149.これで君は僕の妻だ

 結婚式の広間は、以前に舞踏会を開いた部屋を使う。この宮廷で一番広い広間を使った理由は、近隣国の王侯貴族が参列するからだ。たくさんの人に最愛の妃が出来たことを広めたい反面、彼女の美しい姿を誰にも見せたくない。独占欲と自慢したい気持ちが鬩ぎ合った結果、自慢することにした。


 こうしてお披露目しておけば、彼女の美しさと同時に、僕に最愛の存在がいると知らしめることが可能だ。余計な側妃を勧められないためにも、トリシャをお披露目することは意味がある。それでも願い出るような馬鹿は、もちろん彼女に知られる前に処分するけどね。


 準備した黄金が眩しい祭壇の前に立つ。神を信仰したことはないが、一応この国にも国教はある。慈善事業を行なっているため、支援金も出してきた。大司教は厳かな雰囲気を出しながら、祭壇の前で神の象徴である水晶玉を守っている。


 祭壇に背を向けて立つ僕の正面、大きな扉を開いてトリシャが入ってくる予定だった。彼女の虹を帯びた銀髪が輝くよう、広間の天井を一部改装している。光を取り込むステンドグラスを天井に埋め込んだのだ。屋根まで弄ったので、工期がぎりぎりだったけど明るくなった。夜会で夜空は見えないが、月光は降り注ぐかもしれないね。邪魔なシャンデリアを避け、代わりに間接照明を増やす。


 この宮殿の改装はすでに注目されており、他国の王族が王宮に取り入れたいと話す声が聞こえた。後でニルスにトリシャのアイディアだと公表させよう。実際、彼女が口にした案を弄ったものだからね。嘘ではないよ。少し誇張しただけだ。


 閉じていた扉が鐘の音とともに開く。時間ぴったりだった。赤い絨毯が敷かれた広間の中央に、光が降り注ぐ。外の曇り空は灰色から白へ変わり、隙間から日差しが溢れているらしい。入場用に手配した楽団が音楽を奏で始めた。


 白いヴェールで顔を隠したトリシャが姿を現す。ヴェールは金剛石を散りばめ、白さを際立たせた。ドレスの襟元はきっちりとレースに覆われ、品よく纏められた上に蒼玉が揺れる。国宝から流用した蒼玉が光る鈴蘭のティアラは、まだヴェールの下だった。


 一歩踏み出すたび、縫い止められた蒼玉が音を立てる。しゃらんと軽やかな響きで天使が足を踏み出した。誰も言葉を発せず、音楽と彼女のドレスが奏でる音に耳を傾ける。一歩、また一歩。僕に歩み寄る美しい天使のドレスは、天井から注ぐ光に輝きを増した。


 しゃらん、しゃら。天使の足音に誰も雑談なんて無粋な音を混ぜない。胸の辺りまで金剛石や真珠が銀糸の刺繍で飾る白いドレスが、腰から薄い水色のベリルに変わり、裾へ向かって蒼玉の割合を上げていく。グラデーションが見事なドレスで、静々と進む彼女は天使であり女神だった。


 音楽が終わるタイミングで、僕が差し伸べた手を掴んだトリシャが微笑む。ヴェール越しに見る彼女は美しいだけではなく、神々しく眩しかった。こんな天使が僕の妻になってくれる。胸が高鳴り、緊張と興奮が全身を支配した。


 大司教が祝詞を口にし、署名を求める。彼女一人を妻とする旨を記した結婚誓約書に、まずは僕が署名した。その隣に、彼女が初めて記した名は――ベアトリス・アストリッド・フォルシオン。


 これで君は僕の妻だ。

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