第9話「初めての決闘」

「シン、ロウ!?」


 先程の気持ちなんて跡形もなく吹っ飛び、慌てて駆け寄るソラ。

 彼らはダメージで動けないのか、顔を此方に向けて「ソラ……」と呟く事しかできなかった。

 見たところ二人とも、ライフポイントはピッタリ半分削れている。

 ここは安全圏でモンスターが湧くことはない。

 となるとプレイヤーにやられたのか。

 しかし基本的に冒険者が同じ冒険者に攻撃しても、システムで禁止されていてダメージは無効になる。

 それなのにライフが減っているということは、恐らくは唯一同じプレイヤー同士で戦うことを許されている〈決闘デュエル〉の半減ハーフ決着で誰かと勝負をしたのだ。

 でも一体誰と。

 疑問に思うと、ソイツはオレの前に姿を現した。


「ようやく姿を現してくれましたね〈白銀の剣姫〉」


 声をかけられて、横目で見据える。

 年齢10代後半くらいの少年だ。

 髪は真紅で、瞳の色も燃えるような炎を宿している。

 右手に持っているのは髪の色と同じ真紅の刀。上下黒と赤のツーカラーの服を身に纏っていて、装備している軽量重視の防具はどう考えても初心者のものではない。

 洞察スキルを発動してみるとレベルは13で、職業はスキルレベル6の騎士ナイトだ。

 名前は、グレン。

 ソラは相対するように立ち上がると、一つだけ尋ねた。


「オレの親友に手を出したのはオマエか?」


「初心者に手を上げるのは本意じゃなかったんですが、流石に〈決闘〉を申し込まれたら上級者の一人として受けないわけにはいきませんでしたので」


「シン達から〈決闘〉を?」


 なんでそんな事を、と視線を向けるとシンとロウは苦々しい顔をして答えた。


「勝ったら、ソラに近づくなって……そう、言ったんだ……」


「二対一なら、いけると……思ったんですが……」


「お二人は強かったですよ。でも流石に技術だけで僕に勝てるほど、このアストラルオンラインのトッププレイヤーは甘くはありません」


 グレンはそう言うと、手にしていた真紅の刀を鞘に収める。

 なるほど、ある程度の動作から相手の腕前を読むことができるが、この男は中々に強そうだ。

 彼とオレの視線が、真っ向からぶつかった。

 互いに同意した戦いならば、オレがどうこう言う筋合いはない。

 そもそも戦いを挑んだのは此方で、グレンはそれを受けただけだ。

 どちらが悪いのかという話ではない。

 ただ戦ってシンとロウが負けた、それだけの話である。

 でも、とソラは前に一歩踏み出すと、グレンに刃のような鋭い敵意を向けた。


 ──シンとロウはオレの事を思って挑んだんだ、ならば勝手に仇討ちをしても問題はないッ!


 蒼空の強い気迫を受けて、圧倒された彼は一歩後ろに下がる。

 その事に、他でもないグレンが驚愕した。


「なんという気迫……これは〈黒姫〉以上の……」


「何怖気づいてるんだよ、副団長。相手はたかが小娘ガキじゃねぇか!」


 そう言ってグレンの前に出てきたのは、無精髭を生やした20代くらいの強面の男性だった。

 プレイヤーネームはガルド。

 厚めの頑丈そうな鎧を着ており、身の丈程ある大剣を背負っている。

 洞察スキルで見抜いた彼のレベルは10。職業はスキルレベル5の騎士だ。

 紛れもなくトッププレイヤーの一人なのだろうが、彼からはグレン程の強い圧は感じない。

 しかしガルドはソラの前に相対するように立つと、大剣を抜いて切っ先を向けてきた。


「どうせあの動画だって、記事を書いた奴とコイツ等が結託して作ったでっち上げだろ!」


「……ガルド、皆が見てる。口を慎め」


「いいや副団長、俺は黙らないぞ。このウソつき共の化けの皮を今から剥がしてやる!」


 そう言って、ガルドが何やら操作するような動きをするとソラに〈決闘〉の半減決着が申請された。

 男はオレに見下すような視線を向けて、次に挑発するように言った。


「どうせおまえも、あのガキ共と同じように大したことないんだろ?」


「ガルド、そこまでしておきなさい」


 口が過ぎる部下をグレンが咎める。

 だが熱が入った男は止まらない。

 むしろ噴水の前に倒れているシンとロウを見下すように見ると、吐き捨てるようにオレの地雷を踏み抜いた。


「事実じゃないか、あの二人は副団長にかすり傷一つ付けられずに負けたんだ。それも3分で決着がつくとか、VRゲームのセンスないんじゃないか?」


「……ッ」


 ピキッと、ソラのこめかみに青筋が浮かぶ。

 自分の事をどうこう言われようが全く気にしないが、仲間をここまで侮辱されて黙っていられるほど大人ではない。

 このガルドというプレイヤー、見た目通り良い性格をしているじゃないか。

 視線を決闘申請の画面に向けると、ソラは暗い微笑を浮かべた。


 良いだろう、そちらがその気なら乗ってやる。


 ソラは迷わずに目の前に表示された【YES/NO】の選択肢でYESをタッチした。

 するとソラとガルドの身体を〈決闘〉相手以外の干渉を弾く特殊なフィールドが覆う。

 この状態の時には決闘者も他の事に一切干渉できなくなり、設定した決着がつくまで消えることはない。

 腰に下げているノーマルソードを抜くと、未だに初心者用の武器を扱っているオレにガルドはバカにするような目を向ける。

 涼しい顔をしてその視線を受け止めたソラは、一言だけ彼に告げた。


「10秒持ちこたえたら褒めてやるよ」


「は、大口叩──」


 最後まで言わせない。

 ソラは剣を横に構えると、突進スキル〈ソニックソードⅡ〉を発動。

 強化されたスキルによって5メール以上の距離を視界が霞む程の速度で詰めると、絶妙なタイミングでキャンセル。そのまま必殺の突き技〈ストライクソードⅡ〉を発動して、突進の力を余すことなく右手の剣に収束。

 ノーマルソードの刃が、青く鮮烈に発光する。

 未だに反応できていないガルドの胴体を狙い、ソラは渾身の力でプレートアーマーを穿うがち、剣を根本まで突き刺す。

 その凄まじい衝撃に彼の身体はくの字に折れ曲がり、ソラと共に10メートル以上後方に移動した。

 完全決着ならばライフポイントは全て消し飛んでいたが、システムの仕様で強制的に半分で止まる。

 ソラの目の前に表示された【WIN】の文字。

 周囲の空気が震える程の衝撃を受けたガルドは気を失い、剣を抜くとそのまま地面に倒れて動かなくなった。

 安全装置が働いた筈なので、痛みは無かっただろうが受けた衝撃までは緩和されない。

 しばらくは目を覚まさないだろう。

 そう思い振り返ると、周りが今のトンデモナイ動きと攻撃に対してシーンと静まり返っていた。

 ソラはガルドに見向きもしないで背を向けると歩き出し、グレンの前で立ち止まる。

 彼は目を見張ったまま、オレが一撃でガルドを瞬殺した衝撃から抜けきれない様子だ。


「それで、次はアンタか?」


「ええ、貴女が望むのならば」


 ソラの要望にサポートシステムが応えて〈決闘〉用のメニューを開いてくれる。

 いくつかのプレイヤーのリストがある中から、グレンの名前をタップ。

 すると半減決着か、完全決着の二択が出てくる。

 オレは先程のガルドから申請されたように、同じ半減決着をグレンに申請した。

 ソラからの挑戦状が、システムを通して彼に届く。

 真紅の少年は、同じ副団長の〈黒姫〉よりも強いかもしれない少女を目の前にすると、武者震いして【YES】を押そうとする。


 ──その手を、横から伸びた手が掴んだ。


「え?」


 呆気にとられたソラの視線の先に現れたのは、ジンベエの上に桜の花びらの羽織りを身に纏う癖の強い真紅のセミロングヘアの綺麗な女性だった。

 見たところグレンと同じ年齢だろうか。

 凛々しい顔つきは男女関係なく惹き付け、堂々とした佇まいと相まって彼女が秘める強さを物語る。

 女性はグレンを見据えると、こう言った。


「装備も整ってない初心者相手に何やってんだ、グレン」


「装備……ああ、そういうことですか」


「わかったならこの場は引きな。それともしょうもない事で、この子から勝ちを拾ったことを誇りたくはないだろ?」


「……すみません、ちょっと彼女の熱に当てられすぎたようです」


 真紅の少年は己に対して恥じるような顔をして、ソラを見据えた。


「剣姫、残念ですがこの勝負は別の機会に」


「ちょ、待て──痛ッ!?」


 グレンはソラの要請に対してNOを選択して、部下に撤収する指示を出してからきびすを返す。

 オレが何か言おうとすると、目の前に立ちはだかるように真紅の髪の女性が割り込む。

 そこから額に鋭く痛烈なデコピンをもらい、ソラはその場にうずくまった。

 彼女は涙目のオレを見下ろすと、一言だけ告げる。


「アンタは確かに強い。でもあのまま戦ってたら確実に負けてたよ」


「そんな事……」


「自分の相棒をちゃんと見な。ガレルはクソだが防具は本物だ。それを真正面からぶち抜いたせいで、その子はもう限界だよ」


「っ!?」


 言われて気がついた。

 手にしているノーマルソードの耐久値が、残り一割以下になっていることに。

 これで戦っていたら、スキルに耐えられなくて確実に剣は折れていた。

 自分の武器の状態をちゃんと把握していなかった事に、ソラは愕然となる。


 ……オレは魔王と一緒に戦ってくれた相棒を、危うく折りかけたのか。


 武器が壊れる事は知っていたから、耐久値が削れないように気は使っていた。

 頭に血が上ってあの男の防具を〈ストライクソードⅡ〉で撃ち抜いたが、まだ五割ほどあった耐久値がまさかここまで削れるとは。

 真紅の女性は苦笑すると、地面に尻もちをついたオレに手を差し伸べた。


「アタシの名前はキリエ、しがない鍛冶職人だ。今からアタシの店にそこのガキ共と一緒に来な」


 そう言って、彼女は綺麗にウインクをするのであった。

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