第10話「キリエの店」

 グレン達が気絶したガルドを拾って撤収しても、広場にはクランに所属する何百人ものプレイヤー達が残っていた。

 彼等はオレに話しかけるタイミングを見計らっている様子だったが、キリエが睨みつけると決まって視線をそらす。

 しかし諦めきれないようで、広場から退散する人達は指で数えるくらいしかいなかった。

 何かキッカケがあれば一斉に動き出す。そんな危ういバランスの上で〈決闘デュエル〉で負けたペナルティで動けないシンとロウの襟首を掴むソラは、引きずりながら先導する彼女の後ろをついていく。


「あ、あの……キリエさん。止めてくれて、ありがとうございます」


 冷静になったオレは、どう見ても年上の彼女にかしこまりながら礼を言う。

 キリエは微笑を浮かべると、ソラの頭を撫でてこう言った。


「キリエで良いよ。それと堅苦しい敬語はやめな、アタシもアンタの事をソラって呼ぶからさ」


「いえ、それは全然構わないです。でも年上の人を呼び捨ては、オレにはちょっとハードルが……」


「そうかい、じゃあ好きに呼びな。それにしても一人称がオレって、可愛らしい見た目と違って男の子っぽいんだね」


「そ、それには色々と事情がありまして」


 ふーん、と興味深そうな顔をするキリエ。

 流石にこんな公の場で「魔王に性転換させられた男子なんです」なんて口が避けても言えないソラは額にびっしり汗を浮かべる。

 キリエは気を使ってくれたのか、そこから追求してくる事は無かった。

 しばらく歩き、彼女の威嚇いかくによってなんとか無事に広場から抜け出す事に成功すると、ソラはため息混じりに呟く。


「まさか初日からこんなにも濃密な事が起きるとは……」


「いやぁ、誠に申し訳ない」


「勝てると思ったんですが、あのグレンって方もかなりVRゲームをやり込んでますね。連携した攻撃を全て防がれて、逆に僅かな隙きを突かれて負けちゃいました」


「流石にトッププレイヤーは一味違ったな。逆にあのガルドという男は小物臭が酷かったが」


「ソラの地雷を見事に踏み抜いた時は、次の展開を察しましたね」


「俺も、アイツ死んだわって思ったな」


 顔を見合わせて、笑うシンとロウ。

 グレンとの戦いについては、負けて悔しいというよりは、副団長である少年の強さを素直に称賛しているようだ。

 ソラは二人を引きずりながら、彼のことを思い出す。


 そういえば、あのグレンって人もシンとロウの強さを認めてたな。


 あの場で騒ぎ立てていたのは、ただ一人ガルドという男だけだ。

 余りにもアレ過ぎてアイツの言うことは全く気にしてないのか、二人ともグレンから受けたダメージから回復した今はケロッとしている。

 もしも傷ついていたら、と少しだけ心配していたがどうやら杞憂だったようだ。

 少しだけホッとすると、引きずりながらソラは二人を一瞥いちべつした。


「っていうか、おまえらいつまで引きずられているつもりなんだ?」


「それなんだが〈決闘デュエル〉で負けると半減決着は30分間、完全決着だと死ぬことは無いんだが1時間の無敵硬直時間を強いられるんだ」


「つまり今のボク達は、盾にしかならない完全にお荷物状態ってわけです」


「よし、何かあったらおまえらを相手に投げつけて囮にするからな。覚悟しておけ」


「「鬼か!?」」


「ふふ、愉快な三人組だね」


 くすりと笑うキリエ。

 彼女の笑みに対して苦笑で返すと、しばらく二人を引きずりながら歩く。

 武具店や道具屋などが立ち並ぶ通りに出ると、そこでようやくシンとロウの硬直は解けた。

 二人とも自分の足で自立できる喜びを噛み締めながら、凝り固まった身体を解すように大きく伸びをする。

 ソラはシンとロウを眺めながら、チラリと横目で周囲を確認した。


 ……やっぱり見られてるよな。


 先程の一件も、今頃は記事になって広まっているのだろう。

 プレイヤー達は立ち止まり、オレの顔を見ると無遠慮にガン見してきた。

 そこには恋慕の視線もあれば、懐疑的な視線や畏怖の視線もある。

 ソラは鋼の意思で彼等を無視すると、キリエに尋ねた。


「この通り良くも悪くも目立ってるけど、オレ達と行動してて良いの?」


「生意気な事を言うんじゃない。アタシはこう見えて〈アストラルオンライン〉はベータテストの時からプレイしてるんだ、この程度の注目なんかに怖気づいたりはしないよ」


「ベータプレイヤーだったのか」


「通りで貫禄があるわけですね」


 シンとロウが頷くと、ソラはこっそり洞察スキルで彼女のステータスを見てみる。

 すると確かにレベルは13で、広場にいたグレンと同じだった。

 職業もキリエが自称した通り鍛冶職人で、スキルレベルは6である。

 所属しているクラン名は〈天目一箇てんもくいっこ〉。

 なんかカッコイイ名前のクランだな、とソラは思った。

 確か日本に天目一箇神アメノマヒトツメノカミという鍛冶の神がいるから、そこから来ているのだろうか。

 そう思っていると、同じ初心者っぽい見知らぬ男性がオレに話しかけようとする。

 キリエは、それを鋭く睨みつけた。

 知らない男性は、それだけで上げた手を下げてしまう。


 おお、カッコイイ……。


 他にも上級者っぽいプレイヤー達がソラに話しかけようとするが、彼等はキリエを見ると話しかけるのをすぐに諦めた。

 そこから察するに、彼女はアストラルオンラインの中でもかなり有名なのだろう。

 だとしたら、良くも悪くも有名な自分に関わるのはリスクがあるはず。

 何か裏があったりするのではないか。

 ついそんな邪推をしてしまうソラ。

 しばらく歩くと、木製の小さな店の前で彼女は立ち止まった。

 外観は年季のある老舗店といった印象だ。しかし建材に使われているのはユグドラシルから分け与えられたものであり、その耐久値は自分の洞察スキルでは全く読み取れない。

 彼女は扉の前に立つと、準備中と書かれた看板をひっくり返して営業中に変える。

 その行為にまさかとソラが思うと、キリエはニヤリと笑って一つの鍵を取り出した。


「ようこそ、アタシの店〈リトル・ヘファイストス〉に!」


 彼女は手にした鍵をそのまま鍵穴に差し込み、軽く一回転させる。

 ガチャリと音が鳴り、キリエがドアノブを回すと年季のある木製の扉が勢いよく開かれた。

 彼女に促されて中に入ってみると、壁には片手剣、双剣、大剣など色んな種類の武器が壁に掛けてある。

 その下にはマネキンみたいなのが置いてあり、軽防具からフルアーマーの重防具まで全ての種類の防具が着せられていた。

 ソラの洞察スキルは、ソレらが全て彼女の手によって作られた品だと教えてくれる。

 しかも全ての武器と防具のレアリティは【Dランク】以上で、一番下の【Gランク】である初期装備のノーマルソードの三段階も高い。

 当然ながら、お値段は全て10万エルを越える。今日始めたばかりの初心者であるソラ達には、到底手が出せない金額だ。


「おお、すごい……」


「まだリリースされて2日目なのに、本当に自分の店を持っているだと!?」


「しかもあの白い片手剣【Cランク】って、現段階の最高レアリティですよ!」


 白い柄と銀に輝くツバ、鋼で作られた剣身は大抵のものなら切れそうな鋭さを感じさせる。

 銘は〈白桜ハクオウ〉。

 そのお値段、なんと30万エル。

 ハンドメイドなだけあって、お値段の桁がヤバい。

 高レアリティの武器も作れるということは、キリエの鍛冶職人としてのスキルは相当高いと思われる。


 ──今からアタシの“店”にそこのガキ共と一緒に来な。


 あの言葉は、嘘でも比喩表現でもなく本当の事だったのだ。

 傍らでは、信じられないと言わんばかりにシンが店内を見回す。

 ロウも同じ気持ちらしく、驚いて口を半開きにしたまま硬直してしまっている。

 オレがキリエに視線を向けると、彼女は胸を張ってこの店の正体を答えた。


「ここは限定クエストの報酬だよ。年老いた爺さんの頼み事をクリアしてみたら、この店と工房を貰ったのさ」


「す、すごい」


「店とか家って確か一番安いのでも1の後ろに0が八つはついてたような……」


「しかも工房付きとか、とてもじゃありませんが一ヶ月プレイしたとしてもムリだと思います」


 ソラとシンとロウは、キリエの店に対して各々の感想を口にする。

 その中でもソラは、この世界で初めての個人店に内心ワクワクしていた。


 ほえー、たまげたな。

 

 一回きりの限定クエストとは、こんなにもリターンが大きいのか。

 確かにこれなら、一部のプレイヤー達から銀髪のカラーが限定報酬だと納得されるのも分かる。

 ソラが嬉しそうに壁に掛けてある武器を眺めていると、不意にキリエが手のひらを見せてきた。

 どうしたのかと彼女を見ると、キリエはソラを此処に呼んだ目的を口にした。


「さて、それじゃ早速アンタの相棒を見せてみな」


「……?」


 なるほど、それが目的だったか。

 相手は現環境トップクラスの鍛冶職人だ。

 ソラは息を呑み素直に従うと、キリエに相棒のノーマルソードを託すのであった。


 

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