと、盾を構えて見せた。
「これにスキルの〈挑発〉と組み合わせればタンクとしては完璧です」
「おお、騎士(ナイト)っぽい」
「盾があると騎士って感じが増すな」
二人とも序盤で手に入る装備としては、最上級と言っても差し支えないレベルだ。
特にロウの盾に
シンの魔術と槍術も、とても頼もしい組み合わせだ。
後はオレの主武器が完成したら、精霊の森に向かっても良いかも知れない。
そう思っていると、急に外でオレを伺っているプレイヤー達から驚くような声が聞こえる。
一体どうしたのだろうか。
少しだけ気になるが、武器を持ってきた男性プレイヤーの対応に専念するので無視した。
「ありがとうございました」
頭を下げて、武器を購入した男性を見送るソラ。
少しだけ遅れて次の客が入ってくる。
オレは笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えると、その客を見て固まった。
黒く長い髪で左目を隠した自分と同年代の少女。
後ろの腰まで長い髪は流しポニーテールにしており、精巧な人形のように美しい顔立ちをしている。
だが何よりも驚いたのは、纏う空気が他のプレイヤー達と全く違う事。
まるで抜身の刃のような鋭さだ。
黒いドレスに軽装の防具を纏う彼女は、表情の伺えない半目でオレを見るとこう言った。
「……貴女が〈白銀の剣姫〉?」
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