第7話「噂になる少女」
ナポリタンを完食して腹を満たした蒼空が時間を確認すると、時刻は13時20分だった。
親友の二人と約束した待ち合わせの時間は、余裕を持つために14時に決めたのでまだ慌てる必要はない。
微糖のアイスコーヒーをコップに注いで、リビングのソファーに深く腰掛けた蒼空はコーヒーを一口飲むとホッと一息つく。
まだ話があるとアストラルオンラインのログインを引き止めた詩織は、蒼空の隣に腰掛けると
「実は正直に言うとね、銀髪の少女の事は事前に知ってたの」
「え、そうなんだ」
「お兄ちゃんは知らないと思うけど、今SNSでは銀髪の少女はすっごく話題になってるのよ」
そう言って詩織がスマートフォンを操作してオレに見せたのは『始まりの地に舞い降りた天使』というタイトルの記事だった。
しかも真司と志郎とオレが一緒にいる姿を盗撮した動画がアップされていて『天使とこの二人の関係性は!?』と書かれている。
うへぇ、話題になるとは思っていたけどこんな事になってたのか。
これを書いたプレイヤーはかなり銀髪の少女が気に入ったらしい、それ以降は熱い熱弁と共にオレだけを撮った盗撮スクショを載せていた。
中にはスライム狩りしてたときの激しい動きをしていた物もあり、チラ見するヘソとかお腹とかを重点的に撮った物がある。
アレだけの動きをしていたオレを綺麗にスクショするとは、コイツ一体どんな撮影技術を持っているんだ。
実に複雑な顔をして画面をスクロールしていると、著者の名前が目に入る。
えーと『リンネ』ね、よし覚えた。
アストラルオンライン内の名前と著者の名前が一緒なのかはわからないが、コイツは要注意人物だ。
出会ったら全力で逃げるようにしよう。
記事を読んで、真顔になる蒼空。
詩織はそれには触れずに、記事の冒頭にある三人の動画を指差すとこう言った。
「これ真司さんと志郎さんだよね」
「そうだけど、なんで分かるんだ」
「見た目がそのままだし、お兄ちゃんっぽい喋り方をする外人さんの女の子が側にいたからね」
そこで詩織はこう推理した。
あの二人に外人さんの知り合いがいるという話は、リアルでは一度も聞いたことがない。
三人で明日からゲームをすると言っていた兄が、二人の側にいないのも怪しい。
何があろうとも、約束だけは絶対に破らないのが兄の長所だ。
もしかしたら“あの少女”は、何らかのトラブルに巻込まれて性転換した兄なのかもしれない。
そこまで聞いた蒼空は、軽く口笛を吹いた。
流石は神里中学校の知恵者だ。
この動画一つでそこまで推測するとは。
「でも流石に魔王に呪われて性転換していたとは、頭脳明晰の詩織にも分からなかっただろ」
「もう、そんなのわかるわけないじゃない」
可愛らしく頬を膨らませる詩織。
そんな妹を見て少しだけ調子を取り戻した蒼空は、アイスコーヒーを一口飲んで質問をした。
「それで、なんで話題になってるんだ。オレの容姿って確かに可愛いけど、ゲームの世界じゃ特別珍しくはないだろ」
「……お兄ちゃん達は知らないみたいだけど、アストラルオンラインのキャラメイクには白系の色が無いの。だからSNSやVR集会所では今大騒ぎよ」
「え、そうなのか。白系って結構人気のある色なのになんでだろ」
「それは流石に運営に聞いてみないとわからないけど、プレイヤーの間では限定のクエスト報酬かも知れないって話になってるわ」
「あー、なるほどね」
なんでもこのゲームは自動でサブクエストを作成するシステムが入っているらしく、場合によっては一回クリアすると消えてしまうものもある。
そういったクエストは〈レアクエスト〉とプレイヤー達から呼ばれていて、何件か確認されているらしい。
普通に考えるのならば、銀髪はそのクエストの達成報酬と考えるのが妥当だ。
詩織が所属している現最強のクランメンバー達もそういう見解で落ち着いて、今幹部達はどうやってオレを勧誘するかという話で持ちきりらしい。
「……って勧誘?」
アイスコーヒーを飲みながら首を傾げると、詩織は深いため息を吐いて呆れた口調で言った。
「はぁ、当たり前じゃない。お兄ちゃんが注目されているのは容姿だけじゃなくて、始まりの草原で皆にトンデモナイものを見せたからよ」
「と、トンデモナイもの……?」
ひたすらスライムを狩りまくったことくらいしか記憶にございませんが。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる蒼空に対して、詩織はジト目で睨みつけると姿勢を変えてソファーの上に正座をする。
彼女は右手を伸ばしてくると、それで蒼空の左の頬をギュッとつねった。
耐えられない程ではないが、中々に痛い。
そんな彼女の態度に、蒼空は恐る恐る怯えるように尋ねた。
「ひ、ひおりさん、オレは何をやらかひたんでひょうか?」
「小説の主人公みたいなセリフ言わないで。……簡潔に言うと、お兄ちゃんがメタルスライムを狩るときに使った三連撃の攻撃スキル、アレを取得しているトッププレイヤーはまだ一人もいないのよ」
呆れた口調で詩織はそう言うと、頬をつねるのを止める。
開放された蒼空は、少しだけヒリヒリする左頬を片手で押さえながら彼女の言葉に納得した。
「あー、それはヤバいね」
今まで最前線で見たことのないプレイヤーが、いきなり誰も取得していない攻撃スキルを使用したら驚くのは当たり前だ。
詩織がスマートフォンを操作して、目的のモノを表示すると再びオレに見せるように向ける。
その記事のタイトルは『白銀の剣姫、ソロでメタルスライムを狩る!?』というものだった。
内容に目を走らせると『華麗な体捌きでスライムの退路を断った美少女は、驚くことにそこから見たことのない“三連撃の攻撃スキル”でメタルスライムのゲージを0にした』というもの。
アストラルオンラインの今の常識だと、レベル10のメタルスライムを狩るには最低でもレベル10のトッププレイヤーが四人以上は必要で、逃さないようにする役が二人に攻撃をする役が二人要るとの事。
やはり二連撃のスキルでは倒しきれないので、最初に一人が削って次の攻撃役がとどめを刺すのがベストな攻略法らしい。
ついでにコメント欄も見てみると。
『赤く発光してるって事は、あの三連撃はスキルによる攻撃か』
『三連撃って、マジかよ』
『しかも片手剣って、トップ層の奴らでもまだ二連撃を扱えるのが両手で数えるくらいしかいないんじゃないか?』
『片手剣の現環境の最強〈
『あの〈
『ああ、あんな女の子にお兄ちゃんって俺も呼ばれたい』
『
後半以降はオレからどう呼ばれたいかという話題だったので、そっとブラウザを閉じた。
アイスコーヒーを口に含み、ほろ苦くも深い味わいに吐息を一つ。
目を閉じて、深呼吸をする。
ちょっとはしゃぎ過ぎたな、と蒼空は今後は人前でスキルの使用を控える事を決めた。
「これは確かに気をつけないといけないな」
「もう手遅れ感はあるけどね」
「いや……ああ、うん。そうだな」
詩織には教えていないが〈洞察〉スキルとかユニークスキル〈ルシフェル〉とかバレたら、もっとヤバイことになると思った。
これだけは絶対にバレないようにしよう。
蒼空は胸の内で誓うと、ふと一つだけ疑問に思った。
「そういえば、詩織はオレを直に勧誘しないんだな」
「え、そんなことしないわよ」
「なんでだ?」
「だってお兄ちゃんは他人に気を遣うから、真司君と志郎君と一緒の方が気が楽でしょ?」
「……できる妹がいてくれてオレも助かるよ」
流石は血の繋がった実の妹。
よくオレの事を分かっていらっしゃる。
蒼空は妹の気遣いに心の底から感謝した。
さて、これで話は終わりかな。
壁に掛けてある時計を見てみると、時計の針はもう2時を指そうとしている。
身体が性転換した事と自分が注目されている件はとりあえず置いといて、そろそろログインしなければ。
蒼空はコーヒーを飲み干すとソファーから立ち上がり、台所に向かって軽く洗った後に片付ける。
そのまま二階に向かおうとすると、不意に詩織に呼び止められた。
何事かと振り返ると、彼女は真剣な口調でこう言った。
「お兄ちゃん、一つだけ約束して」
「うん?」
「プレイ中は絶対に変な人に付いて行かないでね。ちゃんとセクシュアルディフェンスを設定して、危ないと思ったら逃げるのよ」
おまえは兄を何だと思っているんだ。
真顔で心配する妹に、オレは返事に困った。
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