外伝3.我慢できるかしらね(SIDEソフィ)

*****SIDE ソフィ




 ベアトリスお嬢様が王城で虐げられ、嘲笑われているのは知っていた。意地悪な先輩が、わざと私に聞かせたから。邪険にされると承知の上で、着飾るお嬢様の強さを尊敬している。精一杯の抵抗の証として、最高の美女に仕上げるのが私の仕事だ。


「お綺麗です、お嬢様」


 微笑むお姿は女神様のよう。虹を映した銀髪も、甘く煮詰めた果実のような瞳も。どこに触れてもとろりと甘い、美しい女神様は「ありがとう」と微笑んだ。


 普段ならシーツを洗ったり下働きの仕事をして待つのに、この日だけは胸騒ぎがした。お嬢様を見送った後、矢も盾もたまらず追いかける。幸い、公爵家の屋敷は王城に近かった。城門前まで駆けて、震えながらお嬢様を待つ。馬車に乗ってお帰りになる姿を確認しなくては、そう思っていたら……お嬢様が見知らぬ馬車に乗るのが見えた。


 豪華な馬車の紋章はこの国では見かけないけれど、今日私の手で仕上げたお嬢様は見間違いようがない。置いていかれる、だから胸騒ぎがしたんだ。直感でそう気づき、慌てて駆け寄った。お嬢様がこれ以上不幸にならないよう、私の身を盾にしてもお守りしなくては。


 女神様を信仰する気持ちに近かった。生身のお嬢様というより、物語の女神様が身を窶したような気持ちで見守ってきた。侍女として拾われ、馬車を止めた無礼を許される。後ろの馬車で随行する侍女や侍従から話を聞いて驚いた。見覚えのない紋章は、フォルシウス帝国の皇帝陛下の物だと――。


 首が飛ばなかったのが不思議なくらいだ。私は孤児だった。シスターが教えてくれたので読み書きが出来る。だから貴族家の侍女になれた。シスターの影響だろうか。女神様の神話をたくさん目にして、実際にお仕えするベアトリスお嬢様を見た時、私は女神様の侍女になるのだと信じた。


 皇帝陛下は悪虐の名で有名で、気に入らなければ誰でも殺すという。王族や貴族でも関係なく、首を刎ねて吊るすと有名だった。不安だったが、すぐにそれも消えていく。皇帝陛下は誰よりもお嬢様を愛しんでくださる。


 離宮を与えて衣服はもちろん、珍しい魚や果物も取り寄せて、愛を囁き続けておられた。愛されて美しく磨かれるお嬢様の笑顔が柔らかくなり、それでも強引に手に入れようとしない高潔さに、皇帝陛下への忠誠心が生まれる。


 最高の主君とそのご夫君。支えるために必要だと知識を詰め込んだ。皇帝陛下の専属執事ニルス様の指導のもと、姫様となったベアトリスお嬢様に恥をかかせない為に学ぶ。マナーを身につけ、淑女の振る舞いを体に叩き込んだ。わずか一週間で何が出来るか、そう問う者にこう切り返したい。


 一週間もあったのに、あなたは何も出来ないのか――と。





「お母様、エレンをお嫁さんにする方法を教えてください」


 こまっしゃくれた息子に、溜め息を吐く。まだ主従関係を理解していないならともかく、理解しても皇帝陛下の御息女を妻にすると譲らない。こういう頑固さは誰に似たのかしらね。


「お父様に聞きなさい」


「お父様は、年頃になったら既成事実を作れと言いました。既成事実とは何ですか?」


 絶句した後、額を押さえて怒りを鎮める。あの人は、まだ幼い息子に何ということを教えたのか。きっちり言い聞かせる必要があります。今晩は寝所を共にしたいと言われましたから、ちょうどいいですね。眠れない夜にして差し上げましょう。それはさておき、息子が皇女様の危険になってはいけないので、修正が必要です。


「エレン皇女殿下と結婚したいのなら、勉強も剣術も優秀でなくてはいけません」


 頷く素直な息子の髪を撫でながら、夫ニルスの顔を思い浮かべる。嫉妬深いのに、私に甘いニルス。犬の躾のように待てをしたら、我慢できるのかしらね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る